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淡々とした一日を30回

生活環境が変わって一ヶ月が経った。先月までは、朝起きて、仕事行って、帰ってきて寝るという生活が当たり前だったのに、今では理由もなく淡々と一日をこなしている感覚がある。

私が仕事を辞めて引っ越した理由は、遠距離していた彼氏と同棲するためだったので、決して人生がつまらないと感じているわけではない。
やはり人は働いて、ある程度外の人間と会話して、という最低限動かなければいけないなと思う。

考えてみれば、中学高校の頃は夏休みでも週5で部活に通っていたし、大学の頃は暇さえあればバイトに入っていた。この十年、一ヶ月以上のまとまった休みというものが全くなかった。
前職ではたったの二連休すらほぼなかったので、休みが続くことに慣れていないのだと思う。(読み返しても意味わからない感覚)

大学の頃のスケジュールを見た。
2020年 一年生の秋、この頃から対面授業が始まった。一年後期は毎日講義があったので、片道一時間半かけて週5で大学に通っていた。
その中で車校、部活、二つのバイト、そして友達との予定を上手く組み合わせ、いわゆる一日何もない日というものを作らないようにしていた。

2021年 二年生の秋、この頃はコロナ感染が比較的落ち着いており県外に出ることが増えた。無事免許を取り、部活も辞めたのでとにかくお金が欲しい、その気持ちだけで友達と三つ目のバイトに行くことにした。
卒業まで数ヶ月という短期だったことにより、一回目の出勤でかなり詰め込まれて教えられ、二回目の出勤で自分に合わないと判断し辞めた。
考えてみれば常に限界であるスケジュールの中に、新しいバイトが限界突破してきたので体力的にもかなりしんどかった。

今まで、バイトを辞めた経験はなかったし、習い事や部活(大学の部活はなかったことにしてください…)を辞めた時は必ず卒業、引退のタイミングだった。
自分の強みがあまりにも継続力だと思っていたゆえに、続かなかったことが結構悔しかった。けど、二つのバイト、車校、部活、大学を掛け合わせていた一年生のあの時が異常に狂っていたと思い込むと、普通に考えて無理の二文字で完結する。
いい経験。


社会人になってからも、休みの日に何もしないなんていう日は月に一回あるかないかで、平均すれば月残業20時間台、多い時は40は超えるほど、定時に帰れる日はまずなかった。
石川から愛知に出て、慣れない環境で一人暮らしをしながらこの働きだったので、何度も体調を崩した。崩した時に休む、そんなよくないサイクルが当たり前だった。

そんな生活をしていた最中、仕事を辞め、急に休みが続いている。
異常的な暑さもあり、なんとなく家で過ごしているとこんなことを考えてしまう。

仕事をしていないと明日が来るのが嫌だと思わないけど、その分早くこの日にならないかなという楽しみもない。乗り越えるべきことがないから。
とにかく一日生きることに刺激がない、一人でいる時に何も生きがいを感じない。
仕事に生きがいを求めていた訳ではないけど、自然と働く理由になっていたのだと思う。

今の率直の気持ちはとにかく働きたい。働いて、毎日をこなして、一生懸命になっている自分が好きだと、一ヶ月以前の自分を客観視してようやく気づけた。
いろんな人と関わって、いろんな現場を見て、いろんな刺激を感じたい。
そう思えていることにまず、安心して良いのでしょうか。

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