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COLOR OF POISON(作:ぱやちの)

 昔々、とある天国でのお話。一匹の神様が、ある日突然全身からショッキングピンクの汗を噴き出して、何日も苦しんだ果てに死にました。その死体の惨たらしいことといったら! ええ、本当に、あまりにも酷い有様だったのです。今、あなた方が想像している映像の何倍も酷い有様です。誰も、触れることは疎か、直視すらできず、遠くから火を放ちその神様の家ごと燃やして火葬することになったほどに。焼け跡に残された骨は、そのほとんどがピンク色に染まりきっており、瓦礫と灰の中で毒々しく咲いているようでした。伝聞によると、死んだ神様は生前ピンク色を狂愛しており、身に着けるもの全てをピンク色にするだけでは飽き足らず家中をピンク色に塗りたくり、恋人には必ずピンクのドレスを着せ、ピンクの着色料をたっぷり使用した食べ物ばかり口にしていたそうです。そんな生活が祟ってあのような死に方をしたのだと誰もが考えるのは、想像に容易いでしょう。
 そんなことがあったので、以降天国では誰もがピンク色を恐れるようになり、その色を使用することは法律で禁じられました。無論、禁止などしなくとも、誰もその色を好き好んで使用することはなかったのですが、ごく稀に酒に酔って桃の花の白い塗装を無理やり剥がそうとする者があったり、皮膚を隠すように着せられた豚の洋服を頭からつま先までそっくり引き剥がしてまわる夢遊病患者が現れたり、発狂してスクミリンゴガイをそこら中に放流する者があったりしたので、そのような者たちは見つかり次第、天国の毒色対策特殊部隊(通称:WHITE)によって速やかに射殺されました。毒色使用者を射殺することは法律で許可されています。好き好んで使用する者はいないといっても、全ての物事にイレギュラーは付き物なので、安心して暮らせる天国を維持するためにあらゆる法律を定めておくことは欠かせません。
 このようにして、天国からピンクという色はすっかり消えてしまいました。しかし、天国の住人はそれだけで飽き足らず、自国の外までも手を伸ばしました。それもそのはずです。天国からいつも気にかけている小さな星、地球の生き物も、どうやらピンクに苦しんでいるらしいということを知ってしまったからです。
 地球の生き物へ思いを馳せた神様たちは、地球上の毒色を消し去ることに尽力しました。地球上には、毒色を特に好む生き物が大勢いるらしいということを神様たちはよく知っていたので、毒色がいきなり消えることでその者たちが悲しんでしまわないように、まずは全ての生き物の記憶からピンクという色を消し去りました。既にいる生き物を殺すことはよくないので、ピンク色の花や生き物は、天国のものにもそうしたように、白く塗装してまわりました。これから生まれるものについては、遺伝子を操作し、ピンク以外の色になるように作り変えました。これにより、フラミンゴはシラサギそっくりの見た目になってしまったので、格式高く狂暴なシラサギ共から見た目を真似するなと罵られ、暴力を受け続け、常に全身を血で染めているので、今ではフラミンゴといえば誰もが真っ赤な鳥を思い浮かべるようになりました。
 生き物を殺さないように、といっても、例外もありました。通常ピンク色ではないはずのものが、あるきっかけで突然ピンク色に変化する場合です。これに関しては、遺伝子の操作ではどうにもできませんでした。特に、人間でよく見られる現象でした。どんなきっかけかと言いますと、もうなんとなく思い当たった方もいらっしゃるかとは思いますが、そう、その通りです。恋、という病気に罹った時、人間の心と呼ばれる目に見えない臓器は真っピンクに変色してしまうのです。その様子は、正に、ピンク色の汗を噴き出して苦しみ悶えながら死んでいった、あの神様と同じようなものなのです!
 透明な心の毛穴が少しずつ開き、その穴からゆっくりと、あるいは突然噴き上げるように、毒色の液体が湧き上がり、徐々に心をその色に染めてしまうのです。恋に罹った人間は、気が狂ったようになり、非常に苦しむものなので、神様たちはそれを可哀想に思いました。そして、やはりピンクは毒の色だという確信をしました。そして考えました。何日も苦しんだ末に、あの神様のように死に、孤独に焼かれて灰になることしかできないのであれば、恋に罹り心が毒色に染まりきった瞬間に、苦しむことなく一息で殺してやるのが優しさというものであろうと。そのため、恋に罹ったと判断された人間はほどなく神様によって殺害され、痛みも苦しみもなく、あの醜い死体を残した神様とは違って、美しい真っ白な骨を残すことができるのです。とても有難いことですよね!

