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魂を繋ぐ神秘の糸 #5


第7章 マーブル


彼は大きな声で「ようこそ」と歓迎してくれた。

宙亀の首に跨りニコッと無邪気に笑っているように感じる。

感じる、というのも

さながら影のような真っ黒な全身はよく見ると透けていて、表皮には書庫の壁と同じように数多の情報が川のように流れている。

九泉には意思と人格があり、時折こうしてその時 黒子に必要な情報が「人の形」となって現れる。

「糸でしょ?神秘の糸」

ソレが、さも困っているのを知っているよと言わんばかりに問いかける。

宙亀の甲羅を撫でていた黒子ちゃんが手を止めて、彼に顔を向けると

「ないよ。ここには」

期待の生まれた第一声とはかけ離れた極めてシビアな現実だった。

「それは、裏を返せばどこかにはあるということなのかい?Mr.…」

「オサナイだ」

どこかに聞き覚えのある名前だとも、新鮮な出会いだとも感じた。

「オサナイ」

名前の確認も含めて軽く会釈をすると彼の方から切り出してくれた。

「少し話をしよう」

オサナイがそう声に出すと宙亀の甲羅がみるみるうちに階段状になり黒子の前まで伸びてきた。

一歩足を掛けると階段状のソレごと伸縮しエスカレーターのようにスーッと甲羅の頂上についていた。

「君がここに来るのは何度目だろうか。昔から君を見ていたよ」

オサナイは九泉の数ある人格のうちの一人なのだろう。

「君と、君の相棒の話をしよう」

宙亀がのっしのっしと歩を進めるたびに甲羅の上の3人はお尻が宙に浮いては沈みを繰り返した。

「自我と魂の違いが、わかるかな」

オサナイが続ける。

「まずは感覚で捉えるべきだ。自我は自分の欲求や感情や思考や行動までをも制御する機能を持っている。それはわかるね」

「一方で魂は、自分の本質や存在、意識や記憶を保持、保存する機能を持っている。この違いがわかるかな」

黒子は組んでいた腕をほどき、右手で顔の輪郭をなぞっては戻りなぞっては戻りと繰り返し、ポンと両膝を打った。

「ていうと、Mr…」

「オサナイだ」

「オサナイ、それはつまり体という器の中に魂があって、自我は体と魂をコントロールする存在だと」

「んまぁ、凡そそういうことになる。ではここで質問だ。黒子、君と相棒は体も別なら各々の自我もある。では魂はどうだ」

黒子の記憶の奥底まで思いを巡らせるに

この憎たらしくも愛らしい小さな黒い塊は物心がついた時にはすでに隣にいた。

より正確に表現すれば黒子が「自我」を認識した際にはもう隣にいた。

オサナイの言葉に導かれ記憶を反芻するも、質問に対する確たる答えが湧いて出て来ることはなかった。

黒子の口からつい溢れ出た本音は「わからない」

黒子が大切にしている言葉だった。

魂は、自分の本質や存在、意識や記憶を保持、保存する機能を持っているというオサナイの言葉を元に考えると

とても不思議な感覚になった。

表裏一体、一蓮托生

黒子は黒子ちゃんに対して他人という感覚を持っていなければ、家族ともまた違う。

「そう、察しの良い君なら気づくと思うが、彼は君であり、君は彼だ」

一瞬の間をおいて黒子が短くハッと息を吸うと宙亀の足が止まり

九泉の外景が一面に広がる紫陽花畑になった。

オサナイの言葉を振り返る。
「糸でしょ?神秘の糸」「ないよ。ここには」

期待の膨らむ第一声から落胆した二言目。

しかし、逆に言えばこの言葉こそが今の黒子に必要だったのかもしれない。




”魂をつなぐ神秘の糸”は物理的には存在しない。


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