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天海春香学会Vol.3サンプル「文字に残さなければならない『笑って!』の話」

掲載:天海春香学会Vol.3
(頒布ページはこちら
著者:そにっぴー
※noteに投稿するにあたり、一部学会誌と体裁が異なりますのでご了承ください。

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文字に残さなければならない『笑って!』の話

0.序文

 インターネットラジオというのは便利なもので、更新時間ピッタリに待機していなくても後から聞くことができるという大きな利点がある。また、気に入った放送回や好きなシーンを何度も繰り返して楽しむことができるのも醍醐味のひとつだ。
 ただし、注意しなくてはならない点がある。番組によってはアーカイブに視聴期限があるのだ。たとえば、ニコニコ生放送にて毎週水曜日(※1)に放送されているTHE IDOLM@STER MUSIC ON THE RADIO(以下「MOR」)については、有料会員になっても放送日から5週間+2日後(金曜日23:59:59)までが視聴期限となっている。アーカイブが後に「ラジオCD」として発売されることもあるが、MORのようにそのようなものが出る気配がない番組もある。

※1 執筆時点である2021年10月18日時点の情報。以降特に断りが無い場合、MORに関する情報は全て同様。


 ラジオCDが発売されないというのは、単に残念だという気持ちの問題のみならず、その番組の資料的価値に関わってくる。たとえば「○○ライブのとき、○○役の○○さんがこんなことをインターネットラジオで言っていた」という発言の真偽を確かめたいとき、その番組のラジオCDもアーカイブも無いとなると事実確認がほぼ不可能になってしまうのだ。そうなると自分や他人が残したメモ等を参照したり、グレーな方法で残された音声を聞いたりするほかない(もちろん後者は推奨されない)。
 このようにして、確かな情報源が失われてしまったインターネットラジオ上の発言は枚挙にいとまがない。自分の記憶のみを情報源にするのも心許なく、他人の記憶であればなおさらだ。そこで私は、絶対に忘れたくないと思ったものに限り、アーカイブを聞きながら文字起こしを行っている。具体的には、とある楽曲についてインターネットラジオで語られていたら必ず文字起こしを行い、文章データとして残している。その曲とは、私が心から愛してやまない天海春香の楽曲……『笑って!』だ。
 本題に入ろう。本稿では、インターネットラジオ上において『笑って!』に言及されたシーンの中で、執筆時点(※2)で正規の方法による視聴ができないものを2つ紹介する。記載内容は前述のとおり筆者の手による文字起こしのメモに基づいており、それゆえ本来の発言内容や発言意図と異なるおそれがある。予めご了承いただきたい。それでは、このように文字に残さなければ歴史の闇に消えてしまったかもしれない、『笑って!』の話……とくとご覧あれ。

※2 注1を参照のこと。


1.それを春香に預けてもいい? ~MOR第43回おまけ放送~

 2019年8月7日に放送されたMOR第43回は、メインパーソナリティーである我那覇響役の沼倉愛美さんと、マンスリーパーソナリティーである天海春香役の中村繪里子さんの2人で行われた。この回は繪里子さんのマンスリーパーソナリティー最終回であり、彼女のマスターソング特集が組まれ、視聴者からのリクエストメールを読みつつお気に入りの曲が語られた。そして、本編が終わり、MOR有料会員のみが視聴できるおまけ放送でのこと。なんと最初に、私が送ったメールが読まれたのだ。リクエストした曲は『笑って!』だ。
 まず話題に挙がったのは、『笑って!』が『またね』のアンサーソングとして作られたことだった。

(『笑って!』は)アンサーソングとして作ってもらった曲だったので、
同じCDに入ってる曲なんですけど、『またね』(の)。
(中略)
すごくいい曲なんですよ。ただ、めっちゃ悲しいじゃない?

