ピンクのじゅうたん(作:坂口喜咲)

自分の家が好きだ。朝起きて、植物に水やりをしてコーヒーを飲むのが好き。一緒に吸う栄養。頭ガチガチだった頃はこんなことできなかったから、今がしあわせだなと思う。


じゅうたんの色。安いアイボリー、母の引越しで譲り受けた謎の茶色。下北沢に住んでいた頃は、ドンキで買ったどぎつい蛍光ピンクを敷いていた時期もあったなと思い出す。あの頃はつらかった、部屋も頭もぐちゃぐちゃだった、本当にぐちゃぐちゃ。


蛍光ピンクのじゅうたん。あれはひどかった。本当に悪趣味で、ひどいものでも敷いてみよう、というヤケクソだった気がする。派手なバービーにでもなりたかったのか、愉快なアホになりたかったのか。疲れてたんだろう、赤ワインをこぼしたとかそんなので、1ヶ月も経たずにすぐ捨てた気がする。とにかく10代20代は、物を買っては捨て、買っては捨て、のくりかえしだった。あの頃買ったむなしい家具やさびしい洋服は、今ほとんど手元には残っていない。


楽しいことだってたくさんあったはずなのに、振り返るとつらいことばかり思い出す。25歳くらい、自分ではもうしっかりしているつもりだったから、いろんな失敗が信じられないくらい恥ずかしかった。世間知らずだったんだからそりゃそうでしょ、と今なら思えるけど、なにもかもがうまくスムーズに進んでいる時っていうのは、調子に乗っている自覚すらない。蛍光ピンクのじゅうたんは、なんの役にも立たなかった。


もう二度とあんなのはごめんだ、絶対に同じ過ちはしないと、決めたことも多いので、まあいいかと今は思う。


私は昔から引っ越しが多い方で、ひとつの場所に長く住むことにあこがれがあった。


この家を引っ越すときは、前向きに出ようと最初から決めている。この家は感謝の気持ちで出たい。 はじめて内見に来た時からずっと感じている、この家はなんかいいな〜という気持ち。


太陽が降り注いで、植物がよく育つ家。古いけどみんなが大切に住んでいることがなんとなく伝わってくる。隣の大家さんちは、いつも様々な植物が咲いていて、百日紅、金木犀、薔薇、あとあれ、さくらんぼみたいなやつ、名前は忘れた。


週末にはおばあちゃんと孫たちが集まって、バーベキューをしている。幸せな家族を見せつけられているようで気になってしまう日もあるが、自分の気持ちが穏やかな時は、なんとも微笑ましくも見えるのだ。


この家に、蛍光ピンクのじゅうたんは絶対敷かない。というかもう二度と敷きたくない。妙な奇抜さというのは自信のなさだ。


若草みたいな、黄金みたいな、海みたいな、夕焼けみたいな、さくらもちみたいな、バニラアイスみたいな、そんなピンクならありかもしれない。


作:坂口喜咲 
歌手 / シンガーソングライター
東京都出身。
2015年バンドHAPPY BIRTHDAY解散後より、ソロで音楽活動を行う。ギター弾き語りやバンドでのライブ活動の他、楽曲提供やチェコアニメのナレーション、絵日記、YouTubeラジオなど、自由に楽しく活動中。ハッピーエンジェル。
https://lit.link/SakaguchiKisa


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