医薬品開発における臨床薬理/Clinical Pharmacologyとは何なのか?

はじめまして。田中@臨床薬理屋です。

医薬品開発業界で約10年臨床薬理担当をやってきましたが、この「臨床薬理」って何なのかを人に説明するのがかなりしんどいんです。

業界に詳しくない人たちには、そもそも医薬品の「研究」と「開発」の違いもわからないわけで、臨床薬理を説明するのが面倒なので「医薬品の開発をしてます」と自己紹介したところで、「普段は白衣を着て試験管とか振ってるんですか??」とかなります。合コンとかでね…。

このアカウントはそもそも医薬品業界向けに立ち上げた部分が多いのでさすがに医薬品における研究と開発の違いについては説明を省きますが、この業界の中の人でも「臨床薬理」をちゃんと説明できる人は少ない、というかほとんどいないと思っています。

よくある答えは「PKの人ですよね?」、つまり医薬品開発の中における「薬物動態に詳しい人」という認識です。たいていの場合、「統計」と似たような種族としてカテゴライズされています。

多くの医薬品開発に携わる人、また医療業界の人にとって、「薬物動態」と「統計」は苦手分野。なぜなら数学が学問の基礎にあるからです。僕も統計は苦手ですが…。

ただ、臨床薬理屋は薬物動態に詳しい人という説明だけだと、臨床薬理という学問分野を理解したことにはならないと思います。薬物動態は「臨床薬理的な考え方」における基本的なツールなので、確かに臨床薬理屋は薬物動態に詳しい必要がありますが、それだけでは「臨床薬物動態屋」としか言えないです。

10年間臨床薬理屋として働いてきて、ようやく僕なりの答え、臨床薬理屋のやってる仕事ってなんとなくこんな感じなのかな、、たぶんね、ってのができてきたので、ここから書いていきたいと思います。

臨床薬理とは、マクロ的に起こっている「薬効」(例えば、ある薬を飲んだら効いた、とか、この薬は副作用がヒドいとか)を、ミクロのアプローチでメカニズムから説明しようとする学問

それがここ最近の私の臨床薬理に関する理解になります。

経済学において、ミクロ経済学とマクロ経済学の大きな二つのアプローチがあるように、医薬品開発においても、臨床薬理学というミクロのアプローチと、臨床医学のマクロのアプローチの二種類のアプローチが重要

とか言うとそれっぽく聞こえるかもしれません。

臨床「薬理」とある通り、臨床薬理のベースには薬理学、つまり薬が何故効くのかそのメカニズムを探求する学問があります。

薬理学は主に動物において仮説検証を行いますが、「臨床」薬理学はそれを人間において、臨床試験の場で、ミクロの仮説がマクロで実証されるのかを確認していきます。

なのでどちらかというと、薬物動態屋さんより薬理屋さんの方が臨床薬理のアプローチにはよりfamiliarかもしれません。

しかし、先ほども言いましたが、臨床薬理では薬物動態が非常に重要なツールです。それは何故かー

答えは個人差・多様性に対する対処です。

薬理学で用いるような実験動物は、それほど多様ではないです。使用する動物が多様であると結果がバラついてしまい実験の結果がわかりにくくなってしまうため、メカニズムを理解するという目的のもとでは、実験動物の個体差・多様性は最小限にコントロールされます。

ただ、薬が実際に使われる「臨床」現場では、患者は極めて多様です。同じ薬を同じ用量服用しても、有効であったり無効であったり、副作用が出たり出なかったりするわけです。

その多様な患者において見られる多様な結果をどのように説明していくのか、そして治療結果を良くするためにはどうしたらよいのかを、一人一人の患者に対して検討するのが臨床薬理学なんだ

と、僕は思っています。

多様な治療結果が得られる原因は1つではありませんが、ここで薬物動態が非常に重要になります。

薬物動態学とは薬物の「動態」、すなわち服薬した薬物が体内でどういう挙動を見せるのかを「薬物濃度」で追いかけていく学問です。

例を出した方がわかりやすいのですが、お酒を飲んで体内のエタノール濃度が高まれば人は酔っぱらいますが、体内のエタノール濃度が下がれば酔いは覚め、代謝物のアセトアルデヒド濃度が高まれば人は二日酔いになります。

このエタノール濃度やアセトアルデヒド濃度の推移を追いかけるということをあらゆる薬物で行っているのが、薬物動態学でやっていることです。

人が酔っ払ったり、あるいは二日酔いになったりするお酒の量は「臨床現場」では非常に多様です。

臨床薬理学的には、酔っ払うのはエタノールの薬理作用で、二日酔いはアセトアルデヒドの薬理作用で、体内のエタノール濃度が「十分に」高いとエタノールの薬効が発揮され人は酔っ払い、アセトアルデヒド濃度が「十分に」高いとアセトアルデヒドの薬効が発揮され、二日酔い症状が出ます。

お酒を飲めない人というのは、この二日酔い症状がお酒を少量飲むだけですぐに出ますが、その原因はアセトアルデヒドの体内濃度にあります。

アセトアルデヒドを代謝する酵素に欠損があると、エタノールの代謝によって生まれるアセトアルデヒドを代謝できず、体内のアセトアルデヒド濃度がすぐに高まってしまい、いわゆる酔いのレベルまでエタノール濃度が高まる前に、お酒が飲めなくなってしまうわけです。

お酒の話と薬物治療における患者ごとの薬効の多様性の話は基本的には同じ話で、体内における薬物濃度の違いというのが、薬効(有効性と安全性)の違いの原因として極めて重要だということです。

お酒の例のように、薬物濃度を左右する因子が遺伝的な要因である場合もありますが、それほど例は多くないです。体格の違いなどはどんな薬剤に対しても効いてくる要因です。例えば体格の大きい人はお酒に強いなんて話はよくある話ですよね。

いずれの場合にせよ、薬物濃度の推移を検討し、その原因を探求する学問である薬物動態学の理解が、臨床現場の薬効の多様性への対処を行うのに必須であり、薬物動態学が臨床薬理学の重要ツールとして位置づけられている理由になります。

しかし、薬効の個人差や多様性は、必ずしも薬物動態だけで説明がつくものではありません。

市販の風邪薬のブランドによって効く効かないがあるのはちょっと眉唾ものですが、ある人にはこの薬で薬効が出るのにこの人には出ない、という状況は実臨床の医療現場ではよくあるはずです。薬物動態学的な個人差や多様性がその原因である可能性もありますが、病気の原因となるミクロな異常が人によって違ったり(ヘテロな疾患集団、とか呼ばれますね)、遺伝的にある薬が効かない体質なんかもあり得ます。

このような状況は薬物動態学的には説明が付かず、薬理学的作用とか薬力学的作用とか呼ばれる、薬が実際に作用するミクロな部分における個人差とか多様性の問題になります。

薬物動態及び薬理/薬力学の両方の概念をひっくるめて、一人一人の患者の薬効の個人差、多様性にミクロなアプローチで迫る、これが臨床薬理学の基本的なアプローチになります。

このnoteでは今後、医薬品開発に携わる臨床薬理屋の一つ一つの仕事がどのような意味合いをもって行われている仕事なのかを踏まえながら、臨床試験のデザインやデータの解釈を含めて解説していこうと思っています。

対象は医薬品開発に携わる人と捉えていますが、医療現場で薬物治療を行う医師・薬剤師の方にも有用な情報となるように努めていこうと考えています。

長文にもかかわらず、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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