 「同じCD」とは2010年に発売されたMASTER SPECIAL SPRING(※3)(以下「MSS」)のことであり、先行してゲーム(※4)で配信されていた『またね』のフルバージョンや『チェリー』、『笑って!』が初収録されていた。『またね』は卒業をテーマにした歌詞と切ないメロディーが特徴的で、「めっちゃ悲しい」と評されるのも頷ける。だからこそ、アンサーソングが必要とされたのだ。「『またね』のような曲があってもいい。常に明るく未来を歌うだけでは薄っぺらくなってしまう」と前置きした上で、繪里子さんはこう続けた。

(CDに収録された『またね』が)悲しい贈り物になるかもしれない。って、確か当時のディレ1さんが仰ってたんですよ。
(中略)
てなったら、その後の物語とか、その先に未来や道が続いていく、っていう
ことを提示したい。
(中略)
そのために作ったんだよ。それを、春香に預けてもいい?って言われて、
はああうううってなった記憶が。
※3 THE IDOLM@STER MASTER SPECIAL SPRING, 日本コロムビア, 2010
※4 アイドルマスターSP アイマスカタログ10号(2009年11月25日配信)

 「ディレ1」とはMSS発売当時のアイドルマスター総合ディレクター、石原章弘氏の愛称である。『笑って!』が持つ役割、それを石原氏が繪里子さんに伝えたというエピソードだ。実は石原氏が『笑って!』に特別な役割を持たせていたというのは、これが初出ではない。リスアニ!にて「『アイドルマスター』音楽大全 永久保存版Ⅰ」という特集が組まれた際(※5)、石原氏は次のように語っていた。

『アイドルマスター2』が始まる前に(中略)いったん自分の『アイドルマスター』は締めくくろうという思いがあったんです。
『MASTER SPECIAL SPRING』に収録された「笑って」という曲は、前後のドラマも含めて自分のなかでは『アイマス1』の最終回として作りました。収録時には、中村(繪里子)さんには「これは、『アイマス』の最終回だから」と言っていました。(※6)
※5 2011 Jun. Vol.5.1 リスアニ!, 株式会社ソニー・マガジンズ, 2011
※6 同上書, p.64

 MSSが発売された後、アイマスは「2nd VISION」という新たなフェイズに突入した。それは765プロのアイドルが1つ年を取るといったことを含む大きな変化だった。MORとリスアニ!の話を総合すると、物悲しい『またね』でアイマス1を終えるのではなく、「前向きな最終回」として『笑って!』を作り、春香に与えたことになる。『笑って!』は特別な役割を任された曲なのだ。
 MORの話に戻ろう。繪里子さんは続けて『笑って!』をライブで披露した際の話を始めた。おそらく『笑って!』が初披露された6thライブ(※7)のことと思われる。大きな意味を持つ曲を披露することは、やはり繪里子さんにとっても重荷だったようだ。

いざライブで披露させていただくっていう機会があったときに、真っすぐ歩くのが超難しい!
(中略)
ライブで披露するときの、自分の、何を届けたいかの気持ちに合わせて、歩いていく、大サビ前の、未来が開けて、ってなった瞬間の、あの一歩ずつが、揺らぐんですよ。
※7 THE IDOLM@STER 6TH ANNIVERSARY SMILE SUMMER FESTIV@L! のこと。全国ツアー形式で行われた。『笑って!』を披露したのは2011年6月25日東京公演。

 こう吐露する繪里子さんに沼倉さんは「急に振り付けフリーって言われると何をしたらいいかわからなくなる」「繪里子さんにとってはちょっと揺らぐ一歩でも、初めて見る春香の一面にプロデューサーは喜んでいる、全てを肯定してくれる」といった話も交えつつ応答していた。演者同士だからこそ分かりあえる苦労があるようだ。
 なお、アイマスタジオ第13回放送でも、次のようなエピソードが語られている(※8)。6thライブで『笑って!』を歌うためにステージへと出ていく直前、明るいメッセージの曲なのに気持ちが「じーん」となってしまっていた繪里子さんに対し、今井さんが「笑顔だよ」と声をかけた。その結果、今井さんをして「とてもいい顔をしていた」と言わしめるほどの良いステージとなったとのこと。ここでは繪里子さんの口からMORで語られていたような『笑って!』の役割の話は出なかったが、石原氏から言われていたことが頭に残っていて気持ちが昂ってしまった可能性はある。

※8 アイマスタジオVol.3, 2012, 株式会社響(トラック1の36:18付近から)

