犬も歩けば

牛乳を買いに外に出た。ふと目にした映画の登場人物が、毎朝牛乳を飲む、みたいなシーンがあった。家族もののストーリーでまあこうなるんだろうなと予想を立てているうちに、話は終わってしまった。

太陽は落ちていたが、帰宅途中の人で賑わう商店街、通り過ぎコンビニへ向かう。いつのまにかこんなに冷えていたのか、と思う。毎日は忙しない、とくにここ数年、季節の移り変わりを感じる時間すらもなかったことに気付く。
あの日の決定的な別れから、12回目の秋になり、そうして俺の知らぬ間に13回目の春になるのだろう。
スタイリッシュな形が気に入っている、青と白が目を引くパッケージを掴む。どちらも主張が強い色なのに、お互いを引き立てあっている、かつ自分の色も魅せていて、シンプル。気に入っている。

「袋はご入用ですか」

「大丈夫です」

店を出て、さっきよりも暗くなった道を歩いている。袋貰えばよかったなと思う。パックの周りについた水滴の、ゆるやかな軌道を感じる。
もう、何年も前のことだが、今日よりもっと寒い日に牛乳を買いに来たことがあった。つんとした見た目のわりに、コーヒーはブラックじゃ飲めないとわがままを言う彼が隣にいた。俺はコーヒーはブラックでもいけるクチだが、彼がそういうので牛乳を入れて飲んでいた。黒と白がマーブル模様を描き、気づいたら知らない色になっている。牛乳の白が、珈琲に負けてない。口をつければ、珈琲が俺を包み込むのだけど。俺をコンビニに走らせたのは、そんなしょうもない思い出だった。

玄関を開けるとすぐ横には姿見があって、ふと自分と目が合う。いつのまにかこんなに髪が伸びて、心なしか姉にそっくりだった。今の俺を見たら彼はどういう表情で、どんな言葉を放つのだろう。

お湯を沸かすのも珈琲を淹れるのも、いつのまにか手際がよくなり、かつての自分を思い出せない。自立するとはこれに近しいことだと思うのだ。ドリップコーヒーにお湯を注ぎ、少しずつ上昇していく水面を眺めている。そこには姉の姿が写ってい、た、気がして我に返る。時間が幾ら、俺たちを、彼を、姉を。俺を、正しい道に導いてくれるとしても、決して平行線になることはない。

ほんとうは彼がブラックでも飲めることを知っていた。珈琲に牛乳を注いで飲むのは、姉の好きな飲み方だった。 
今の彼に珈琲を淹れてあげたとして、どんな飲み方をするのかわからなかった。まだ、あの時みたいな飲み方をする?


お前のためなら、俺は死んでも良いって、ほんとうに思っていたんだ、あの時も。ずっと。

今日の珈琲は、やっぱり、ブラックで頂くことにした。

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