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寓話 『 全員一致で一人を殺す 』




 ある時ある街で、全員一致で一人を殺さなくてはならなくなった。緊張はそれ程に高まっており、街は今にも張り裂けんばかりだった。名乗りを上げる者は多々あったが、誰も総意を得ることができないでいた。

 青年が手を上げればその恋人が反対し、親が上げれば子が、夫が上げれば妻が、それぞれについて逆もまた然り、家無き人が私がと言っても、名も無き人の反対が必ずあった。

 手を上げた人々は自分の死を拒絶する他者をどこかに発見し、この社会に張り裂けてほしくないという思いを強くした。でもそんな人は自分以外の誰かが手を上げれば反対してしまうのだった。みんなは良心の罠に嵌っているような気がした。

 看守に唆された死刑囚が名乗りを上げた時には、最後の一人まで一致をみたものの、被害者の母親が絶対の反対票を投じた。我が子を殺した罪をあがなう他の、如何なる文脈も許さなかったのだ。周りの人々は何も言えるはずがなかった。翌朝に勅令が出て、死刑囚は関係なく処刑された。

 みんなが街の破裂を覚悟し始めた頃、もうすぐ死にそうだった最長寿の老人が、周囲から押されてしぶしぶ立候補した。けれどそれでは意味がない気がしてたくさんの反対があり、この老人もそれからすぐに一人で死んだ。

 望まれなかった子や奇形児を、その母の同意もあって殺そうともなったのだが、それだけはいけないという声が絶対に挙がった。そうしてやっぱり本人の意志が絶対の条件だという認識が共有された。でもみんなのために自分を犠牲にできるような人を、全員一致で殺そうというのは本当に難しいことだった。

 こうして街が張り裂ける一歩手前になった頃、ようやくお前だという声が聞こえ始めた。彼らは私を指差していた。

 お前は何者でもないじゃないか。どんな身分でそうやって眺めているんだ。そうだ、お前は全てを見通していながら無力な、誰よりも罪深いやつだ。お前だ、お前なんだ。

 私も私でいいと思っていた。この寓話が終わりさえすれば私はもう要らないであろうし、心よき街の人々が良心を痛める姿をこれ以上は見たくもなかった。私を指差す人々の顔に見て取れるのは、卑劣さではなく悲壮さだった。みんなこんなことは避けたかったのだ。

 既に私以外の全員が一致していたので、私を含めた全員が一致して、私を殺すことになった。私は彼らと一つだけ約束をした。私を全員一致で殺したと、それ以上そしてそれ以外の事柄を付け加えては、決して後世に伝えないこと。彼らは総意で約束してくれ、次の日私は殺された。ただそれだけのことが記憶されたはずだった。

 こうして街は破裂を免れたのだが、あの約束はこの二千年、途方もなく破られ続けていて、かつて誰でもなかったはずの私は、今では誰しもになっていると伝え聞く。

 





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