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コリオレイナス Coriolanus-National Theater Live

  シェイクスピアに触れたこともない、英語力も雀の涙ほどしかない私が、トムヒが出るからという理由でこの大作の鑑賞に挑んだ。

結論:コリオレイナス…奴はとんでもないものを盗んでいきました……(略)

  まずトムヒ!!!正直2回目で辞書を引くまで、そして原作読むまでなに言ってるのか全然わかんなかったけど、彼の一挙一投足に惹き込まれた。時に苛烈に、時にコミカルに、時に美しく、時に切なく…ころころ変わるマーシャスの表情や歌うような台詞の言い回しがどんどんとコリオレイナスの世界に私を連れていく。

原作を読むと、シェイクスピア劇っぽく慇懃に大声で言いそうなところを、抑えぎみにウィットに富んだ…おちょくるような感じで言葉をぽんぽん飛ばすトムマーシャスに親近感を覚えてちょっとだけ近づけた気になる。

はじめてのシェイクスピアでも楽しめたのは、トム演じるマーシャスの人間味・人間らしさにあったと思う。

あぁ…暴君だ…って感じの苛烈さに始まり、次第にマーシャスの弱い部分も垣間見える。めちゃめちゃに平民をこき下ろし、血まみれでも平然としていた彼が、母の前ではたじたじで「叱らないでください」なんて言っちゃう…そこにきゅんとする。母の誇りでいるために戦場に立ち、功績を手にしていくマーシャス。とても嫌がっていた執政官にも母が言えば「やりますよ」って取り組むマーシャス。推しフィルターも搭載されているせいか、とってもかわいい…

  でもそんな忠実なマーシャスに、母ヴォラムニアはなにやら冷たい。息子を…というよりは、息子の形をした名誉や名声を愛しているといった感じ。よく一緒に妻ヴァージリアが登場するので比較するとよりその感が際立つ。推しフィルターが発動して胸が苦しくなる。「わかりました、執政官やりますよ」って言ったマーシャスに「好きにおし」って…あなたが説得したんじゃないですか…。

松岡さんの訳著で「最初はお願いだったのがどんどん命令形になる」と注釈されていたのを見て、その操縦術に…というか、無意識に息子を洗脳している様子にぞっとした。

マーシャスが傷を負ったと聞いたときも、具合を心配する妻と、また傷がひとつ増えた!と喜ぶ母…。なんて母なんだ!と思うけど、そんな母をマーシャスはこの上なく敬愛している。その歪みが切なくなる。まるでろくでもない男にハマって苦しんでいるけどそれでも好きなんだという友人に「その男とは幸せになれないからやめとけって…」とアドバイスしてるときみたいな気持ちになる(どんな例えだ)。

極めつけは最後のマーシャスのローマ侵攻を止めに来る母妻子たちのシーン。ここでマーシャスは今まで信じていた絶対的な母に頭を下げられることでその偶像を失い、狼狽える。そしてもういいと突き放されたことに絶望を感じて必死に引き留め、ローマ侵攻を取り止める。その崩れっぷりが、彼の心境を思うと辛い。(ン千年前の民主主義でもない時代の人物の心境なんてわかんないけど、少しでも寄り添おうと試みその心の内に想いを馳せられるのはやっぱりトム版マーシャスの力が大きいと思う。)

あれだけ激しく高潔に生きていたマーシャスが「Farewell…」と涙を流してみんなと別れるところはついに私も泣いてしまった。一見愛情とは程遠い男に見えるのに、最期はその愛とやらのせいで生まれた隙に殺される運命に進むって切なすぎる。涙流しながらひしと母を抱き締めるマーシャスを見て、この愛憎にがんじがらめになった生き物は何て愛しいんだろうと思ってしまった…。

私はこのシーン、もうローマには戻れない・戻るつもりはない(別の生き方を選ぶ)という意味の別れだと思ってたんだけど、インスタライブでトムが「この別れでもう二度と会えないとみんなわかってた(超意訳)」みたいなこと言ってて(言ってたよね…!?自信ないけど)えっこのとき既にもう死を覚悟してたのかな?!と思ってますますしんどみが募った。

最後のシーンはショッキングさも相まって胸が裂かれる思いだったけど、同時にマーシャスの血を浴びるオーフィディアスという描写に少し官能的なものを覚えてゾクゾクしたのは内緒だ。

  今まで母とマーシャスの話をしてきたけど、オーフィディアスとマーシャスに関しても気になるところがある。オーフィディアスはなぜマーシャスにキスをしたんだろう???しかも私にはなんとなく恋愛的なキスとは思えず、なんかこう、相手へ屈辱を与えてやろうとか、征服してやろうとかそんな感じだと思っている。マーシャスに執着するがあまり「彼のもつ力や名声全てを手にいれたい=彼を手に入れたい」となって所有欲や性欲といったものはあったかもしれないけど。(でもあんなに綺麗なお顔が目の前にあったら戦士といえども気付いたらキスしているものなのかもしれない。)どこかできっとそのシーンにも言及してるだろうけどまだリサーチできていないので、どなたか知見のある方にお話をお伺いしたいところである。

  「コリオレイナス」は暴君の転落劇として名を馳せているらしいけど、私はマーシャスは言い方はアレだけど言い分は筋が通っているので見ていて気持ちが良いなと思っている。誰になんと言われようと状況がどうであろうと一貫して自分の誇りを貫いたマーシャスの生き様がとても魅力的だと思った。「例え嘘だとしても頭を下げるくらいなら死んだ方がましだ」って比喩ではよく言うけど、マーシャスはほんとに死を選びそうだから嘘偽りないプライドなんだろうな。

その誇りも最後は母によって捨てることになるけれど。…と思ってたけど、今となってはその誇りを貫いてきたのは母の為であったのだから、母によって失くすことになるのは運命なのかしらとも思う。

マーシャスの周りのひとたちの意志の移り変わりがまさに「無数の頭をもつ生き物」感満載でよりマーシャスの一本気が際立ってたように思う。市民のどうしようもなさとか母やメニーニアスたちの都合のよさとか、時々腹立つくらいでキャストさんたちの熱演っぷりには心から拍手だ。

  あと舞台のセットや転換の工夫も凄かった…!ちゃんと場面ごとの情景が浮かんでくるし、モニター越しでは狭さをあまり感じさせなかった。あの床に書かれていた四角はどんな意図なのかな…bunishとかtraitorといった場面でマーシャスが入ってたから黒い四角は追放される処刑台といったかんじなのかな…。赤い四角は議会とか家の枠?なんだろう。

  という訳でコリオレイナスを見て思ったことを書きなぐってみた。プレミア配信中の一週間は毎日インスタライブと合わせて見ていて、原作も小田島さんと松岡さん著のものを拝読して、当時のローマのことなんかもざっくりとだけど調べたりした。1つの作品からさまざまな発見と知識と感情に出逢わせてくれたこの機会に、そしてそこへ私を連れてってくれたトムヒに心より感謝だ。もうすぐコリオレイナスの原書も届くので一層理解を深めらたら、そしてトムヒマーシャスの感情により寄り添えたら嬉しく思う。

本当はインスタライブやzoomミーティングの内容も踏まえて書けたらと思っていたけど、聞き取れた内容に自信がないのでもう少し精進してから紐付けられたらと思う…(笑)

ありがとうCoriolanus!ありがとうNational Theater Live!どうかまたいつか見させてください…!

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