オンラインゲームにおける良いバランス調整の心得

本記事は定期ゲ・甲 Advent Calendar 2021の24日目の記事です。

インターネットが普及してオンラインゲームにおいてゲームデータのアップデート配信などが容易になった昨今では「バランス調整」という言葉は、特に珍しいものではない世の中になりました。
さて、定期ゲでもよく見かけるこのバランス調整というやつ、一体誰のために、なんのために、どのようにして行われているのでしょうか。
今回は、「バランス調整はなぜするのか」「どんなバランス調整が望ましいのか」この辺りについて解説していきたいと思います。
なお、定期更新型オンラインゲームに関連する記事ではありますが、それらに該当しないオンラインゲームにも共通する話題として話を進めます。

この記事は、以下の動画の内容を参考に、自分の考えを織り交ぜながら紹介していきます。非常に分かりやすいのでまずは先にこちらを観た方がいいと思います。(英語、字幕あり)

1.みんな平等という偽りの理想郷

突然ですが、使える武器やキャラクターが1種類の対戦ゲームは面白いと思いますでしょうか。ゲームのバランスという観点で見たとき、確かにこれは歪み無く完全に平等で、バランスがとれている状態だと言えます。
場合によってはそれでも楽しいと思えるかもしれません。でも、普通そんなゲームを楽しいとは思いませんよね。飽きてしまう。

そう、みんなが平等なゲームは退屈で、つまらないのです。
多彩な色んな武器やキャラクターを使って、色んな解決方法で、ゲームの目的に立ち向かいたいはずです。

2.なぜバランス調整はしなくてはならないのか

どんなゲームもバランスを崩壊させる存在がだいたいあります。これは、プレイヤーが人間であることと、武器やキャラクターなどにそれぞれ異なる性質が存在する以上、避けては通れない道です。正常なゲームに対して何らかの偏りが生じることを、プレイヤーやゲームを作る人は覚悟しなければなりません。
さて、そこでバランス調整が必要だと感じるところまでは良いのですが、調整に意欲的な姿勢を見せても、手段と目的を履き違えた理解をしている方も少なくないと思います。みんな平等になることがバランス調整の目的ではなく、バランス調整とはゲームのプレイやそれを鑑賞するのを楽しくするための手段なのです。
多彩な武器やキャラクターを使って、ゲームの多様性を高めることで飽きにくく、楽しくゲームをする、これを叶えるのがバランス調整の基本的な在り方です。そして、バランス調整のゴールへの道には、必ず『使用(採用)率の調整』というものが存在します。
(追記)やや文脈の繋がりの薄い箇所があったので加筆修正

忘れてはならないのは、『性能が平等な状態を作り出すことはバランス調整の最終的な目的ではない』ということです。バランス調整はゲームを楽しくさせるために行われるのであり、性能や使用率を揃えるために行うものではありません。
ここを押さえておかないと、確実にどこかで迷子になってしまうでしょう。
バランス調整が必要な理由は、つまり、多彩な色んな武器やキャラクターを使って、色んな解決方法で、ゲームの目的に立ち向かえるようにするため、それそのものなのです。

3.技や武器は基本的には弱体化しない方がいい

もはや言うまでもないことですが、弱体化は多くの場合、歓迎されません。
行き過ぎた性能を抑える調整は調整する側にとっては楽だし、大味なゲーム性になるのを抑える効果が期待できます。ですが、そうとは分かっていながら、実際には弱体化は嫌われます。

これはなぜかというと、人間には「損失回避の法則」という基本的性質が備わっているからです。行動経済学では「プロスペクト理論」という言葉で登場する、人間の心理現象に関わる不思議な現象の一つです。

プロスペクト理論の価値関数

「損失回避」とは、発生したマイナスの出来事に対して、同じ分だけプラスになった出来事に比べて2倍ぐらいの痛手に感じてしまう。という現象のことです。損をすることをできるだけ減らしたいという方向性に、人間は優先的に働いてしまうのです。
つまり何が言いたいのかと言うと、弱体化は強化よりも遥かに大きなインパクトをプレイヤーに与えます。雑に弱体化しようものなら、強化と弱化が入り混じっていたとしても、プレイヤーから非難の嵐を受けることになるでしょう。なお、私は過去に行ったゲームの弱体化でたまにそういうのが報告フォームから来たことがあります。

・スキル「すごいアタック」のコストをこれまでの半分に引き下げました。
・スキル「すごいアタック」の攻撃の威力をこれまでの半分に下げました。

さて、調整内容としてこれらが2つ並んでいたとき、あなたはどう感じますか?

