【2010年代のベストアルバム100枚】Kanye West "My Beautiful Dark Twisted Fantasy" (2010)

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概要

"My Beautiful Dark Twisted Fantasy"は、アメリカのラッパーでプロデューサーのKanye Westの通算5作目のアルバムです。Mike Dean、No I.D.、Jeff Bhasker、RZA、S1、Bink、DJ Frank E.といったプロデューサー達と共にKanye West自身がプロデュースを務めました。全米アルバムチャートは初週で496,000枚を売り上げ、1位を獲得しました。

逃避先ハワイでの”ラップ・キャンプ”

2009年、MTV Video Music AwardsでのTaylor Swiftのスピーチ妨害と言う悪名高い事件に関する彼への批判が高まる中、Kanye Westはハワイに逃避し、一般の目を逃れます。彼はそこで「Rap Camp」と称し、Kid Cudi、Pusha T、Nicki Minaj、RZA、Q-Tipらを招き、今作の制作を徐々に始めていきます。

その音楽制作キャンプに同行していた『Complex』の編集長Noah Callahan-Beverは、Kanye Westの制作方法について「共同作業的」であることを明らかにしています。「ラッパーもプロデューサーも周囲の取り巻きもみんな、アイデアやフレーズを思い付いたら話すことを歓迎されている」一方で、様々な人間に「彼がこれだと思う言葉」に関する助言を求めながらも、「彼のアウトプットは、絶対的にほぼほぼ彼自身によるもの」であると指摘しています。

徹底的な完璧主義

Kanye Westの言葉選びへのこだわりは"Power"のリリックを完成させるのに何時間もかけていた様子を語る『Complex』の編集長の言葉からもわかりますが、"Runaway"に参加したPusha Tは「ここまで細かいことにこだわる」人はいないとKanye Westについて語っており、自分は「特定の一つのアルバムのためにこんなにたくさんのヴァースを書いたことはない」と述べており、4回ヴァースを書き直したと語っています。「こう言われたんだよ。『よう、お前はもっと思い上がったバカになる必要がある。俺たちはもっと思い上がらないといけないんだよ!』ってね」

今作で初めてKanye Westと制作をすることになるBon IverのJustin Vernonは元々、彼がBon Iverの"Woods"を"Lost in the World"でサンプリングしようとアプローチをかけてきたことがきっかけだったことを明かしています。「30分くらい話したら、飛行機に乗ってハワイまで来て一緒に何かやらないかと言ってきたんだ。そしたら次の朝には飛行機に乗っていた」

さらに彼が非常に「地に足の着いた」人物であることをJustin Vernonは賞賛しています。「Kanyeの良いところは、見切りをつけないところだと思う」と語っています。「彼は本当にその曲に時間をかけることを大事にしていて、完成させて自分が表現できる限りに最高にクールなものを作ろうとするんだ。彼はただのラッパーでもプロデューサーでもない。彼はミュージシャンだ。あらゆる意味で彼は本物のアーティストだよ」

謝罪のレコード

Kanye Westは今作について自分の口から語ることはあまりありませんでしたが、あるインタビューでは「ほぼ謝罪のレコードのようなもの」だと表現しています。「"Power"は、自分がこれまでリリースしたシングルの中では全然プログレッシブな曲じゃなかった。みんな感謝祭のディナーみたいに、あの曲をどれだけ愛してるか話したがるけど」

参照

リリース時の評価

2010年のベストアルバム・リストで、『Billboard』『Entertaniment Weekly』『Pitchfork』『Rolling Stone』『Slant』『SPIN』『Strereogum』『TIME』など多くのメディアが1位に選出しています。

『Entertainment Weekly』は今作を「濃密で、眩いばかりのラップのマスターピース」であると絶賛しており、「彼の才能がどれほど並外れたものだったかを忘れたすべての人に対する挑戦」と称しています。

2位に選出した『FACT』は、「何かを最高傑作と呼ぶのは音楽について書く上で最大のクリーシェ」としながらそう呼ぶに「ふさわしいアルバムがあるとすれば」今作であると記しています。「サイファーを起点にした生々しいヒップホップ・レコードと、資本主義的なポップ巨大企業の間でなんとかバランスを取りながら、最終的にその二つの最高の世界を見せてくれている」

2010年代における評価

2010年代のベストアルバム・リストで、『Billboard』『The A.V. Club』『Rolling Stone』『Slant』が1位に選出した他、『Pitchfork』『UPROXX』『The Young Folks』が2位に選出している他、多くのメディアで2010年代を代表する1枚として選出されています。

『Slant』は「今作ほどの完成度を誇るラップアルバムは他に聴いたことがない」と絶賛しています。「すべてが自己強化と自己謙遜との間のウンザリするような争いに一役買っており、Kanyeは非凡なポップスター/超悪役な人格を包括しようとしているが、まず私たちの注目を集めさせるだけの存在になるためのクリエイティブなポテンシャルを生み出そうと奮闘している」

