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壱章 十一話 ラプラスの麗人

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――平成十五年九月――

 皇居御所の一室。むらさき禁裏きんり。ここに明治以前の形を残した神武じんむ天皇の直血の者達が居る。今宵は、その一室でささやかな談話が行われていた。

柏木かしわぎ殿はいつまで本国に?」

「可能な限り滞在いたしますよ。娘が本国から出たくはないと聞かないですしね。あはは」

「お父様ったら、私のせいにしないでいただきたいですわ。もう」

 和やかな雰囲気を割くように仕え番が上座に構える神弥かみや宮の耳元に走り寄った。余程なのだろう。すぐ横でオレンジジュースを持ち、目線を運ぶ若い女性も余所目に、仕え番は言葉を始めた。

「何、ウンディーネがか」

「いかがなされ……」

「ほうっておけ記憶を無くした人形など」

 どうやら尋常ではないその会話に、彼女は意識を奪われているようだ。父親の呼び掛けに気が付かない程に。

「あ、すみません。ううん、何でもないですわ、お父様」

 しかしその会話と神弥宮の表情が余程気にかかったのだろう。彼女は父親に耳打ちをした。

「お父様ウンディーネというのは」

「うん、分からないなぁ。皇宮護衛官のコードネームのような感じだが」

 彼女はその言葉に眉をぴくりと上げた。しかし、彼女が今夜この場所に居るのは立場的に大切な意味があるのだろう。肩に手を重ねた彼女の父親は諭すように言葉を投げた。

「そんな事よりもなかなか機会のない方達ばかりなんだ、しっかりと友好を深めなさいね」

「はい、すみませんお父様」

 彼女は何かを思案するように瞼を閉じた。グラスを運んだ口元を僅かに上げながら。

 この時より二年程さかのぼったとある夜の事。この女性はひとりの男性と出会っていた。その出会いは後に起こる悲劇のひとつのきっかけだ。それは彼女の才能を持っても知るよしはなかった。どこかで彼女は自分の才能を信じていなかったのだろう。

――平成十三年三月――

 おっ、今月のパソジャパン。ソフトウェアなんて関係ないけど、ハードウェアが俺についてこれていないからなぁ。一応さらさらっと見ておくか。

「う、うぅんっ」

 たく、はいはい。掃除の邪魔なんですね、どけますよ。どけま……ぐおっ、

 黒髪ロングのパッつん前髪。ゴスロリ服の小柄な女性が、頭の上に週間雑誌をかざして立っていた。

「うっ、うぅんっ」

「あっ。も、もしかしてピコさん?」

 他人から見れば、この上なくシュールな絵面だ。職務質問されてもおかしくないっ、

 一週間前の事だ。暇潰しにいつもの匿名掲示板を見ていた。そこでパソコンの知識を議論していたのだが、趣味の為にパソコンを教えて欲しいと、ピコというハンドルネームの女性が食いついた。で、今日コンビニエンスストアで待ち合わせをする事になったのだが、冷やかし百パーセントを疑わなかった事態に、目印として週間雑誌を頭にかざして待っていてと伝えたのだ。

 まっさぁか来るとはなぁ。しかもゴスロリかよっ、いろいろとその場を離れたくなり、とりあえずピコさんの手を引きいてコンビニを出た。幸いに、待ち合わせたのは繁華街のコンビニだ。人目を避けるようにすぐ近くの手頃な居酒屋の暖簾のれんをくぐった。

「いらっしゃいませぇ~。お二人様ごあんなぁ~い」

 ぐぁあっ、声が、声がでけーよぉ。はぁあ……運良く小上がりに席を通されたけど、浮くよなぁ居酒屋にゴスロリはぁ

「ご注文おうかがいいたしまぁ~すっ」

 だからよぉ~頼むから声を張らないでくれぇえ、店員様ぁ。メニューで大きく顔を隠しながらぼそりと生ビールを注文した。

「わたくしはオレンジジュースをお願いいたしますわ」

「か、かしこまりました……っ」

 っつ……今笑っただろ? 絶っ対に笑っただろぅうっ、ダ、ダメだぁ、まともに店員さんの顔が見れねぇよぉ。こりゃさっさっと切り上げてぇ。

 思案を余所目にピコさんがテーブルになにやら一枚の紙を広げだした。ん、これって……うおいっ! コックリさんの紙じゃねぇーかぁこれってっ、オイオイオイ……なんちゅーの召喚したんだっ俺

「天に召せます我の精……」

 あぁ……なんだぁ。このオネショの後のアキラメ感というか、カップ焼きそばに最初からソースを入れてしまった感というか……なんかものすごく酔いたくなってきたぞ。

「お姉さぁーんっ、黒霧島くろきりしまロックダブルでぇ」

「かしこまりましたぁ。黒霧ロックダブル入りまぁす」

「や、やっぱりっ」

 なっっなんでしょうかぁあっ、あぁ……なんか泣きたーい。死にたーい。

「未来の私が告げました。あなたとわたくしは、結婚します」

 あぁ……空が白いなぁ夜だけど、外ですらないけど。だ、だれかこの状態を説明してくれぇええっ、

「という事ですわ。主様ぬしさま、よろしくお願いいたします」

「……あ、のなぁ、今日初めて会ってで頭おっかしぃんでねーの? だいたいさぁ、か、顔は……まぁまぁだけど俺は貧乳、ナイチチ、スポーティーには興味ねーんだよっ」

 パンパンパンっっパンパンっ

「未来の私が告げる事は絶対なのですっ、乳くらいこれから発展途上ですわっ。殴りますわよっ」

 も、もうむちゃくちゃな回数殴ったじゃねーかよっ、

 おや、ピコさん。その右手に掴んでいらっしゃるアイティムは焼酎の空瓶でしょうかね? 攻撃力は格段に上がったな。何だろ、頭の中でレベルアップの音楽が鳴っているぞ。

→次話 卒業論文

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