【インパクト投資】その投資は「インパクト投資」ですか?
「インパクト投資」という言葉は、この数年で日本国内でかなりの広まりを見せた。
文字面のキャッチーさもあって、多くの人の注目を集める概念であることに異論はない。ただ、その内容が遍く正しく理解されているか、という点についてはまだまだ発展途上といったところだろう。
流石にインパクトを標榜した「インパクトウォッシュ」(実態としてインパクトを生み出していない/IMMを行っていないのに、インパクト投資を騙って投資家から資金を調達する不正行為)はまだ国内において発生していないと信じたいが、ESG投資において「グリーンウォッシュ」が問題視された経緯を踏まえると、「インパクトウォッシュ」が問題となる日もそう遠くないと考えられる。
その「インパクトウォッシュ」に対抗するためには、前提として、何が「インパクト投資」にあたるのか、という問いに答える必要がある。
「インパクト投資」という概念は所与のものではないものの、業界内ではある程度、その内容について合意があるように思われる。特に日本においては、2024年3月に金融庁が「インパクト投資(インパクトファイナンス)に関する基本的指針」(以下「基本的指針」)を公表し、インパクト投資の4つの基本的要素を指摘しているため、当面の議論においては、ここで示された「インパクト投資」像が一定の基準となると考えられる。
この記事では、日本テレビ放送網株式会社(以下「日テレ」)が株式会社GOKKO(以下「GOKKO」)との資本業務提携(以下「本件提携」)を「インパクト投資」と表現していることについて、基本的指針との関係でどのように評価できるかを整理してみたい。
先に結論だけ提示しておくと、本件提携は基本的指針における「インパクト投資」に該当すると評価できると考えられる。もっとも、この結論自体にあまり意味はなく、これから指摘する点をインパクト投資家及び市場関係者として、検討し、詰めていく必要があるというのがこの記事の主眼である。
あと、お作法的に触れておくと、この記事はmedacaが川を泳ぎながらお遊戯の合間に考えたものなので、そういう目で見てください(所属先は「めだかの学校」だけです)。
本件提携は「インパクト投資」と言えるか
本件提携が基本的指針の想定するインパクト投資に該当すると言えるかどうか、以下で検討していく。なお、本件提携の具体的内容は日テレのリリースに依拠するものとする。
基本的要素1 - intention
「実現を意図する社会・環境的効果が明確であること」が1つ目の要素である。
基本的指針では「『インパクト投資』は、投資として一定の『投資収益』確保を図りつつ、『社会・環境的効果』の実現を企図するものであり、投資によって主体的にどのような効果を実現していくか、投資家・金融機関において事前に意図を明確にすることが必要となる。」と説明されている。この要素との関係では、Theory of Changeの作成や経営戦略との関係性が重要であることも指摘されている。
この説明を頭に置いてリリースを見てみると、本件提携によって「世界の感動総量を増(やす)」ことが最終的な効果の実現として設定されているように読める。この効果を導くためのロジックモデル(=Theory of Change)は詳細に検討・作成されているし、経営戦略との関係性については「<本件の背景・目的について>」という箇所で説明されている。
こうして見ると、基本的要素の1つ目は満たされているようにも思える。
ただ、強いて指摘するとすれば、「世界の感動総量を増やす」ことが社会的効果と言えるのかどうかはよく分からない。
社会的効果とは何を指すか、基本的指針に立ち戻ってみると、実は明確な説明はなされていない。すなわち、何をもって「社会(・環境)的効果」と考えるかについては、金融庁は特段の見解を示しておらず、市場関係者の解釈に委ねられている状態と言える。例えば、このような記載はあるものの、社会的効果がこれに限定されているわけではない。
従って、たとえば「個人のプライベートな事柄以外の事項を『社会的』と考える」という見解に立てば、他者の感動総量を増やすことは「社会的」と言えるし、一方で、「貧困問題や人権、高齢化社会といったすでに社会課題として認識されている事項を『社会的』と考える」という見解に立てば、他者の感動総量を増やすことは必ずしも「社会的」とは言えないということになる。
結局、投資によって導き出される効果が「社会・環境的効果」に当たるということを丁寧に説明する必要がある、というのが問題の核心となる。投資家として「社会・環境的効果」をどのように捉えており、投資によって実現する効果が、なぜ「社会・環境的効果」と言えるのかという点を第三者にも分かりやすく説明できる状態にすることが、基本的要素の1つ目との関係では重要と考えられる。
なお、本件提携では「ドラマクリエイターの収入が増え」ることや、「ドラマクリエイターが増え」ることも効果の一つとして指摘されているが、これらについても、なぜクリエイターの収入や総数が増えることが「社会的効果」に結びつくのかを説明することが望ましいことに変わりはない。
基本的要素2 - contribution
「投資の実施により、効果の実現に貢献すること」が2つ目の要素である。
基本的指針では「意図した効果を実現していくためには、投資がなかった場合と比べて、投資先の企業又は事業の活動によって生じる社会・環境的効果と企業価値の向上に、当該投資が具体的に貢献していくことが必要である」と説明されている。
なお、貢献の方法として、資金支援に止まらず、エンゲージメント等による非資金的な支援も含まれていることには留意が必要である。