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 私は心から悔しかった。私がまだ、神様の手によって殺害されていないことが。
 人類はなんとなく気が付いていた。恋をした人間は、近いうちに突然死を迎えることになると。恋は地球上に横溢するばかりで、このまま放っておくと人類は滅亡しかねない。恋に効く薬も無い。不本意な死を恐れた人間たちは、次第に肉体を失い、透明な心だけを浮かべ、電気信号のみで必要最低限のやりとりを行うことが当たり前になっていった。皆同じ見た目をしているし、最低限のやりとり以外は他者と関わることもないので、一時期大量の人間を死に追いやった恋という病に罹る恐れはなくなった。同時に、肉体が病気に罹ることもなくなったので、心にバグが生じない限り、人間は永遠に生きることが可能となった。
 しかし私は、このような骨も残せない体になり、もうどのくらい生きてきたのか分からないほどの途方もない歳月を生きているにも関わらず、常にたった一人のあなたという存在をまだ想い続けている。あなたは、ずっとずっと昔に、大勢の人がそうだったように、神様の手によって突然この世からいなくなってしまいましたね。あの頃はまだ、私たちには肉体があった。細い月が出た晩に、あなたと私は初めて会って、透き通ったお酒で乾杯をしましたね。何度も手紙でやりとりをしていたので、初めて会ったような気はしませんでした。会っても、会わなくても、私からのあなたに対する思いはずっと同じだったように思います。私はとても穏やかな気持ちで、骨のような色をした桃の花と、あなたの青白い顔の、頬骨のあたりが、公園のポールライトに照らされるのをじっと見ていました。他愛ない話をした後に、数秒あなたと目が合いましたね。あなたの手紙には、いつも私とは違う世界に住んでいるような、不思議な話ばかりが書いてあったので、あなたの本当の感情について想像することは私にとってとても難しいことでした。それでも、あの時、数秒目が合って、何も言わなかった、あの時間だけは、なんとなくあなたの気持ちが分かるような気がして、私もじっと黙っていたのです。そして、ついにあなたの感情を当ててみせることも、正解を伝えてもらうこともないまま、あなただけが殺害されてしまった。私の目の前で、瞳に私を映したまま、黙って死にました。後に、恋で人は死ぬらしいという話が世界中で発表されました。(そのために、私を含む人類は肉体を失いました。)人類は、神様に監視されているのだと思います。恋心を神様に見つかってしまうと、心臓を止められてしまうのでしょう。誰もが、何の予兆もなく、電池の切れたように、突然死んでしまうようです。何が目的なのかは分かりません。分かったところで、神様に交渉などできるわけがないので、結局どうしようもないのです。あなたがあの時、誰を想って死んだのか、私にはまだ分からないままですが、その時も、今も変わらず思い続けていることは、せめてあなたが、自分勝手な神様の思惑通りに、痛みも苦しみもなく死ぬことができていますように、ということだけ。
 あなたの気持ちは分からないままですが、私はあなたが生きているうちも、死んでしまってからも、私がこんな体になってしまってからも、ずっとずっとあなたに恋をしています。しているはずです。しているのです。それなのに、なぜ私のところには神様が殺しにやってこないのか。大勢の人にそうしたように、殺害してくれないのか。悔しくて、悔しくて、死んでしまいたいのに、肉体を失ったばかりに死ぬこともできず、心のバグを待ち続ける日々です。こんなにもあなたのことを日々思っているのに、殺害されないのは、私の恋心を神様に否定されているようで、悔しくて悔しくてたまらないのです。私だって、大勢の人たちと同じように、殺されたかった。殺されることで、証明したかった。あなたに恋をしているということを。神様。これが恋でないのであれば、他の名前を教えてください。そして、それが何であっても、できることなら殺してください。あの人のいない今、私はもう、なんの幸福を祈ることもできないのですから。

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 ところで、はじめにお話しした神様について。あの醜い死に方をした神様は、恋人を騙して何人も子を作り、のみならず莫大な借金もつくり、大層恨まれていたそうで。少しの毒を毎日ジャムに混ぜられ続け、ついに死ぬことになったのですが、それを知るのはその神様の最初の恋人たったひとりだけ。その恋人もとうの昔に死んでしまったので、天国では誰もその事実を知らないまま、今でもピンク色を毒色だとして忌み嫌い続けているそうです。



作:ぱやちの
作詞、楽曲制作、イラスト制作等、インターネットを中心に楽しく活動中。丸いかたちが好き。お仕事のご依頼お待ちしております。

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