エピソード9『修養』
私は、修養として読書を用いる。
人と対話するのは、面白い。著者との対話もまた同じ
一般的には、本を執筆できる人というのは、一角の人物であることが多い。
読書がつまらないわけがない(笑)
私が読書する習慣を持ったのは、2018年大学4年21歳の時だ。
当時、卒論制作以外は、急務はなく、目標を必要としていた。周囲の人々は、アルバイト、インターン、海外旅行、海外留学、日本一周等充実した毎日を送っており、私は隣の芝生はものすごく青いと思ったものだ(笑)
そんなこんなで、今日2024年5月15日28歳に至るわけだが、ターニングポイントは2020年だったように思う。
当時の、私は、無職で、何事にもやる気がなく、人生を諦めていた。死のうと思っていた。生きる気力がなかった。が、自殺する勇気もなくて、憂鬱とした日々を送っていた。親の脛をかじっている自分が情けなくて、辛かった。
見かねた父は、私に、なけなしの2万円をくれた。
「辛いだろ?」「外にでろ」「空気を吸ってこい」「太陽の光を浴びろ」「出世したら、返してくれれば良い(笑)」と、言葉をかけてくれた。
父には、頭が、上がらぬ(笑)
そんな情けない私だったが、「志」だけは、捨てるに、捨てれなかった。こんな情けない私だが、いつか世の為に、人の為に、価値ある偉業を成し、天下に名を残したいという思いを秘めていた。
ただ、現実はそれとは真逆で、みっともない毎日だった。
中途半端な心持ちで、私は、本屋へ向かい、目に止まった本を2万円以内で購入し、お釣りは神社のお賽銭に入れた。
あの時、もし、私がつまらぬお金の使い方をしていたら、今日の私は無かったであろう。
自己投資こそ、未来を開く大きな鍵だ。
未来の大きさ=自己投資した額の大きさ
未来と自己投資額は完全に比例する
今振り返れば、そう思う。
また、父母の献身、忍耐、愛、思いやりが私を支えてくれた。
周囲の支援がなければ、大事は成らず。また、人は、独りでは生きてはいけないことも痛感した。
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