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的(作:ぱやちの)

人はどうして、星に願ったりするようになったのでしょうか
見たことのない色をした星が、今日、お空に仲間入りしました

ボニーがいつまでたっても死なないものだから
人々は次第に「死ぬ死ぬ詐欺」などと揶揄するようになり
とうとう誰もボニーの話はしなくなりました
皆、変わっていくボニーをあんなに面白がって見ていたのに
嘘吐き、嘘吐き、と吐き捨てて誰もが去っていきました
今はもう、もっと面白いものに夢中になっているのかもしれません
同じように、何かに嘘吐き、と言っては去ってを繰り返しているのかもしれません
僕だけがまだ、ボニーのすぐ傍で、その死を待っていました

死んだら星になる、とボニーは言って笑っていました
顔中を真っ黒な瘤だらけにして、いつもニカニカ笑っていました
僕はその度、「死んでも星にはならないよ」と言って聞かせました
ボニーは、その時だけ静かに怒って、僕のことを否定しました
僕は嫌ではありませんでした
ボニーは、笑っているよりも怒っている時のほうがずっと可愛かったから
真っ黒な瘤の隙間から、シーグラスのような、曇った、美しい水色な瞳が
じっと僕を捉えるのが嬉しかったのです
僕は、もっとボニーを怒らせたかった
だけどボニーは、それ以外では決して怒ったりしませんでした

ボニーが大事に育てていたケイトウを踏み荒らしたときも
ボニー宛の手紙を何通も、こっそり燃やしていたと伝えたときも
遊びに行く度、ボニーの部屋の時計を狂わせることも
ボニーの家にある靴を、一つ残らず盗んだのは僕だと伝えたときも
真っ黒な瘤を揶揄ったときも
遊んでくれてありがとう、とだけ、僕に言いました

ボニーは、まるで、星になるためだけに生きているようでした
小さな瘤が顔に一つできるまでは、
お水をやったらすぐにお花が咲いてほしいだとか
もっとたくさん好きなだけ眠りたいだとか
素敵なティーカップでお茶がしてみたいだとか
ずっと終わらない恋がしてみたいだとか
バターを丸かじりしてみたいだとか
失敗した髪型が明日には元に戻っていてほしいだとか
少しも疲れずに、遠くへ出かけてみたいだとか
くだらない願いをいくつも手帳に書いていたのに
瘤ができてからボニーは突然、「死んだら星になる」ということ以外
何も希望しなくなってしまいました

僕は悲しかった
本当に星になってしまうのではないかと思い始めました
ボニーは「星になりたい」なんて一度も言っていないのです
ずっと、「死んだら星になる」としか言わないのです
だから何度も何度も、星にはならないよ、と伝えました
ボニーの瞳は、もう真っ黒な瘤に隙間なく覆われてしまっていました
僕にはもう、ボニーが怒っているのかどうかも分かりませんでした
ただ、何も言わなくなったボニーに、繰り返し同じことを伝えました
ボニーは黙ってきいてくれているようでした
もう僕の言葉が届いていないようにも思えました
ボニーは嘘吐きなんかじゃない
僕だけは、それをよく分かっているつもりでした
だからこそ、ボニーが嘘吐きだったらどんなにいいかと
僕が一番願っていました

