-3時52分の魔術

2022/4/30 23:59:59

受験を乗り越え、待ちに待った大学1年の新学期。新しい環境に興奮しながらも、次第に疲労が溜まっていた。

 ようやくゴールデンウィークか…

布団に入り、泥のように溶けていく意識の中、ようやく訪れるまとまった休日に想いを馳せる。

……

……

……

 あら、珍しいわね

聞き慣れない声。一瞬での覚醒。

 どこだここは……。

即座に見開いた目をさらにこじ開けるように、ピンクが眼球を覆い尽くす。流線型の家具で揃えられた部屋は、ショッキングピンクから桜色まで、さまざまなピンクで彩られていた。

 どう?素敵なお部屋でしょ?

右に顔を向けると、きのこのようなピンクの椅子に、これまたピンクずくめのふりふりの洋服に身を包んだ女が座って、こちらを見ていた。声が出ない。

 ふふ、驚いてるわね。まあ、それもそうよね。
 ここはね、ようこそ、魔女の世界よ。

 ……え?

 訳がわからないって顔をしてるわね。毎度のことだけど、順を追って説明しましょうか。
 昔、大昔のことよ、、、

太古の昔より、ヨーロッパには超自然的な力を用い人々を助け導いてきたシャーマンたちがいた。そのシャーマンは主に女性で、シャーマンたちの中で独自に技術 –のちに魔術と呼ばれるもの– を発展させた。中世にもなると、その技術が時の権力者に危険視され、彼女たちは「魔女」と呼ばれて迫害された。有名な魔女狩りである。彼女たちはその「魔術」を用いて人類のまだ見ぬ地へと逃げることとした。
「負の時間の世界」へ、である。
時間に負の概念はない。この世界、この宇宙であり宇宙以前でも以後でもあるこの世界において、常に時間は正である。彼女たち魔女は、「負の時間」を魔術によって作り出したが、「負の時間」はこの世界には存在できない。よって、新しく作られた「負の時間」のために新しく世界が誕生し(あるいは既に必然性として存在し)、彼女たちの安息の地となった。それ以来彼女たちは、世界各地の「魔女」をその負の時間の世界へと避難させ続けてきたのである。
ところで、正の時間の世界と負の時間の行き来には魔術を使うほかない。ただ、世界を跨ぐとなるとそれなりの魔力が要求される。大儀式を持ってやっと人1人が限界だ。しかし、00:00:00の瞬間だけ、正と負の時間が重なり、世界に接点ができる。その瞬間を狙えば、遥かに少ない魔力で世界を行き来できる。かつて、大勢の魔女が協力して初めて負の時間の世界を創造する儀式を行ったのは、春を祝う祭りの前夜、ワルプルギスの夜である。それ以来、毎年4月と5月の境目の00:00:00になると、魔力を持たないものでも気軽に世界を行き来できるように、最高魔女議会によって儀式が行われるのである。

 あなた、服を裏表逆に着てたでしょ、それがこっちの世界の招待券がわりよ。あとは00:00:00ちょうどに眠りにつくだけ。ラッキーね、おめでとう。

 だんだんと状況が理解できてきた。というよりも、女の話を信じざるをえなかった。なにか、これは夢ではないと思わせるような迫力がその声にはあった。

 さて、とはいえずっとここにいるわけにはいかなくて、制限時間があるのよ。あなた、生まれは?いつ?
 2003年の4月29日ね。運命数が2だから、2×4×29で、-232分、0時にここに来たから、-3時52分までこの世界にいられるわね。じゃあ、楽しんでらっしゃい。

女のその言葉が合図となったかのように自分の意思ではない自分の意思によって立ち上がり、ピンクの海をかき分け、部屋の戸に手をかけた。

――――まだ見ぬ世界へ、


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このお話はフォロワーさんの #GWみんなでSSを作る会 (テーマ「-3時52分」)に参加したものです。
つい最近ワルプルギスの夜を知り、こういう話になりました。「-3時52分」というテーマについても、物語の中で意味をある程度は持たせられたかと思います(メタ的には無意味ですが、、、難しいテーマでした)
最後まで、とは言っても中途半端な終わり方ですが、読んで頂きありがとうございました。

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