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第2話 オカカル同好会

←第1話 沙也加と大仏オンナ

 保健室で目を覚ますやすぐに、2年生の女の子2人にあれれと手をひかれて校舎の1室に放り込まれた。
 入学初日、なおさら上級生に逆らえるハズもない私は、座らされた椅子の上ですっかり借りて来た猫……いやナマズのように物静かだっただろう。

 椅子に腰を降ろした後の夢見心地のような意識は脳震盪の後遺症なのか、先輩方に背中を押されながらに見た “ オカルトカルチャー同好会 ” という何とも身の毛がよだつようなネーミングのせいなのか。

 ーーしかしこのオカルトカルチャー同好会。通称 “ オカカル ” は、私が2年生になった頃には学園の “ 花形 ” 、1年生などにいたっては天上の存在、アイドル的なモノにまでなっていて、入部するにはブロードウェイのミュージカルさながらのハードルがあったらしい。

 『そりゃあ沙也加の見た目ならあの人達の中に居れるけどさ』と入部を促した同級生からさらりと皮肉られたのだから、きっと私もずいぶんノボセテいたのだろう。皮肉を言った同級生を含め、先輩方が卒業するまでの間、部長だった愛さんが入部希望者をずいぶんと断っていたようだし。

 そんな話を愛さんから聞いたのは事件から1年が過ぎた頃だった。確かにヘタなアイドルグループよりも整っていたのかもしれないけど、私達のそれはみやび先輩という “ 天才 ” が居たがゆえの事。

 ……そう、私達は天才の輝きの近くに居ただけの凡人だと、私を含め先輩方もそれに気がつく……いや、受け入れるのに随分と回り道をしてしまったらしい。

 知能が低いけどイイ奴だった人が薬で天才になった途端イヤな人間になる物語があったでしょ? 結局どちらが幸せなのかってお話のやつ。

 みやび先輩はね、イイ奴なのに天才だったの。悪気も嫌味もなく、部員全員を心から愛していた。みんなとっくに気がついていたよ。でもそれは若い私達に容赦ない嫉妬と酷たらしさを抱かせていったんだ。

 ーー「みやびのギターケースをカッターで切り刻んだの……私だったんだ。思うよ、自分の事ながら人間ってあんなに醜くなれるんだって」

 松浦愛まつうらあい。くっきりした目鼻立ちに高身長、黒髪のショートカットは、なおさら同性の後輩から麗人のごとく憧れの的で、東大受験に失敗したとはいえ、容姿端麗、才色兼備という言葉が違和感なくあてはまっていて、小学生からピアノをやっていたという彼女のキーボードは高校生の部活動なんてモノではなかった。
 そんな絶対的なほど可憐だった愛さんが25歳になった秋、項垂れながら放った言葉は私に幻滅と大きな慈愛を抱かせ、まるで凡人の罪を許せと言うように暖かく頬を伝っていた。

 ……誰かが悪いワケではないのに、私達の思い出は “ 宝物 ” になるまで長い時間が必要になってしまったんだ。

 ドラムを叩いていた男子の宮本京介みやもときょうすけは、180センチをゆうに越える大柄さと無骨に整った顔で、みんなから “ ムサシ " と称され慕われていた。建築系の大学を中退した後、親の不動産業を引き継いでいて、私のアパートを格安で手配してくれたりと、今でも頼れる先輩だ。

 私とさほど身長が変わらなかったトモ先輩こと長門智樹ながとともきは、性別は男性だけど、長めの髪や見た目の女性っぽさもあって、胸がペタンコだったみやび先輩と並ぶとまったく姉妹かと疑う程だった。らしからぬ長細い指先を踊らすベースさばきはBL好きが多いお嬢様学校を沸かすには十二分だっただろう。

 高校を出てすぐに家業とは無関係の運送会社に入ったらしいけれど、細い線は相変わらずで、何とも思わず抱きしめたくなる衝動にかられる。
 しかしどういった事なのか今は愛さんを後輩として会社に迎え入れているらしい。

 私はというと、電気街の音楽総合ショップで楽器コーナーの店員だ。後輩だからなのか、アポイントが容易だからなのか、あの事件から希薄になっていた先輩方がよく顔を覗かせ、話を聞かせてくれるようになった……それは何か贖罪でも背負っているかのように。

 ヴォーカル&ギターのみやび先輩、それとリードギターの私を含めた5人。そう、私達は学園の体育館を何度も何度も熱狂させた。

 ……でもね、天才はみやび先輩ひとりだったんだよ。

→第3話 オッパイは正義

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