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「苦しかった時」が「良かった過去」と思えるように。

誰しも少なからず、その人なりの悩みや苦労と直面しながら生きている。それは比較できるものではないし、同じように見えても、人によって大きさや質、影響度合いは変わってくる。
それでも「現在の苦しい体験、気持ち」が後々「体験してよかった過去」に思えたら、少し幸せだと考えている。

以前の記事で少し書いたかもしれないが、私の父は自らこの世を去った。それは私が高校3年生の12月、センター試験(今は違う名前なのかな)を直前に迎えた時期だった。
彼の精神状態は周囲からみたら回復しているようにみえた。
でも、それは悟りきっていたとかもしれない。覚悟を決めてラクになり、リラックスしているようにみえていたのかもしれない。
最後に話したのは私で、最後に話した言葉は「美容室に行ってくる」だった。

彼が亡くなって数日、私は頭の中が真っ白になった。満点近くとっていた数学や英語の内容も入ってこなかった。
私には家族を含めた支えてくれる人、話を打ち明けられる人がいたのが救いだった。
おかげで「寧ろ自己ベストを出して、父を後悔させてやる」という気持ちに切り替え、本当に自己ベストを叩き出すことができた。
経済的なことも考え、当初考えていた関東圏の国立大学を諦め、地元の国立大学に進学することにした。

進学してからまた大きな試練にぶち当たった。新しい環境への疲れや、今まで走り続けてきたことに対する燃え尽き感を感じるようになった。
ついに大学1年目の夏、私は部屋から出られなくなった。脳が疲れきって、何もできなくなってしまった。
色々と考え、後期は休学し、バイト生活に専念することにした。(休学しても費用はタダであったし、高校時代にバイトをしてなかった私は社会勉強になる良い機会だった。)

バイトは「朝はアパレルショップの朝番」、「夜は中学生から大学受験生まで教える個別指導塾」を半年間続けた。
バイトを通して、今の人生に繋がるようなものを2つ得た。「人の目を気にしない、開き直る力」と「自分とは異なる人々と関わることを楽しむ力」だ。
前者は挑戦することへの恐れをなくしたし(たまに生き急いでいるのかと言われることもあるが)、後者は視野を拡げるのに繋がった。

その後、経営学科の夜間部に転学し、沢山の触れ合いや経験をした。(夜間部は社会人で学びにきている人も多く、昼間部と比べて刺激的だった。学費も半分で良いのにも関わらず、受講できる授業にほたんど制限はなく、卒業資格も変わらなかった。)

そこから経済学の教授と仲良くなったり、ゼミの先生と議論をしたり、有名な実業家やビジネスマンと話すという比較的濃い時間を過ごした。
「英語科、物理学科、経営学科」というジェットコースターの人生を歩み、様々な人や出来事、モノとの出会いがあった。
そして、紆余曲折あり、データサイエンス/データアナリティクスの道に進むことにした。

振り返ると、「辛いと考えていた父の死」は私に「変わるキッカケと、人との繋がり」を与えてくれたように思う。

これからも様々な苦悩にも直面するかもしれない。ときには正面から向き合い、ときには逃げることもあるだろう。
いずれにせよ、あとになって美談めいたものに昇華できればいいなと考えている。

今後も無理せず、心地よく生きていきたい。

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