【2010年代のベストアルバム100枚】The National "High Violet" (2010)

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概要

"High Violet"は、アメリカのインディーロックバンドThe Nationalの通算5作目のアルバムです。バンドのこれまでの作品『Alligator』や『Boxer』をプロデュースしたPeter Katisの協力の元、バンド自身がプロデュースを手掛けています。全米アルバムチャートでは初登場3位を記録しました。

今作のリリースは正式には5月10日ですが、4月19日にアルバム全体の低音質の音源がリークされたため、発売前に『The New York Times』と『NPR』でアルバムのストリーミングを実施しています。

これまでとは全く違うアルバム

今作『High Violet』は「これまで自分たちがやってきたこととは何とも全く違う」作品になったとMatt Berningerは語っています。”愛し合っている二人の諍い”についての曲が多くを占めた前作『Boxer』と違い、今作では「明るくて楽しくてキャッチーなレコード」を作ることが目標だったそうです。「自分たちにとって新しいことを成し遂げたことには満足してるよ。カジュアルで、なんか汚くて醜くて楽しいロックレコードで、だけど同じくらい心が動くものでもあるしね。僕らはフェンスを飛び越えたり、ちょっと大げさにやってみたかったんだ」

また、Mattは「自分たちらしさを見つける」のに、初期2作では苦労していたと認めています。「僕らにはブレイクした瞬間というのがなかったんだ。僕たちの作品を何度も何度も聞いていくうちに、みんなが僕らに夢中になっていったって感じがする。企業モデルは崩壊していったけど、一夜で200人を前にプレイするような小さなレーベルのバンドだったら請求書の支払いもできれば、家族を養うこともできた。だから僕らはより良質で興味深い革新をこれからも起こせるはずだよ」

完成までに変更に変更を重ねる、バンドの細部へのこだわり

今作はニューヨークのブルックリンにある彼らのスタジオと、コネチカット州のブリッジポートにあるPeter Katisのスタジオで1年半にわたってレコーディングが行われたそうです。

今作では、「やりすぎで若干イラっとする出来になったり、曲が長すぎるといった多くの問題が発生し、それを解決するために多くの時間をかけた」と語っています。実際に前作『Boxer』では、いくつか最後の曲をカットしたり、"Apartment Story"のあるヴァースを丸ごとカットするなど、最終的にかなり劇的な編集を加えたことがトラウマになっていたことをAaron Dessnerは明かしています。しかし、「今回は自宅でレコーディングをしたためにずっとたくさんの時間をかけることができた」とも語っています。

曲のテンポがたびたび変わることもあるようで(今作では少なくとも4曲にその変更があったのだそう)、「僕らがアルバムを作るのにすごい時間をかけていると実感してストレスを感じたりイライラするときもある」ことを認めていますが、「一度完成したら、二度と変更を加えることができない」ために曲のテンポのわずかな違和感にも対応をしているのだそうです。

また、"Bloodbuzz Ohio"に関しては、元々ファンファーレが入っており、ライブでもそのヴァージョンが披露されていましたが、"Fake Empire"とあまりにも似ていたために、バンド、そしてPeter Katisとの間での議論を経て、そのファンファーレはなくなったことが明かされています。

その一方で、『Boxer』と比較するとたくさんのオーケストラやホーン、ストリングスを使ったアレンジがあることをMattは明かしています。「ただ、それがより複雑な形で織り込まれているんだ。もっとさりげなくね。たとえばSufjan Stevensが"Ada"で弾いてくれたピアノみたいにね。この作品では"Afraid Of Everyone"に参加してくれたんだけど、彼はそういうヴォーカルとかハーモニウムとかやってくれてるんだけど、そんなに表に主張してこないんだ。ただバックグラウンドで色や変化をもたらしてくれていて、それが曲のレイヤーの中でうまく織り込まれている。実際にはすごく複雑なんだよ」

Matt Berningerによる抽象的な歌詞、バリトンヴォイス

Mattは自身の歌詞について「チャレンジングなのは、不安にさせるような神経質な愛の感情をさらすような曲の残りを書かなきゃいけないことだよ」と語っています。「大事だと感じることや自分が執着していることについてしか書かない。時々、自分が経験したのと同じ暗い経験を掘り下げたりもする。『ミッドウェストのレストランについて書こう』なんて思わない。そういう風には考えないんだ。『イングランドの雨について語った曲にしよう』とかも考えない。明白に物事を語ろうとは絶対にしない。それより考えが不鮮明な電車みたいな感じで、理解するのはすごく難しいかもしれない。時々、理解してもらわない方が良いかもしれないなんて思うしね」