 特別な役割を与えられた曲、その曲を任された春香、その曲を表現することに尽力した春香役の繪里子さん……おまけ放送に留めるにはもったいないほど深い話が繰り広げられたMOR第43回であった。さて、『笑って!』が『またね』のアンサーソングとして与えられ、繪里子さんがそれを重荷と感じていたのだとしたら、なんと罪作りな曲だろうか。しかし「『笑って!』が『またね』のアンサーソングである」ことについては、もう少し語るべきことがある。それもまた、今では聞くことができない媒体……インターネットラジオでの話である。次にそれを紹介する。
 結論から言うと、『笑って!』は混乱の原因ではなく、むしろ“救い”だったのだ。


2.今は後ろを向くな! ~今日は一日“アイマス”三昧~

 NHK-FMに「今日は一日○○三昧」という番組がある(※9)。これは「さまざまな音楽のジャンルから一種類のジャンルだけにスポットを当てて、一日たっぷり堪能してもらう」(※10)不定期番組であり、休日を使って長丁場で放送される。2020年11月23日にはこれにアイマスが抜擢され、「今日は一日“アイマス”三昧」(以下「アイマス三昧」)と称し、中断を挟みつつも9時間に渡って放送された(※11)。繪里子さんはここでメインMCを務め、進行アシスタントの後藤康之アナウンサーと共に番組を盛り上げ続けた。

※9 NHK FMの番組を「インターネットラジオ」に分類するのは不正確だが、ネット上でアーカイブ視聴可能かつ視聴期限を過ぎると視聴不可能になる点がインターネットラジオのそれと共通していることから、本稿ではインターネットラジオに分類する。
※10 NHK 今日は一日○○三昧, https://www4.nhk.or.jp/zanmai/, 2021年10月19日最終閲覧
※11 NHKラジオ らじる★らじる 今日は一日“アイマス”三昧, https://www.nhk.or.jp/radio/ondemand/detail.html?p=P006495_01, 2021年10月19日最終閲覧

 番組はいくつかのパートに分かれ、数人のゲストが交代しつつ登場していた。その中に、星井美希役の長谷川明子さんと渋谷凛役の福原綾香さんが登場していたパートがあった。そこで、とある曲を繪里子さんがリクエストした。

当時はですね、こんなに、きゅうんとくる曲をアイドルっていう存在が歌って果たして受け入れてくれるんだろうか、という思いでドキドキしながらゲーム、そしてCDのときにレコーディングをした思い出があります。
(中略)
それでは、聞いてください。『またね』

 流れたのは『またね』だった。長谷川さんや福原さんが「素敵」「甘酸っぱい」と口々に感嘆すると、後藤アナウンサーが『またね』収録時のエピソードを尋ねた。すると繪里子さんの口からは、ストレートな感情が飛び出してきた。

当時の想いとしてそのまま、時系列のとおりにお話ししますね。
こわかったんですよ!
(中略)
こういったある種マイナスな、ネガティブな感情を押し出した曲を歌うことによって、(プロデューサーが)離れていってしまうんじゃないか?っていう恐怖がすごくあって。
(中略)
その迷いっていうのがそのままレコーディングの日に出てしまっていた、らしいんです。

 MOR第43回では『またね』について「とても悲しい曲だ」としながらも、そういう曲があってもいいと話していた繪里子さんだが、その『またね』の収録に大きな迷いがあったことを告白した。自分が命を吹き込んだ曲がプロデューサーに受け入れてもらえないかもしれないという恐怖は、想像を絶するものであろう。しかし、そんな繪里子さんを待っていたのは、次のような励ましだった。

このアンサーソングとして、先に進んだ彼女たちが、新しい未来にちゃんと地に足を付けて笑顔で暮らしていかれる、そんな日常があるっていう曲を、必ず作るから、絶対に大丈夫。
ここの悲しみだったり別れはひとつの通過点で、ここがあるからこそ先に行かれるんだよっていうふうな物語になるように、必ず笑顔になれる曲を作ってあげるから。
だから、今は後ろを向くな!
って、めちゃめちゃ叱咤激励と、説得をされました。

