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おじいさんの時計
この文章は現在書いたものではなく、2000年1月12日に個人ウェブサイト「plustic mind tangeline」に掲載したものです。
おじいさんの大きな古時計は、おじいさんが生まれた朝に買ってきた時計でした。おじいさんが子供の頃も、結婚式の日も、ずっと時計は時間をカチカチ刻み続けていました。
その日、おじいさんは天国に旅立とうとしていました。おじいさんはもう起きあがることも喋ることも出来ません。ベッドに横になったまま、かすかな寝息を立てているだけでした。
時計は思いました。これまで自分を大切に使ってくれたおじいさんに、共に生きてきたおじいさんに、一言お別れが言いたい。でも時計は言葉を喋ることは出来ません。時計に出来るのは、時を刻むことと鐘を鳴らすことだけです。
そうだ、鐘を鳴らしておじいさんにお別れを言おう。そう思ってから時計は少し考えました。鐘は決められた時間に鳴らすものです。もし時間でない時に鐘を鳴らしてしまったら、一体自分はどうなってしまうのだろう?
時計は、その答えを知っていました。時計というものは、正しい時間を指して始めて時計としての意味があるのです。もし自分の気紛れで鐘を鳴らしてしまったら、正しい時間を指すことをやめてしまったら、時計は時計で無くなってしまうのです。
そう。時計は時間外に鐘を鳴らしたら死んでしまうのでした。
時計は悩みました。もし自分が死を覚悟しておじいさんにお別れを告げようとしたら、おじいさんはどう思うだろうか。喜んでくれるだろうか。悲しい顔をするんだろうか。でももし、今ここで大切な人にお別れの言葉すら言えなかったとしたら、自分の命にどれほどの意味があるんだろうか、と。
悩んでいる時間はあまりありませんでした。おじいさんは今すぐにも天国へ旅立とうとしているのです。
ぼぉーん。時計はとうとう一つだけ鐘を鳴らしてしまいました。鐘の音を聞いたおじいさんは驚いた顔で時計を見つめ、そして優しく微笑みました。そしてそのまま眠るように息を引き取りました。
爽やかな冬の朝日の射し込む中、おじいさんと時計は手を取り合って仲良く天国へ昇っていきました。
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