また、シンシナティでの経験が自身の歌詞にエッジを持たせているとMattは語っています。「オハイオはアメリカ人にとってよくある体験ができる場所なんだ。典型的なアメリカ人の物の見方に関しては、ニューヨークなんかより全然オハイオが近いよ。アメリカのど真ん中であり、信じられないくらいに緊張感があるんだ。社会的、人種的、政治的にね」

一方で、しばしばそのバリトンの音域が強調され、一本調子とも評される自身の歌声について、MattはScott DevendorfがPavementのStephen MalkmusやGuided by VoicesのRobert Pollardといったシンガーを聴かせてくれた時のことを引き合いに出し、狭い音域でもヴォーカルのキャラクターが立っていればそれを埋め合わせることができると語っています。「僕の歌い方について単調だという人がいて、僕もそのことは十分に分かっているんだ。だけど棒高跳びをする人が、そのバーを飛び越えるよりも当たってしまうのを見る方が見てて楽しいなんてことがあるかもしれない。あらゆる音を当てることは、それを試みることほど重要じゃない。自分の歌を信じているか、その音が正しいのかどうかが重要なんだよ」

参照

1. https://www.nytimes.com/2010/04/25/magazine/25national-t.html (The New York Times "The National Agenda")
2. https://thequietus.com/articles/04024-the-national-interview-high-violet-bon-iver-sufjan-stevens (The Quietus "Loose Wool And Hot Tar: The National Interviewed")
3. https://www.theskinny.co.uk/music/interviews/the-new-statesmen-the-national-talk-high-violet (The Skinny "The New Statesmen: The National Talk High Violet")


リリース時の評価

2010年のベストアルバム・リストで、『Pretty Much Amazing』『DIY』『The Line of Best Fit』が1位に、『PopMatters』『Drowned in Sound』が2位に選出した他、多くのメディアで10位以内に選出されました。

『Pretty Much Amazing』は、彼らが「2回、5回、10回と聴くに値するような完ぺきなアルバムを作るために、完ぺきな曲を制作」しており、「最初から最後まで、ゆっくりと楽しむのに最適な音楽を作ることに力を注いでいる」と絶賛しています。また今作が「悲しいアルバム」と称されることに異を唱えており、今作は「正直でリアルなアルバム」であることを指摘しています。Matt Berningerのリリックリリックについては、「人生に対する無関心や属性からの離脱を示唆している」一方で、このアルバムは「私たちが人生の中で最悪な時期にあっても、そこに美しさを見出すことができる」ことを証明していると語っています。

『The Line of Best Fit』は、今作でThe Nationalが最も世界で愛されるバンドになろうとしており、これまでの作品に比べて「疑いようのない貫禄」という点で「サウンドのスケール」が変化したと指摘しています。また、同様の進化を遂げたREMと比較しても彼らは今作で大衆迎合をしているわけではなく、前2作『Alligator』や『Boxer』のハイブリッドのようなアルバムであるとしています。

2010年代における評価

『NME』が14位に、『Consequence of Sound』が21位に、『UPROXX』が26位に、それぞれの2010年代のベストアルバム・リストに選出しています。

『NME』は、「歪んだソウルと壊れた心に関する不安げなアンセムをコンパイルした」今作で、「ブレイクダウンや別れを経験する中でそこに意義を見出そうと」していると指摘しています。また、Matt Berningerは「めったに彼の問いかけに対する答えを見つけることはないが、問いかけをすることの大切さ」を教えてくれたと称しています。

『Consequence of Sound』は、The Nationalが元々「その憂鬱なリアリズムと深遠なヴォーカル表現から、”真面目な人間”のためのインディーロックバンドだったことを自覚していた」が、今作で「批評家から絶賛されてきた生真面目さをスタジアムを埋めるまで膨張させる道を見つけた」と指摘しています。

かみーゆ的まとめ

本人たちも自覚している通り、これまで大きなキャリアの転換点がなかったにも関わらず、The Nationalは2010年代を代表するインディーバンドの一つへと進化を遂げました。そして、これまで批評家からは高い評価を受けてきた地味なバンドの成功を象徴する、一つの到達点と言うべきアルバムがこの『High Violet』だったと言えそうです。

実際にポップで耳障りが良いアルバムではあるのですが、それはキャッチーと言う意味ではなく何度も聴きたくなるような細部へのこだわりや、憂いを帯びたヴォーカルの魅力からくるものであり、The Nationalらしさは全く失われていません。

その、彼ららしい音楽をスタジアム級のサウンドへと変化させたこの作品が代表作となったからこそ、彼らの2010年代の活躍が揺るがないものとなったと言えそうです。

トラックリストとミュージックビデオ

01. Terrible Love

02. Sorrow

03. Anyone's Ghost

04. Little Faith

05. Afraid of Everyone
06. Bloodbuzz Ohio

07. Lemonworld
08. Runaway

09. Conversation 16

10. England

11. Vanderlyle Crybaby Geeks


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