4.定期ゲならではの考え方

それはそれとして、定期更新型オンラインゲームならではで、もうひとつ注意しなければならないことがあります。定期更新型オンラインゲームは、通常持ち寄ったそれぞれのオリジナルキャラクターで参加することになりますが、これらのゲームはゲームのステータスや技などをキャラクター表現の一部として扱っている人も少なくありません。

バランス調整という神の見えざる手によって、あなたのキャラクターが(キャラクターから見れば)あたかも理不尽に部分的に弱々しくなってしまう危険があります。世界観上で説明つくことはほとんど無くロールプレイで表現するには少々ハードルが高いため、必要以上な弱体化は避けた方がいいでしょう。

5.コラム1:プロスペクト理論と感応度逓減性

上記のグラフがややインチキな描き方をしているのはさておき、このようなグラフはプロスペクト理論の価値関数と呼ばれています。これらは「損失回避の法則」「感応度逓減性(かんのうどていげんせい)」で構成されています。細かい話は専門外なのでこういうものだと思ってください。(多少間違ってても許してください…。)
感応度逓減性とは、利益または損失の絶対値が大きくなるにつれて変化への感覚がにぶってしまうという人間の心理現象を指します。要するに『慣れ』です。
これらに近い法則として、「ウェーバー・フェヒナーの法則」という法則もありますが、ここでは割愛します。概ね意味は同じです。
バランス調整だけでなく、ゲームの設計など基本的な部分にも使えるものなので是非使ってみてください。

例)
・100ダメージ出せるとき100の追加ダメージが出るときと、1000ダメージ出せるときに100の追加ダメージが出るのとでは、同じ100ダメージなのに嬉しさが違う。
・同じ大きさの騒音を10秒間聴いたときと、1分間聴いたときでは、聴き終わった後の不快度が違う。

弱体化は、先述の通り、バランスを整える上では優秀なカードです。必要悪です。ただし歓迎されません。だからこそ、いざというときのために取っておいて、ここぞという時に切る方がいいのです。

6.強化は大胆すぎるぐらいでもいい

強化に関しては、いっそ大胆すぎる方が望ましいです。一応上げたうえで調整幅を元に戻すという理由付けで弱体化ができます。(やりすぎると怒られます)
ちょっとずつ強化するのと、一度に大きく強化するのとでは、最終的な強化量が同じだとしてもインパクトの大きさが違うからです。

強化の目的は、基本的には使用率を上げることです。現在それが使用率が低い理由は色々考えられますが、恐らくは性能が低いのでしょう。
ゲームで技や武器を選択するとき、強さなどのワクワク感のもとでさまざまなものが選択されますが、今まで目を向けられていなかったそれらにもう一度目を向けてもらうにはワクワク感を再燃させてあげなければなりません。そうでないと、今使ってるものをわざわざ下げてまで使おうとしませんからです。
楽しいと思える本質はアップデートの内容がワクワクするものであったかどうかにかかっています。

したがって、ゲーム内環境がひっくり返るほどのように見える、大胆な強化を心がけることが望ましいと考えています。ただでさえ、弱体化の方が圧倒的にインパクトが大きいので。

7.コラム2:(主に対人戦用)序列という考え方

対戦ゲームの場合、全体の序列について弱体化と強化は異なる性質を示します。以下の図は、技や武器などのあらゆるパラメータを総合したときの、性能の高さとその序列(Tier)を表しています。

総合的性能と序列(調整前)

一番性能の高い1を50まで弱体化、一番性能の低い5を50まで強化したとき、どんな変化をするでしょうか。

1を弱体化した場合

まず弱体化の場合ですが、上位の序列が変化します。このとき、使用率の減った1の使用者数は、2や3などの次に高いものにいくつか分散して流れ着きます。
使用率の高いもの同士の間で使用者数のやりとりが行われる(次に強い武器などを探すことになるだけ)ので、下位の層はほとんど変化しません。
弱体化を行っても、全体の序列はほとんど変化しません。