『Pitchfork』は、今作を「ある完璧主義者とパーフェクションの衝突」であり、「Westの巨大なエゴを正確に反映した創造物」と称しています。またKanyeは、Taylor Swiftという「全米を代表するスイートネスの象徴」を敵に回したことへの「謝罪を行う代わりに、「歪で包括的で過剰なビジョン、思い上がったバカたちへの乾杯、後に続くモンスターたちのための喊声」を提示したとも指摘しています。

かみーゆ的まとめ

誰もが「傑作」と称賛するKanye Westの『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』、その評価に異論の余地はないですが、面白いのは誰も「この作品がどれだけ素晴らしいか」を抽象的にしか説明できないということです。2010年の年間ベスト1位に選んだ『Pitchfork』のコメントすらも要約すれば「彼ってVMAsで乱入したりチンコの画像流失したりして色々ヤバかったけど、それを全部覆すくらい今作はすごいよね」ということしか言ってないのです。さらに2010年代のベスト1位に選んだ『Rolling Stone』のコメントに至っては「2010年代後半、MAGAキャップ被ったりどんどんヤバい方向に進んでいったけど、それでもこれは色褪せない傑作だよね」と10年前の『Pitchfork』と本質的に同じことしか言ってなかったりします。

Kendrick Lamar『To Pimp A Butterfly』やBeyoncé『Lemonade』を語るときには饒舌になる音楽評論家もしくはライター達が、この作品では途端に破天荒な言動を手掛かりにレビューしようとするのです。それは彼のカリスマ的な存在感にもよるのかもしれません。しかし誰もが簡単に自分なりの見解を書けるようになった現在、むしろ”傑作”と言われるものがこんなにも説明しづらいものであるという事実に安心感すら覚えます。私だったら、「Nicki Minajが作り物のブリティッシュ・アクセントでナレーションを務め、Bon IverのJustin VernonがKanye Westをとんでもない高みへと連れていく文字通りの”Dark Fantasy"は~」という地獄のようなレビューを書くことを妄想しますが。

1曲1曲に目を向ければ、King Crimson"21世紀のスキッツォイド・マン"、もしくはBlack Sabbath"Iron Man"を使った勇敢なサンプリングのアイデアに目が行くかもしれません。もしくは彼の驚異的なまでの細部へのこだわりや、とんでもない数のアーティストやプロデューサーを集めて最高のものを作り上げる統制力を称えるかもしれません。しかしそのどれを指摘したところで、今作を形作っている何層にも重なるレイヤーの一部に着目しているにすぎないのであります。

本心は分かりませんが、Kanye West自身は今作よりその前の『808s & Heartbreak』や次の『Yeezus』の方が良いアルバムだと発言しているのも興味深いです。たしかに前者は、2010年代のPBR&Bや憂鬱なHIP-HOPの流れを予見していましたし、後者のエキセントリックなサウンドは、インディーの世界におけるArcaやHudson Mohawke、SOPHIEといった実験的なエレクトロサウンドを誇るアーティストが、自身のクリエイティビティを発揮するための道標ともなりました。そういった意味で今作にそういった新しさや他のアーティストへの影響があったかというと正直ピンときません。むしろメインストリームの知名度が低い段階で大抜擢されたBon Iverや、"Monster"で最高のヴァースを披露したNicki Minajの本当の実力を世に知らしめたことが2010年代における最大の貢献かもしれません。

だからこそKanyeは今作をそこまでの傑作と認識してないのかもしれませんし、そういうメインストリームと彼のクリエイティビティの両立を絶妙に成し遂げている点が彼にとって”わかりやすい”のかもしれません。一方で、「謝罪のレコード」と言いながら、自分の醜悪さをメタ的に観察し、自分の最低さを誇示するこのリリックも彼が何時間もかけて考え抜かれた言葉であるというのが興味深いです。そして、そんなことすらも覆い隠される緻密でマキシマリスト的なサウンド、コメディっぽいスキットの数々...。確かに、総括すると"My Beautiful Dark Twisted Fantasy"そのものなのかもしれないですね。

トラックリストとミュージックビデオ

01. Dark Fantasy

02. Gorgeous feat. Kid Cudi & Raekwon

03. Power

04. All of the Lights (Interlude)

05. All of the Lights

06. Monster feat. Jay-Z, Rick Ross, Nicki Minaj & Bon Iver

07. So Appalled feat. Swizz Beatz, Jay-Z, Pusha T, Cyhi the Prynce & RZA

08. Devil in a New Dress feat. Rick Ross

09. Runaway feat. Pusha T

10. Hell of a Life

11. Blame Game feat. John Legend

12. Lost in the World feat. Bon Iver

13. Who Will Survive in America


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