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おだやかAugust

もしも許されるのならば、今与えられた穏やかな環境を捨て、親や友人すらも手放し、どこか遠くへ、だれもわたしのことをしらない場所へ行きたい。欲を出せば、海の見える小さな街。有名なコーヒーブランドのカップを片手に持って歩くには少し足りないけれど、その分、海が華やかにしてくれる。
そこにある小さなお花屋さんではたらく。家に帰ると、猫がわたしを迎えてくれる、わたしはその子のためにはたらこう。わたしの稼いだお金で買った水で、食べ物で、その子の血と肉をつくるのだ。
潮風で傾いてしまいそうなボロい家で、わたしは猫を撫でて、お店からもらった消費期限を終えそうな花を飾る。小さなベランダでミニトマトとか、野菜を育てる。お花や植物にお水をやるときの、愛情に似てるけど愛情じゃない、特別な感情みたいなのが好きだ。愛情は難しくて、わたしでは手に負えない。趣味も勉強も人間関係も、全部いい感じにこなすなんてことはできない。どれかがうまくいっていれば、どこかはおろそかになっていて、結局全部うまくいかない。
窓を開けると、遠くに海が見えて、津波がきたら間違いなく死んでしまう、でもここは少し高台だから大丈夫かな、でもでも、この子は遠くへ逃してあげよう、と、そんなことを考えたい。
こんな思考を共有する相手もなく、元々住んでいた家から持ってきたCDプレイヤーと小説、好きな映画のフライヤー、わたしの好きなものしか存在しない部屋で眠りにつく。怖い夢をみても頭を撫でてくれる人もなく、わたしがわたしで、わたしのために立つ。好きな時に眠りにつけなくても、羊が100匹を超えても良い、煙草の煙がゆるやかにわたしを蝕み、誰も知らないところでその一生を終える。

西日が眩しいあの部屋と、踏切の警報が鳴り始めて急いで越えた線路をたまに思い出しても、自分で入れた温かい紅茶で、ぐっと流し込む。

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