第11話 ミックスブレス
週明けの月曜日。
夜の光が届かないマンションの窓は目覚まし変わりにとカーテンを覆っていない……普段はね。
御神酒が残っていたせいと、1人でシーツを握り締めた行為をごまかした私は、カーテンを開けてさも何事もなかったように登校した。
ーーなのに……4時限の終了すぐに私の教室を覗いたみやび先輩の笑顔は、忘れようと足掻いていた高鳴りをぶり返させて、なにかまともに顔を見ていられない。
いやいやいやいや、何トキメイてんのっ、違うでしょ私っ! 同性なんだから、先輩なんだからっ。……は、初めてだったんだから忘れられなくて当然なだけよっ、うん。
今日のデザートもすごいのだよと促すみやび先輩のスカートのスソに向けた視線を繕うように入った部室。
だけれど扉を引いた矢先に始まったソレは、デザートなんか比べ物にならない程に、先までのトキメキをこれでもかと私の身体中に高鳴らせた。
ーー『み、みやび先輩っ、ドミナントからC回転っ?! って、なにそのウソみたいなセンスっ』
熟練しなくては思うはずのないアドリブをみやび先輩のギターが奏で、おいてムサシさんの音圧が煽る。
それだけでも想像を超えるどころではないのだけれど、今だ聞いた事のなかったみやび先輩のヴォーカル……それは全く異次元のモノだった。
まるでソプラノとアルト歌手が2人、いや、3人居るような、新緑のような透明感と深海のような重さ……な、なんなのこの発声、お腹と胸を同時に響かせているような感じは。
喉越しで多数の音を一緒に出す歌手はいるけれど、みやび先輩のコレは呼吸……み、ミックスブレスっ? そ、そんなのは聞いた事がないっ。
『……いいか沙也加。この日本だけでもギタリストは20万人居ると言われているんだ。運良く芸能界に入ったとしても著名となれるのは、その中でも1000人に1人さ。譜面とおりにただ正確に音を奏でるだけならゴマンといる……違いは何だと思う? それは人を引きつける魅力、もはや持って産まれた資質なんだよ』
音楽で生計などとは考えるなと昔両親に言われた言葉が頭をよぎった……だけどもみやび先輩のソレはまさしくだったんだ。
歌もギターも決してすごいテクニックがあるとは言えない。けれどひたすらに明るくてひたすらに楽しくて、全てを笑顔に巻き込みながら踊らせていくような……みやび先輩の奏でる音は紛れもなく授かりしモノ、天賦の才だっ。
ーー繰り返されるリフに当たり前のように入るみやび先輩のアドリブ、そのたび一瞬戸惑いながらも、それぞれのソロが奏でていく。
……それはまるでみんなの手をひいて先頭を駆けるみやび先輩が “ 次は君の番だよ ” とひとりひとりの手を放り出しながら、薄茶の髪をキラキラと揺らして大草原を遊び回っているかのように。
『楽しいよっ沙也加ちゃん。早くおいで、みんなと一緒に遊ぼうよっ!』
そう言って笑った声が聞こえた気がした。まったくもうっ……無自覚に人をトキメかせるのもいい加減にして欲しいですっ、先輩っ。
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