5を強化した場合

一方強化の場合は、まず下位の序列が変化します。このとき、直接強化されたものの使用率が増えますが、使用者数は序列の全体から流入されます。
すると何が起こるのかというと、増えた分が上位の層から減るので、序列が全体的に変化することが期待できます。
また、さらに序列の上下が一気に変化したことで環境が変わるため武器相性などが再考されることになり、強化されたものへの対抗手段がさらに上がったりすることも期待できます。
強化は、全体の序列に波及する可能性が高いのです。

8.個性(強み)を強化せよ、個性の弱体化は避けよ

スマブラシリーズのディレクターである桜井政博さんもスマブラSPECIALインタビュー記事で仰ってましたが、バランス調整をすることになったとき
強みとする個性を強化し、逆に弱体化してはいけないという基本指針が有効だと考えています。

個性を減らせば結局冒頭のようにみんな平等な偽りの理想郷になってしまうので、強みを強化し、弱体化の際は弱みをもっと顕著したり、新たな弱点を追加するような方向性の方が望ましいです。個性が強いということは、それだけゲームが多彩になり、「それを選ぶ理由」が生まれます。
弱体化しなければならない場合は、よほど特別な場合を除いて、直接強いとする部分を下げる特徴を削らないように心がけたいですね。強みを削らないと弱体化できないと判断した場合において弱体化する方が望ましいでしょう。

尖ったものは、なるべく尖ったままに。

9.相対的弱体化(強化)、間接的弱体化(強化)

ところで、技や武器を直接弱体化や強化する前に一つ考えておいた方がいいことがあります。それは、「相対的弱体化(強化)」「間接的弱体化(強化)」の2つです。それぞれについて説明します。長いので弱体化のケースだけ書き、強化はこの逆だと考えてください。

・相対的弱体化
弱体化の対象と考えられる技や武器について、それ自身の性能を下げるのではなく、類似した技や武器をできるだけ対象の方向性に近づけるように性能を上げるというやり方です。
これによって使用率が近隣のコンテンツに分散されることが期待できます。
やりすぎると環境がインフレするので、ほどほどに留めておいた方がいいです。勇気を持って直接弱体化するのも、一つの手。

・間接的弱体化
相対的弱体化に似ているのですが、こちらは技や武器を使われる相手側を強化したり対抗手段を増やしたりすることで、そのコンテンツの有効なケースを減らすことで弱体化させるというやり方です。
例えば炎・水・草タイプの3すくみがあり、炎タイプが環境を席巻しているなら、相手に水タイプを増やせばいいということです。
これのいいところは、やりすぎてもインフレしにくい点です。ただし、対抗策がある前提なので、対抗策が有効になるように調整していく心構えは必要です。

10.コラム3:調整しやすい基準パラメータが予め準備されていると◎

昨今のゲームはとにかく要素が多くて複雑です。要素のどれかを調整するとあちこちに波及していってさらにそれによってここが変わるので……みたいなことを繰り返すとキリがありません。攻撃技だけで済むならまだしも、回復技とかサポート技とか多彩ですしね。
そこで、バランス調整の基準にできる最終的な「強さ」や「使いやすさ」に関わるパラメータが技や武器に直接備わっていると結構便利です。
この最もわかりやすい例は「発動コスト(消費リソース)」です。他のスキルの性能の釣り合いがとれているかの比較にしやすいだけでなく、強い技なのか弱い技なのかがはっきりするという特徴があります。
大雑把な性能の調整はそれぞれごとに行い、最終的な微調整としてこういった調整用のパラメータを用いて細かい部分を詰めていくと楽になるでしょう。

11.楽しくなるような強化や弱化を心がけよう

最初の文章で言った通りですが、バランス調整は「ゲームのプレイと鑑賞を楽しくさせること」が目的であるべきです。強化をするときも弱体化をするときも、楽しいと思えるようなことを最優先にして、調整内容を考えていきましょう。
もちろん、私もまだまだバランス調整のやり方は勉強中です。

一緒に頑張っていきましょう。

結論

弱体化も強化も必要です!でも、強化が多い方がゲームとしては楽しくなりますよ!

以上、ゆうでした!メリークリスマス!!


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