この説明を頭に置いてリリースを見てみると、本件提携では、日テレとGOKKOの知見・経験の掛け算が重視されていることが分かる。
資金面の「貢献」度合いはリリース文からは明らかではないが、少なくとも非資金的な支援は予定されていることから、基本的要素の2つ目は満たされていると評価して良いと考えられる。
基本的要素3 - identification / measurement / management
「効果の特定・測定・管理を行うこと」が3つ目の要素である。
基本的指針では「投資実施後の事業について、事前に設定した資金面・非資金面での支援が行われ、事業面での改善が図られ、具体的な効果が表れたか、継続的に測定・管理することが必要である」と説明されている。いわゆるIMMである。
この要素との関係では、「投資又はファンド単位で、投資の前に、投資先事業がもたらす主要な効果とその道筋を特定し、効果を測定するための定量的又は定性的な指標を特定し、これを投資・対話の実施後も継続して確認していくことが重要」とも指摘されている。
この説明を頭に置いてリリースを見てみると、本件提携では、ロジックモデルが作成された上、ドラマクリエイターの数や平均年収の向上がインパクト測定指標として設定されている。従って、IMMの前提となるKPIは最低限設定されていると言える(KPIが2つで必要十分かどうかは別途検討を要するが、十分な情報がないため、ここでは触れない。なお、基本的指針では投資後の指標の特定を継続して確認することが重要とされているため、KPIの増減を投資後に検討することも必要になると考えられる。)。
リリースでは測定については言及があるものの、管理については特段触れられていない。もっとも、これはあくまでリリースなのであって、全ての事実関係が現れているわけではないので、日テレとして適切な数のKPIを設定し、これに基づいてインパクトの測定・管理を行うのであれば、基本的要素の3つ目は満たされるということになる。
基本的要素4 - innovation/transformation/acceleration
「市場や顧客に変革をもたらし又は加速し得るよう支援すること」が4つ目の要素である。
基本的指針では「社会・環境課題の解決に持続的に貢献していく観点から」「投資先の企業・事業について、市場や顧客に変革をもたらし、又は加速し得る特性・優位性を見出し支援していくこと」と説明されている。
この要素との関係では、「企業間での創造(オープンイノベーション)により相互作用を得て、全体として大きな『効果』や『収益』を生む」方法が例示されている。
この説明を頭に置いてリリースを見てみると、基本的要素2で見たように、本件提携では、日テレとGOKKOの知見・経験の掛け算が重視されていることが分かる。これは企業間での創造の相互作用とも評価できるものであり、その意味において基本的要素の4つ目は満たされていると評価して良いと考えられる。
まとめ
以上見てきた通り、基本的には本件提携は基本的指針が想定するインパクト投資に該当すると評価することが可能である。もっとも、基本的要素1との関係で述べた通り、何をもって「社会的効果」と考えるかという点が極めてクリティカルであるといえる。
従って、例えば女性の社会進出や地域課題の解決といった中心的な社会課題の解決に注力するファンドからすると「世界の感動総量を増やす」ことに社会的効果は無い(=インパクト投資では無い)ようにも思えるし、一方で、世の中に関することであれば広く「社会的」であると考える投資家にとっては十分に社会的効果のある提携である(=インパクト投資である)と言えることになる。
基本的指針の位置付け
最後の結論に行く前に、簡単に基本的指針の位置付けについて触れておく。
まず、基本的指針は金融庁が作成・公表した資料ではあるものの、ある投資がインパクト投資に該当しないからすぐさま行政処分が下るといった、そのような性質のものではない。
むしろ、以下の引用に示される通り、インパクト投資に関する議論を促進する性質が強い指針と言える。
続けて、以下のような記載もある。
その意味で、基本的指針に依拠しない議論は当然ありうるし、そのような議論が期待されていると言える。従って、この記事の考えは、あくまで基本的指針に基づいて考えるとどうなるか、を示したものにすぎないことに留意が必要である。
インパクト投資と言える投資とは
基本的指針と本件提携を題材として、どのような投資がインパクト投資と言える投資なのかを考えてみた。基本的要素を満たしていることが原則としては望ましい中で、特に基本的要素1が最重要であることは先に述べた通りである。
投資家と投資先事業者が、どのような社会・環境的課題を想定し、投資によって産み出されるインパクトをどのように位置付けているのかを具体的に考え、説明することが重要となる。
「社会・環境的効果」という言葉は一見分かりやすく聞こえるが、実際に想定されている具体的な効果は話者によって異なることが多い。その意味で、「社会・環境的効果」という抽象的な言葉に頼るのではなく、より具体的で、個々の投資機会に紐づいた内容を言葉にし、ステークホルダーに説明することが望ましい。
このような過程を適切に経て、かつ他の基本的要素を満たした投資であれば、それは十分にインパクト投資と言えるし、そのような事例が積み重なることで、冒頭に触れた「インパクトウォッシュ」の実際的なリスクは低減していくと考えられる。
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