 アンサーソング。笑顔になれる曲。アイマス三昧ではその曲名には触れられなかった。しかし、本稿をお読みの方はもうお気づきだろう。『笑って!』のことであると。
 『またね』という物悲しい曲で後ろ向きになってしまった繪里子さんに対して、誰だかは分からないが、今後「笑顔になれる曲」=『笑って!』を作ると約束した。この悲しみを通過しなくてはならないけど、その先に未来がちゃんとあることを示唆したのだ。思わず『笑って!』の次の歌詞を連想してしまう。

今日という未来は開き続けるから 新しい出来事きっと待っている

 『笑って!』が『またね』のアンサーソングであることはMOR第43回以外の場所でも語られていた(※12)ため、決してマニアックな話とは言えない。しかしアイマス三昧で語られたエピソードは、アンサーソングのくだりを知らないと気づけず、曲名すら出てこない、しかしこれ以上にないほどに濃く『笑って!』の存在を感じる、奇跡のようなものであった。

※12 一例:THE IDOLM@STER M@STERS OF IDOL WORLD!! 2015 DAY1
(DISC2トラック44『またね』54分付近)(オーディオコメンタリー)


3.まとめ

 本稿で触れたエピソードを簡潔にまとめると次のようになる。

 【MOR第43回放送】
①『笑って!』は物悲しい『またね』のアンサーソングとして作られ、未来が続いていることを提示する役割を担っていた。
②石原氏は、そんな『笑って!』を春香に預けてもいい? と繪里子さんに伝えた。
③繪里子さんは『笑って!』をライブで披露する際、難しさを感じた。

 【アイマス三昧】
④『またね』があまりに物悲しいため、「こんな曲を歌って大丈夫だろうか」という恐怖を感じた。
⑤その恐怖がレコーディングの際に、迷いという形で表に出てしまった。
⑥そんな繪里子さんに対し、この先の未来を提示する、必ず笑顔になれる曲(=『笑って!』)を作るから大丈夫、後ろを向くな、という叱咤激励があった。
 
 もしかしたら私が知らないだけで、同じような話を他の場所でしていたのかもしれない。勝手な願いではあるが、心当たりがある方はぜひ情報発信を行っていただければ幸いである。

 最後に。インターネットラジオ等、永遠に残されることが想定されていない媒体における発言をメモに書き起こして残すという行為は、我ながら少々悪趣味に思えなくもない。前述した通り、本来の発言意図と異なる書き起こしや解釈をしてしまう危険があるし、発言者の考えも時を経て変わっていくかもしれない。また、発言そのものが真実と大なり小なり異なる可能性もあるため、無条件で全て鵜呑みにしてはならない。これらのことは記録を残す側も、記録を閲覧する側も、肝に銘じる必要がある。
 しかし、人の記憶能力には限界がある。個人差はあれど、全てのものを永遠にハッキリと覚えておくことは不可能に近い。「絶対に忘れたくない」と思ったものは積極的に記録しておいたほうが後悔は少ないだろう。そして、仮にアーカイブ期限がないコンテンツや商品化されているものであっても、大切なものは何かしらの形で別の記録に残すことを推奨する。
 理由は2つあり、ひとつは「いつでも見られると思っていたら急にそうではなくなる」ことがあるからだ。インターネット上のコンテンツは何かの拍子にごっそり非公開になる可能性があるし、ソシャゲのコミュだったらいずれサービスが終了してしまうかもしれない。時間に余裕があれば、大事だと思うコンテンツのバックアップをとった方が良いだろう。
 もうひとつは、「そうした方が“創造”しやすいかもしれない」からだ。人の脳については、長期記憶のみならず、瞬間瞬間の処理能力にも限界がある。そのため、例えば私が何かについて論考したいと思ったとき、記憶だけに頼って書こうとすると頭がパンクしてしまい考えが纏まらなくなってしまうことが多い。そうではなく、手元に自分が読みやすい形で演者の発言なりコミュなりを文字にして残しておくことで、思考を整理しやすくなる。「思い出す」という作業は目の前のパソコン等に託し、創造作業に集中することができる、と言えよう。
 過去に残された記録が今の誰かの創造を喚起し、その記録がまた未来の誰かの創造を喚起する。そうして、大切なものが後世に、後世にと伝わっていく。本稿により誰かが新しく『笑って!』の魅力を知ってくれる・再発見してくれることを、そして未来の誰かが本稿を基にして何かを創造してくれることを、心から願っている。


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