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不自然な生活、不自然な自分

今回はいつも以上に個人的な日記です。
いつかこの苦悩(少し大袈裟?)を乗り越えた自分に宛てて、結論のない思いの丈を記します。

限りある命、何に魂を燃やして生きていく?日々、どんな心理状態で、どんな景色を切り取って、どんな人と感情を、言葉を交わしたい?
誰をどんな感情にするために限られたエネルギーを使いたい?
そんなことを、つまりは「働くこと」について最近は考えています。

働いていると、目の前のことに直向きに頑張る自分を肯定できる時と、自分に申し訳ない気持ちになる時があります。無駄な経験なんて一つもないという信念に揺るぎはないですが、最近は自分に申し訳ない気持ちが続いています。

巡り合った機会や出会いには何一つ不満はないし感謝もしているけど、一方で自分に嘘をつき続けている気もします。水や養分を吸えない環境でただひたすらに花を咲かせようと上に背伸びしているような気もするのです。「誰のために綺麗な花を咲かせるの?」

毎朝起きて鏡に不安そうに映る自分。
いつも時間に追われ、街で困っている人を見かけても手を差し伸べられない自分。
ご飯の時間でさえ家族や友人の言葉に耳を傾ける余裕がない自分。
責任(感)を背負い込み、眉間に皺を寄せている自分。
笑顔を向けてくれた相手に、心からの笑顔をお返しできない自分。「笑い方を忘れたの?」

そんな自分にはもう飽きたし、嫌気が指します。
誰も悪くないからこそ、弱音が吐けなくて、心で泣いている気がします。

けれど全ての選択は自分の責任です。環境を変えるのも、生き方を変えるのも自分です。自分を傷つけているのは自分です。
分かっていても臆病な私はいつも二の足、三の足、四の足を踏んでしまいます。順番待ちをしてようやく自分の番が回ってきた滑り台を、登ってやっぱり自信がなくなって頂上から階段で折り返す4歳の私と何も変わってないみたいです。

そんな自分にはもうんざりです。こんなにも【毎週末】素敵な出来事が起こってる明るい人生なのに、平日はくよくよしているのも可笑しいでしょう?

一方でそんな自分を本当は可愛がってもいるようで、どうにも手放せないです。そしてなにかを考えたり、決断をするほどのエネルギーも残ってないなんて、本末転倒です。ちょっとの行動も億劫なんて。「何を怖がっているの?」

一日のうちに(嫌だな〜)と思う時間はできるだけ短くしたいものです。身体の中はできるだけ綺麗な水/血液を流し続けていたいものです。

働いていない時間に見て聞いて感じたものがそっくりそのまま仕事に活きたらなんて幸せでしょう!月曜日や休み明けに「よーし!がんばろう!」とか「あーしたらどうだろう?」とか想像力/創造力が掻き立てられたらどんなに楽しいでしょう!

ほんとうの私はもっとひょうきんで、「ゆりちゃんが近くにいるとなんだかいい気分になるね」と思われるような子だったと思います。

今はもうただ毎日を漂流するだけの力しか残っていません。でも漂い続けていればいつかは自分の足で立てる場所に辿り着くでしょうか?空を向いているので心配はいりません。元気な自分と元気じゃない自分が同居してて変な感じなの。

また気持ちの変化があったら続きを書きます。
今日のところはこの辺で。どうしよう!

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