たにゆめ杯作品評-その1

 未発表歌で投稿くださった方もいらっしゃると思いますので、歌自体の引用はせずに作中の語や固有名詞を提示するかたちで載せます。

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<72 西くんの素顔>

 現在の時事を詠む歌を見かけることはありますが、主体の目線で柔らかく描かれていることにとても惹かれました。新型コロナウイルスの流行は「コロナ禍」と言われるとおり確かに災いで、過ぎ去るなり落ち着くなりしてほしいものです。嘆くのではなく現実を受け止めつつ、主体なりの精一杯で毎日を受け入れて過ごしていこうという姿勢と、それを描いた作者の手腕に感服しました。

 全体を通して変化した生活の様式を丁寧にくみ取ったうえで作られた歌だと思いました。

 4首目や6首目のように一見すると突飛な歌もテーマ性では一貫していて、連作のアクセントになっています。4首目は谷原さんであればあるいは確かに起こりえる、と感じました。6首目の「のっぺらぼう」はマスクを着用すると顔の半分が見えない点を鑑みると皮肉のようでユニークです。

 2首目では春、9首目と10首目では夏に向かっており時間のゆるやかな経過がうかがえる並び順も見事だと思います。構成、歌の双方のバランスの巧みさが光る連作だと感じました。

<111 半分の夢>

 海や雨など水の存在が実像にも比喩にも結び付いて景が展開されていくところに惹かれました。題の「半分の夢」とおり全体がどこか夢のような、けれども(夢の対義語として)現実でも起こり得ているような景ではあります。

 1首目、7首目のように鮮烈な相手への思いがうかがえながらも、一貫して触れれば冷たさが伝わるような歌が並ぶのに圧倒されました。作者の語句の選定と、それを活かすこだわりを強く感じました。時節柄、夏を感じさせる連作の投稿は多くありましたが、こちらの作品は通して読むと「次の歌が次の歌へどう作用するか」を練られたのが察せられる構成になっていると感じます。

 惜しむらくは1首目の「おまえ」と7首目の「あなた」の二人称が混在するのと、2首目や9首目のように話し言葉の調子の歌があり全体に揺らぎが見られたことです。しかし、水気を感じさせる歌やタイトルを鑑みると、水面の揺らぎや夢うつつの感と等しい効果を狙った可能性も否定できません。

 各々の歌の独立性の高さ、かつ連作全体の温度を一定させた手腕が見事だと感じました。

<114 予告編>

 題のとおり、ショートムービーの予告をいくつも見ているような歌がそろっていて楽しく拝読しました。自分(と相手)が緩やかに重ねていく日々の一部を切り取ってこちらへ提示されていると感じました。どの歌も納得できるようで、けれども見たことがないようで、読み手を立ち止まらせる景が広がっていると思います。

 読むうちに「確かに起こりえる」と判断できてしまう説得力がそれぞれの歌に満ちて、連作の中に引力が生じていると感じました。1首目の「傘」、6首目の「パン」、10首目の「自転車」といった誰もがおそらくは触れたことがあるであろう日常に登場する具体的な”物”が景を広げる手がかりとなっているのも、読み手を引き付ける作用をしていると推察します。

 全体的に句切れが独特なのと、3,5,7首目のように似た語を並べる歌が重なったのがやや気にかかりました。一方でいずれの歌も音読して心地よく、その効果を狙ったのかもしれないとも思っています。作者は自分だからこそできる表現を確立している印象を受けました。

<123 忘れてもいい郵便を>

 それぞれの歌の独立性が高いながら、連作で並ぶと関連性があるバランス感覚が見受けられました。2首目の「神様」、5首目の「嘘」といった実態のない語と、3首目「エアコン」や7首目の「ツナ」といった現実の語が連作の中で交差し、主体の暮らし(=可視)と感性(=不可視)の調和を図っているところに新規性を感じました。

3首目、7首目、8首目、10首目に明るさを含む歌があり、作中の明暗を意図したと思われる構成も巧みさがうかがえました。作者が描きたかった「光」と「闇」のそれぞれの美しさが見えてくる連作だと思います。

 ただ、助詞の抜けや読点の位置がやや独特なところが気になりました。音読すると然程難点だとは感じなかったので、作者の持つリズム感が反映されている作品でもあると思いました。

<118 恋と呼ぶには遠すぎる>

 建造物の具体と、相聞が総和している点に独自性があると感じました。2首目,3首目,4首目で具体的に建物が出てきながら、主体は立ち寄ってさえいないのが独特の景を生んでいると思います。

 特に惹かれたのは9首目です。平和の象徴ともされる鳩へ呼びかけながら不穏に転じる下の句のアンバランスさが素晴らしく、その作者の感覚が連作の全体で生かされていると思いました。

 歌を取り上げていくと6首目,8首目は「死」のにおいがしますが、10首目で実際はそうでないことがわかります。そこに流れが散逸してしまう印象を受けました。ただ、題に立ち返ると「恋”ではない”」のが主題と思われるため、敢えて狙われたのかもしれないとも感じています。作者の感性が歌に反映されており、世界観が確立されていると思います。


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