ある夜
ボニーはついに、真っ黒な風船のようになって、ぷかぷか浮かびました
そうして僕に、とても声とは思えない声で
「もう行きます、遊んでくれてありがとう」と言いました
久々に聞いたボニーの声は、優しいサイレンの音のようでした
僕は本当に悲しかった
「つまらない冗談は言っちゃいけないよ、もう遊んであげないよ」
と、ボニーを引っ掴んで僕は、力いっぱい叫びました
「冗談なんて、言ったことないよ」
と真っ黒な風船はぷかぷか愉快そうに言いました
そんなこと、僕が一番よく分かっていました
「冗談じゃないから、また遊んでね」
と言ってくれました
それは、「星になる」しか言わなくなったボニーの随分久しぶりの願いだと僕は思って
足や、肩や、腕の力が真っ白になったように抜け
ついにボニーを掴んだ指のあたりまで、力が抜けてしまいました
最後の力を指先に集め、かろうじてボニーを掴んでいました
冗談じゃないだろう
本当に、もうボニーは行ってしまうのだ
ボニーが嘘を吐かないことは、僕が一番よく分かっていました
ので、信じないといけない 
また遊んでほしいというボニーの願いを僕は、信じなければいけない
僕は、ボニーに誰よりもひどいことをしてきました
それでも、僕がボニーにとって唯一だったのは
誰よりも長くボニーを見ていること
誰よりもボニーのことを覚えていること
そのたった二つを続けていたからです
僕はボニーに、誰よりもひどいことをしてきました
それでもボニーは
見ていること、覚えていること、そんな淡い条件を大切に思って
僕を傍に置いてくれました
ので、僕は、その二つだけは最後までちゃんとやろうと
ちゃんとやらなきゃ、もうボニーは本当にいなくなってしまうんだと
思って、本当につらかったけれど、窓を開けて、
最後の力を、自分の体ではないような気がしながら、
力いっぱい体に命令しながら、
繋がっている力をひとつずつひとつずつ解いていきました
そうして、ボニーを外に放ちました
「死んでも、星にはならないよ」
と僕は最後に小さく呟いてみましたが
ボニーに届いていたかどうかは分かりません

ボニーは、笑っているような、怒っているようなリズムで
ぷかぷか遠くのお空までのぼっていきました
僕は本当に悲しかった
ついにボニーが死ぬ、ということを聞きつけた人たちが
今までどこに隠れていたのか、わらわら集い
皆がボニーの行方を眺めました
ボニーに酷いことを言って去っていったことなんて
もう誰も、少しだって覚えていないようです
真っ暗なお空の色で、ボニーの姿は少しずつ見えなくなりました
しばらくして、ボニーがのぼっていったあたりで
小さな小さな花火のような爆発がありました
人々は「なんだ、こんなもんか」「期待して損した」などとぼやきながら
さっさと家に帰っていきました
あの人たちは、あの爆発をどんな色に見たのでしょうか
僕は、見たことのない色を見て
捻じ曲がった黒の隙間に、いくつもの知らない色を見て
それから、落ちてきた二つの目玉を拾いました
二つの目玉は、誰にも気づかれないように
こっそり落ちてきてくれました
シーグラスのような、曇った、美しい水色な瞳です
僕の大好きなボニーは、星にはならなかったのです
真っ黒な瘤の残骸だけを遠くのお空に残して
ボニーは帰ってきてくれました

僕は、本当に、本当に良かったと思って
一生涯ぶん、泣きました
僕は、耐えられなかった
もしもボニーが星になってしまっていたら
ボニーにぶつけられるかもしれない、
ボニーを愛していない人からの、ボニーを忘れてしまった人からの、
ボニーを知らない人からの、身勝手な願いの数々
それを考えると、僕はもう、怒って死んでしまいそうだった
僕は、ボニーが生きている間、毎日毎日
全ての星に、ボニーがどうか星になりませんようにと願いました
こんなにひどい、こんなにひどいことはない
誰だか知らない、名前も知らない星に、願うだなんて、と思いながら
それでも自分勝手に願っていたので
やっぱりボニーには、どうしてもこんな、
身勝手な願いの宛先になってほしくありませんでした

星に心があったら人は、それでも、願うことをやめないのでしょうか
流れ星がもしも、狂って暴走しているだけなのだとしたら
黙ってどうでもいい願いを聞き続けた結果、狂ってしまったのだとしたら
願いを叶える力なんてないのに
勝手にそう信じられて、全ての期待を裏切ることに、狂ってしまったのだとしたら
やさしい、透き通った光であってしまったばかりに
願いの的にされてしまう全ての星たちに
本当に悪いことをしてしまいました
僕はもう死んでしまいたいけれど、
どうか殺してくださいと願ったりしてしまわないように
もう二度と、夜に起きて、お空を見上げたりしないようにします



作:ぱやちの
作詞、楽曲制作、イラスト制作等、インターネットを中心に楽しく活動中。丸いかたちが好き。お仕事のご依頼お待ちしております。

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