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もう歌詞は覚えていない。メロディーだけが妄想みたいに残ってる。

博多駅の近くで路上ライブをしていた。
同年代くらいの女の子だった。
綺麗な歌声で、聞いたことのない歌詞を、
夜の街にぴったりのメロディーに乗せて歌ってた。

止まってゆっくり聞いてみたかったけれど、そんなスペースはなかった。
駅の近くは人が多い。
仕方なく足は止めなかった。
代わりに歩幅を少し小さくして、ゆっくりと歩く速さを緩めた。

離れてもしばらくは歌詞もメロディーもはっきり聞こえた。
そのうち歌詞が聞き取れなくなった。
10mくらい離れたらメロディーも聞こえなくなった。
彼女の歌が聞こえていたのは、おそらく20〜30秒くらい。

キャリーケースを引く音、
人の話し声、
カツカツというヒールの音、
彼女の声とギターの音色を街がかき消していった。

突然、ふと、聞こえなくなったような気がした。
歌うのをやめたのかな、と思ったけど、
振り返るには距離が遠すぎた。


歌声と夢を重ねてたんだと思う。

今自分が思い描いている夢が、
いろんな騒音にかき消されていくような感覚がして怖かったんだと思う。
見ようとしても見えなくなって。
忘れたくなくても忘れてしまって。
そのうち振り返ることすら億劫になってしまって。
破片だけ妄想みたいに残って、
いつかそれすら跡形もなく頭から消え去ってしまうような。

歌声と夢を重ねていた。


もう歌詞は覚えていない。
メロディーだけが妄想みたいに残ってる。
この残像は大切にしまっておきたい。

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