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君がおしえてくれたんだ



 物事にはまぁだいたい二面性があって、歳を重ねるごとに「へーそうなんだね」ってどっちにも深入りしない小賢しさが育ってきちゃったりしてるんだけど、それでも未だにうまく付き合えない例外が一個ある。


 この世界にはじめて存在した二面性、とか言い出したら無駄に壮大だしそもそも確認しようがないけれど、「人間が一番初めに出会う二面性」なら、ちょうど一年くらい前に目の当たりにした。

 生まれて間もない彼とか彼女は、腹が減ったり眠かったりしたらひとまず泣く。めっちゃ泣く。でもそれは、たとえばお乳をごくごく飲んで満足したときと並べて「あの、お腹いっぱいのまった〜りな状態じゃなきゃイヤ!」って対照して泣くわけじゃない。単純に「腹減った」とか「眠い」って状態が不快だから泣く。

 最初のうちはそんな感じなんだけど、だいたい9ヶ月ぐらいになると変わってきて、五感の安心感から求めていた母親を人としての関わりのなかで「好き」「特別」って認識しはじめる。

 記憶とか情動とかをまとめる力が発達してくるからなんだけど、面白いことに、そのとき「好き」と同時に生まれるのが「寂しい」「そばにいて」。それからいわゆる後追いが始まった。二面性とはすなわち、事象に紐付く複数の記憶並びに結果を統合することで認知され得るスキーマだ。うわぁこの言い方なんかキモい。どっかの眼鏡汚い学者みたい。

 まぁそれはともかく、人間がこの世に生まれてから一番はじめに出会う二面性。それはたぶん。
 「愛着と離別」だ。



 一歳半を過ぎた娘は、今日も元気にトイレの中までついてくる。早いと一分もしないで戻るのに、律儀に膝の横で待機している。
 とくに最近、トイレットペーパーを矢鱈に外してよく笑う。置いていくと泣いて怒る。きっとこの子もこの先、例の二面性とは縁が切れない。

 たくさん大好きと出会って、たくさん失くして、そしていつかもう独りきりの部屋から出たくないと思う日が来るんだろう。自分がそうみたいに。

 愛するのも、離れるのも、どっちも怖い。自分だって未だに上手くなんて付き合えない。けど、空のままに安堵していたこの腕の中に来てくれた、その彼女がもしもいつか怯えていたら伝えたい。

 失くすのは、怖い。そして息が続くのを呪いたくなるほど、張り裂けそうに痛い。

 それでも、震える肩に爪を立てながらでも「幸せだった」って言えるように、今に大好きを詰め込むんだよ。それは。







#フリーロードエッセイ  
2021/Mar №2
お題「物事には二面性がある」

🔎 #フリーロードエッセイ とは?

作家・野田莉南さん(@nodarinan)主催の企画エッセイ。毎週土曜日21:00にTwitter上で発表されるお題をもとに、指定の文字数内でさまざまな作家さんが執筆します。

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