35歳までに彼女ができなかったら自殺すると言われたこと


生まれてから一度も女性に愛されたことがない、つらい。もし僕は35歳までに恋人ができなかったら自殺しようと思っている。

客がそう言って泣き出したとき、私はどうすれば良いのかわからなかった。
彼は、今まで一度も恋人ができたことがないこと、学生の時の好きな女の子には社会人の彼氏がいたこと、つい最近もインターネットで仲が良くなった女の子が実はネカマだったことを立て続けに話した。

私はその人の手を握って、女性と話す練習相手くらいにはなるよ、と答えた。
彼が本当に求めている言葉とはかけ離れた返答だという自覚はあったけれど、彼の人生や感情に責任を負うことはできなかった。


そこから彼は出勤をするたびに私に会いにきて、性的なことは要求せずただひたすら好きな配信者の話とか、ゲームの話とかを1時間ほどして帰っていった。
私は彼に会うたび、どんな些細なことでも良いからたくさん褒め言葉を並べるように心がけた。
自己肯定感を少しでも高めて自信に繋がれば良いという考えもあったけれど、それよりも、チップという名目で毎回渡される1万円欲しさが9割の理由だった。


4ヶ月ほどそれが続いたある日、1月も半ばだった。
私は誕生日が近く、うっかりそのことを正直に話してしまった。(客にはいつも嘘の誕生日の日付を教えていたけれど、頻繁に会う人だったので気が緩んでいたのかもしれない)
その日はなにも言われなかったけれど、彼は後日、封筒を持ってまた私を指名した。

5万円渡すから、君の誕生日を一緒に祝いたい。

狭いレンタルルームの中でそう言われた時、正直、面倒臭いし困ったな、と思った。
誕生日はいつも友達と過ごすし、そのお金は受け取れないからもっと沢山会いに来て欲しい、と無難な返答をした。
怒ったり、悲しんだりされるかなと思ったけれど、案外あっさりと引き下がって、その日もいつもと同じようにゲームの話をして帰っていった。


けれどそれ以降、彼が私に会いに来ることはなかった。
彼を傷付けたとか、私はあくまで仕事をしていただけだったとか、そもそも好きだとか付き合ってとか言われてきたわけではないとか、そんな言葉が少しの期間頭を掠めていたけれど、そのうち彼を思い出すこともなくなっていた。

けれど、誕生日の今日、不意にそのことを思い出した。
「優しい人だったからきっと彼女ができてる」
「彼は今頃なにをしているだろうか」
「彼女ができたことがないから自殺するなんて極端な考えは変わっただろうか」
そんなことを一瞬思ったけれど、自分の本心ではない感情だと気付いた。

私は正直、彼のことを見下していた。
性的サービスをするために高いお金を払っている店なのにそれすらしない上、更にお金を上乗せして毎回会いに来ていた。
自分を正当化するつもりはないけれど、そういう対象を愛すことは、きっととても難しいと思う。

そんなんだから彼女が出来ないんだろうなとまで内心では思っていたけれど、自分がそんなことを考える人間だと認識するのは少しばかり不快な感情が湧いてくる。

ほんの少し自分に本心を問いかけると、こういう言葉が沢山浮かぶ。
でも私だって、叶うなら自分のことをあまり嫌いにはなりたくないし、自分の良心とか、優しさとかを肯定していたい。



どうか彼がこの先、私のことを思い出すことがありませんように。

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