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「路面電車で一番遠くまで行きたい」をやってみる

路面電車は、心を置いていかない速さで進むから好きだ。

ビュンビュン進む新幹線も景色がどんどん変わっていく在来線も好きだけど、路面電車はいつも見ている道をなぞるように進んで、それと同じ速度で自分の気持ちもまるくなっていく。

運転席の一番近くに座って正面の窓をのぞくと、街を開いていくような気持ちになる。


路面電車は一回乗るとどこで降りても同じ金額なので、どうせなら1番遠くに行ってみたいという計画が密かにあった。

繁華街がどことか楽しめる駅はどことかじゃなく、何も調べず一番遠いという理由だけで下車したい。


その日、半分外を眺めて、半分うとうとしながら、終点までは1時間もかからなかった気がする。

どきどきしながら外に出ると、何もなかった。

ただただ広い道と、住宅と、公園と、焼肉屋だった。

着いた頃にはもう日も暮れかけていて、だだっぴろくてどこまで続いているか分からない公園も、怖くて半分までしか進めなかった。

その日は焼肉を食べて帰った。

知らないけど、きっとみんなのなじみの店なんだろうという気がした。


あの日、自分の住む場所とは違うところで、でも確かに一本の地続きの場所で、やっぱりそこには誰かがすんでいて、公園ではスケボーをしていて、焼肉屋のレジ横には飴がある。


当たり前のことが、何故か急に目の前に現れた気がしてびっくりした。


大きなアナウンスと人の往来で区切られていると分からないけど、どうやら全て地続きらしい。

あんな緩やかなグラデーションのような乗り物は、他に知らない。

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