私達は何も共有していない



インドの染織工場で少年が呟いた 僕は一人の少年で こうして水を流している その向こうの屠殺工場で豚が鳴く 最後の悲鳴は明日に聴こえようか その傍で群生する麻が水稲栽培を笑いながら 次なる種子を道端に落としたところ バイクタクシーの姉ちゃんが車輪で多くを轢き潰した 残された幾十の子孫は世代とアスファルトを超えてアイルランドへ辿り着き 類い稀なる繁殖力で氷河をも自地とした 麓では百年に一度の祝祭が執り行われ 主賓は今朝に生まれたシャーマンの一人子 彼女はこの地に五十年生きた後に大陸へ渡り 島国の迷信を普遍の真理として普及した インドの染色工場で少年は呟いている 僕はまだ一人の少年で こうして水を流している カルカッタの熱い空気に 二人のボクサーが殴り合う まるで距離もリズムも忘れている ひとひらの蝶がベトナムコーヒーの湯気に揺られている そのずっと奥底のマントルで 誰にも知られない極微生命がほんの少し移動した ニュージーランドの超古生物学者はその音を聞いたかしら イタリアの統合失調症患者六十七歳主婦が空中にそのような言葉を並べると インドの染織工場で少年は呟いた こうして水を流している僕は一人の少年だ 小麦か米か分からない暖色の植物を 手間暇かけて人間が栽培している その横に自生する麻という普遍植物 内部を流れるカンナビノイド 外郭強靭セルロース ドラッグストアの日本で中年男性は腸溶性カプセルを探していて その遥か西の大地をモンゴル馬が 主人のいない旅をそっと始めた 西へ 更なる西へ その北 遥かまたアイルランドで祝祭は終わり 人々は日常の倦怠へと回帰する シャーマンの一人子はうあんと 初めての音を発し 傍にいた町人はそれを 自らの運命を決する魔法のキーかのように聞いていて 同時にブラジルでブラジル紳士が紳士協定をいんやと否定している様を 宇宙の果てから特大望遠鏡が一纏まりに映し出し 転送されたフィルムを三十年後に見ながら現地宇宙人は議論した これは文明的な所作と言えるだろうか その更に三十年後に確認された議事録はここで終わり 蝶は死ぬまでを舞って墜落し マントルに巣食う極微生命は 次なる移動まで永遠の睡眠を開始 アメリカのコンクリート文明に一筋の亀裂 対するイランのモスクは植物性へと変異して トルコの大統領と南極のペンギンが講和条約を結び AIはずっと言ってるえーはいはい そうして名も無い少女が死んで その横で母が殺し クライストは遂に自殺 インドの染織工場で少年は呟いた 私達は何も共有していない 波に乗って届くもの以外は 

豚は断末魔にセレナーデを歌った











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