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「おとなりのお皿」

 ぴんぽーん。
 英子さんの家のチャイムがなりました。玄関には、手にお料理をのせたお皿を持っておとなりの友子さんが立っていました。
「ねえ英子さん、これ作ったんだけど、食べてみて!」
「ありがとう友子さん、お皿あけるから、ちょっと待ってて」
英子さんが受け取ったお皿を持ってキッチンへいこうとすると、
「あ、いいのいいの英子さん、お皿はあとで返してくれれば」
友子さんはそう言いながら玄関を出ていってしまいました。

 英子さんは三年前に夫をなくしてひとり暮らし。でも持ち前の明るさで毎日を楽しく過ごしています。おとなりの友子さんとは長年のおつき合い。友子さんも夫をなくしていますが、娘夫婦といっしょに住んで、孫の世話をしていてとっても元気です。
 友子さん、ひとり身の英子さんを気にかけて、お料理をお皿にのせて持ってきます。英子さんがお皿とお返しを持っていきます。すると友子さん、すぐにまたお料理をお皿にのせて持ってくるのです。

 ある日、英子さんはお皿を返しにかぼちゃのパイを焼いて持っていきました。そして家に帰ってくると、
ぴんぽーん。
「食べて、これ!」
おとなりの友子さん、すぐにおはぎをお皿にのせて持ってきます。
「娘とケンカしちゃったわ、ほんとにイヤになっちゃう!あ、いいのよ、お皿はあとで」

 またある日、英子さんはお皿を返しにりんごのジャムを煮て持っていきました。そして家に帰ってくると、
ぴんぽーん。
「食べて、これ!」
おとなりの友子さん、すぐにおでんをお皿にのせて持ってきます。
「孫を甘やかさないでっていうのよ、娘が!あ、いいのよ、お皿はあとで」

 またまたある日、英子さんはお皿を返しにバナナのケーキを作って持っていきました。そして家に帰ってくると、
ぴんぽーん。
「食べて、これ!」
おとなりの友子さんは、すぐに肉じゃがをお皿にのせて持ってきます。
「娘の夫はおとなしくて、娘に何も言わないの!あ、いいのよ、お皿はあとで」

 英子さんは困っています。おとなりのお皿がいつもキッチンのすみにある。気持ちはうれしいけど、また何かお返しを考えるのって、たいへん!それに、友子さんの家であったことのグチを聞くのも、たいへんなの!

 ある夜、お皿といっしょに明日お返しするものはと考えていた英子さん、何も浮かばず、ついうとうとしてしまいました。そして、そのまま夢の中へ・・・。

 おとなりの友子さんがやってきました。
お料理をお皿にのせて、何度も、何度も・・・。

ぴんぽーん。食べて、これ!
ぴんぽーん。食べて、これ!
ぴんぽーん。食べて、これ!
お皿は一枚また一枚と、どんどんキッチンのすみにかさなりました!そしてお皿はそのままあっという間にキッチンの天井を突き抜け、とうとう家の屋根を飛び出して、空に向かってぐんぐんと伸びるようにかさなり続けていきました!

 困ったわ、こんなにたくさんのお皿!お返しは何にすればいいのかしら?
と、はるか空までつみかさなってゆらゆらゆれるお皿を見上げて考えていた英子さん。
 すると、いつものおとなりの友子さんの声が、お皿のかなたから聞こえてきました。
「娘のこと、お願いするわ! あ、いいのよ、英子さん、お皿はあとで・・・」

 そこで、夢からさめた英子さん。
空までかさなっていたはずのお皿はぜーんぶなくなって、
キッチンのすみには、一枚のお皿だけがありました。

 つぎの日、英子さんがお皿を返しにさつまいものむしパンを作っておとなりに行くと、友子さんはいませんでした。信じられないことですが、友子さんは昨日の夜、急に天国へ行ってしまったというのです・・・。

 英子さんのキッチンのすみがあいています。いつもあったお皿がなくなり、あいています。


 英子さんは、友子さんを思いました。お料理を作っては持ってきてくれた友子さん。お皿はあとでいいのよと言って、行ったり来たりのやりとりを続けてくれた友子さん。ごめんね、友子さん。あなたのこと、ありがためいわくに思ったりしたことがあったの・・・。

 その時、
ぴんぽーん。
と玄関のチャイムがなりました。

 まさか、おとなりの友子さんのゆうれいが・・・!?と思いながら、英子さんが恐る恐る玄関に出てみると、そこにはおとなりの友子さんの娘さん、ひとみさんが立っていました。手には、シチューをのせたお皿を持って。
ひとみさんが言いました。
「これ、食べてください。お世話になった母とおなじように、これからもよろしくお願いします!」

 おとなりのお皿はまた、英子さんのキッチンのすみにあるようになりました。
 お皿といっしょに、ひとみさんに何をお返ししようかしら。
英子さんは、またいつものように考え始めました。すると、おとなりの友子さんの明るい声が、空から聞こえてきました。
「あ、いいのよ、英子さん、お皿はあとで!」

                             (終わり)

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