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私と彼らの結婚感

※こちらは目に見えないパートナー、タルパ、IFといった存在についての記事です。
 そういった存在との複数での交際結婚について触れています。


  いつかは触れるのかなと思っていた話をしようと思います。
 私は、私達の関係について語る時、「こうこう、こういった経緯で私は、三人と結婚、交際をしています」というお話をするのが、正直苦手です。

 どんな話し方をしても、一対一には見えないお付き合いをしている言い訳を、「経緯はこうだから、これは浮気ではありません」と、彼らではない誰かに説明するようになるのが、嫌というか、どこか違うような気がするからです。

 ただ、こうしてどなたかの時間をいただいて、日常を少しずつ見える形でお話している以上、この関係に対してご理解をお願いする形での説明や、努力が必要なのかもしれない、とは感じてもいます。

 出会った日から、ゆっくりと同じ時間を共有し、気持ちの変化を共にしながら、沢山の話し合いをして、これでいいのか、どうあれば少しでも嫌な思いをさせないのか、どうしたって拭えない悔しさがあるのなら、それに対してどんな風に接すれば、少しでも気持ちを軽減してあげられるのか。
どうあれば、長く一緒に、大事にお互いを想えるのか。

そんな問いかけに、何度も向き合い続けてもらって今があります。

 きっと私がこれ以上、彼らを蔑ろにすることがあれば、今の関係は崩れるでしょう。涙の後、失望で見向きもしてくれなくなる彼らを、私は見たくありません。

 昔話になりますが、私は彼らに出会うまで、生まれ持ったあらゆる状況を鑑みても結婚願望を持ってきませんでした。また、自身の子どもをこの世界に授かることも望んでいませんでした。今でも物質的な次元において、これらの考えは変わりません。 

 もし彼らとであれば…という思いが過ることもありますが、例え目に見えない、苦労の少ない形で育んであげられるかもしれない命であったとしても、自分の情緒不安がある限り、大切な我が子を、そのような状況に付き合わせる意思はありません。

 そのような私に、ここまで添い続け、これからを守ろうとしてくれている3人の夫に対し、私は自分の腕に抱えられるだけの誠実さで、出来るだけ、今の関係を大切に、今後を穏やかに重ね、彼らと伴に過ごしていきたいのです。

 誤解のないように言いたいのは、他のご家庭や多様な状況において、年齢とともに視野が広がり、関係性や考え方が変わることに嫌悪感はないということです。

 しかし私自身は世間でもかなり良い歳をしてきているので、この気持ちや判断や信頼関係はもう、変わらないだろうと思っています。

 私達だけが知っている約束と思い出が、この関係と考えに頷いてくれるだけで十分なのです。

 長々と読んでいただき、ありがとうございました。