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5月

4月上旬から、なんか変だった。
少し上手くいかないことがあるとイライラが止まらなくなったり、
別に傷付くこと何も言われてないのに否定の言葉を聞いただけで泣いてしまったり、
かと思えば急に楽しくなってニコニコが止まらなくなったり。
変な話かもしれないけど、自分の感情に自分が追い付くことが精一杯だった。

(でも、こんな事あるしな)
(まだ大丈夫)
(前と同じくらいだ)

って言い聞かせて、
ノートに「ダメかもしれない、と思ってるうちはダメじゃない」とか書き殴ったりもして
何とか日々を送っていたんだけど、自分は壊れないと思う時ほど人は脆いものだと気付かされるもので、
4月後半、ちょうどおばあちゃんの命日の日から
パタッと 本当に何も出来なくなってしまった

笑い方を本当に忘れてしまって
何もする気にもならないのに
何かをしても、何もしなくても
「情けない」って泣いていて、
そんな自分も情けなくて死んでしまいそうだった

なんとか大学に足を運んでも
嫌いな人なんか一人もいない教室に
1歩も入れずに
廊下でうずくまって泣いていたり
話している途中に理由もなく「悲しい」と泣き出したりした。

今私の周りにいる人は底抜けに愛に溢れていて
中学校の時みたいに
「早く死ね」だとか
大切な人から貰ったストラップを盗んでゴミ箱捨てて「早くごみ収集来ねえのかな」なんて笑ってる人だとかは誰もいなくて
全員が泣きたくなるほど優しい人達なのに

なんとか手を繋いでもらって歩けるようになっても
楽しい話題で笑わせてもらっても
楽しい、嬉しい、と思った瞬間
次に絶対来るであろう苦しみに耐えなければいけないのを思い出して
また振り出しに戻る、
そんな中の企画ライブだった。

11.12日どちらも、最高の日だったなあ〜と思う。
この1年で出逢ってきた、一人一人の大切な個性がぶつかり合って、
同じなんてことも
はたまた似てるよねなんて事も全くなくて
最初から最後まで飽きることの無い、素敵な、素敵な2日間だった。

お客さんも一体で大きな温かさを
一段高いステージから全身いっぱいに浴びて
漠然と、本当に漠然と
「これが生きることなのかもしれない」
なんて思った。


私は、私の事を好きでいることが難しいんだけど
類は友を呼ぶという言葉が本当だとしたら
私ってとてもいい人なのでは?と錯覚してしまうくらい
私の周りは 愛で溢れている人達ばかりだ。
今回気付かされた、私は何を返せるんだろう。
これから出逢う人達に何を与えられるんだろう。

きっと何も無い、と思った、

けど、もしも私が生きることで、
生まれる想いや歌のひとひらに
貴方の心の張り詰めたものが
緩まるような言葉だったり
思っている言葉が あるのだとしたら。

それによって 貴方が
全部救われるとかじゃないとしても
「明日が来ても、
もう少しだけここにいてみようか」
とか
今日は自分を許してみようか とか
感情に酔ってみようかな

って思えるんだとしたら
私はずっと紡いでいこうと思う

愛をそうやって隣に置いて
いつでも食べてねっていう歌をうたっていきます
貴方へ、貴方へ。



次は、「生きがいについて」お話しますね

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