【自主映画監督求む】シナリオ「まっすぐ ゆがむ 31cm」

どうしても映像化したい!そんな熱がこみあげてきました、Gです。

数年前に書き上げた、静岡の海辺が舞台の自作シナリオです。

今のところ掲載は全編ではありませんが、映画撮りたい方、下記シナリオ完まで提供します。

☆ あらすじ(八〇〇字程度)
長谷川蓮は東京生まれ、中学生から静岡に住み始めた高校一年生。男子の長髪禁止という校則に抗って、髪を三十一㎝まで伸ばし、ヘアドネーション(がん患者のための人毛寄付活動、通称ヘアドネ)実施宣言をする。向かいの美容室「いしくら」の跡取りの押しかけ女房だと噂される美しい美容師・石倉真綾(二五歳)に初めて恋をしてしまったからだった。それまでは、祖父の死と父の東京単身赴任がきっかけで、男の人生って?と悩み野球部までやめ無気力になっていた。だが、ヘアドネ宣言後前向きな気持ちになり、虚無感が薄れていくのだった。「がんばっても報われない」と自分の人生を嘆いていた父・拓也(四五歳)との関係はぎくしゃくしたままだったが。
 同級生の佐藤悠太(十五歳)と穂高誠人(十六歳)はヘアドネに理解を示してくれたものの、周囲からの理解は得られなかった。しかし、ヘアドネをプレゼンし、全校生徒半数以上の賛成票が得られれば、長髪可となるチャンスを、校長がくれた。その活動中、蓮たち三人は喧嘩をしてしまう。止めに入った真綾の力強さで、真綾が元男性のLGBTで美容室の跡取り息子自身だったことがわかる。真綾に一瞬でも嫌悪感を露わにしてしまった蓮は、自分の人間性の小ささに直面する。
 学校にヘアドネを認めてもらうチャンスを逃し、蓮は髪を切らねばならなくなった。真綾の美容室へ向かったとき、真綾に自分の彼氏を取られたと思いこんだ狂暴な女が、真綾を襲い”できそこない”だと罵倒する。真綾は女性として生き幸福になりたいとひたむきに努力し続けている人だった。そんな姿勢に心惹かれていた蓮は、真綾が自分の決めた道を進む姿勢を誰もなじる

ことなんかできないと真綾を助ける。蓮は、幸福にはどんな形があったっていいし、形すらなさないのかもしれない、とらわれすぎていたことに気づく。自分が進むべき道はまだ見つからないままだったが、いずれ見つかる気がし始める。

☆ 登場人物
長谷川 蓮 十五歳 高校一年生 
穂高 誠人 十六歳 蓮の同級生
佐藤 悠太 十五歳 蓮の同級生
石倉 真彩(まあや)二五歳 美容師 LGBTの元男性(旧名 シンヤ)
長谷川 南(みなみ) 十八歳 蓮の姉
長谷川 彩子(さいこ) 四五歳 蓮と南の母
土屋 よしこ 七二歳 蓮の祖母、彩子の実母
長谷川 拓也 四八歳 蓮と南の父
石倉 みつえ 七三歳 真綾の祖母
穂高 りえ 四五歳 誠人の母、彩子の幼馴染

水野 史明 二九歳 蓮の担任教師(体育)
畑中 清華 三三歳 蓮の学校の教師(英語)
田代 ユカ 十五歳 蓮の同級生
山本 菜月 十六歳 蓮の同級生
渡辺 玲子 十六歳 蓮の同級生
望月 広志 二七歳 真綾の先輩
鈴木 里美 二七歳 望月の許嫁、市役所職員

森  十五歳 蓮の同級生、野球部所属
高橋 十五歳 蓮の同級生、野球部所属
尾形 十六歳 蓮の同級生、軽音部所属
桐谷 四十歳 美容師 真綾の元上司
池田 三三歳 美容師 真綾の先輩
阿部 四八歳 拓也の友人
校長 五八歳 蓮の学校の校長先生
教頭 五十歳 蓮の学校の教頭

☆ 本文
1 太平洋側**港・朝
  朝陽がさしこむ、穏やかな海。

2 土屋商店・蓮の部屋(二階)
  長谷川蓮(十五歳)、目覚めたまま布団から出ない。
  車道に面した窓から、向かいの小さな美容室「いしくら」のなか、石倉    

  真綾(二五歳)が開店準備をしているのが見える。
  片隅に、埃をかぶった野球道具がある。
  本棚にも、埃をかぶった東京リトルリーグ優勝盾、静岡ジュニアリーグ 

  優勝盾が並んでいる。
  制服は壁にかかったまま、斜めに傾いている。
  窓際に蓮の父・拓也(四八歳)がたたずみ、傾いた蓮の制服を眺めなが

  ら、憂鬱そうに煙草をふかしている。
  拓也、ため息をつく。
  蓮、眉間にしわをよせ、拓也を見つめた後、天井を見上げる。
  
3 同・表(**高校、バス停留所前)
  昔ながらの、店と住居が一体になった商店といった佇まい。
  夏服姿の高校生数人が、ぽつぽつ入って行く。

4 同・内(一階)
  居間と店が続いた空間。
  高校生たちがジュースや菓子パンを買い、蓮の母・彩子(四五歳)が会計している。
  蓮の祖母・土屋よしこ(七二歳)、仏壇の祖父の遺影に蔭膳をすえる。

5 同・蓮の部屋(戻って) 
  蓮、布団から出ずに、拓也の足元のボストンバッグを見つめる。
  拓也、蓮の視線に気づく。
拓也「緊急呼び出し。もっとゆっくりしたかったけどな」
蓮 「て、おとといの晩帰って来たばっかりじゃん、ゆっくりもしてない」
拓也「…そうだな」
  拓也、言い出しかけて口をつぐむ。
  蓮、口をもごもご。二人、言い出せず硬直する。
蓮 「この前さ…」
拓也「うん…」

南の声「お父さん、バス来ちゃう!」
拓也と蓮「あ…」
拓也「(おもいきって)おじいちゃんが死んだとき…」
  騒々しく階段を駆け上がる音が響く。
南の声「お父さん、何してんの」
  スラックスの制服姿で鞄を抱えた蓮の姉・南(十八歳)、入って来る。
  拓也、喫いかけの煙草を見つめる。
拓也「どうして最後まで喫えないんだろうな」
  拓也、携帯灰皿に吸い殻をねじこむ。
拓也「また、な」
  拓也、ボストンバッグをつかみ、去る。
蓮 「またって?」
南 「いつだろ」
  げんなりとした蓮、寝直す。
  南、窓から拓也がバスに乗って去って行くのを見届ける。
蓮 「はああ(ため息)」
  南、布団の上から蓮をキック。
南 「蓮!いつまで寝てんのよ!」
  蓮、布団から出ない。
南 「起きなさいよ!」

  南、布団をひきはがす。
蓮 「(動かず)…だめ」
南 「はあ?」
蓮 「おっきい波…日本海の荒波が…」
  窓から見える海は穏やかである。
蓮 「ここに(胸に手をあてる)」
南 「ここは静岡、太平洋側だあ!」
南、キックするが、蓮、布団にくるまったままよける。
  脚が棚にぶつかり、優勝盾が落ちていく。
南 「避けるなあっ」
蓮 「姉ちゃん」
南 「…なによ」
蓮 「姉ちゃんはさ…あの」
南 「(じれて)早く言え」
蓮 「…じいちゃん死んで思ったんだけど、自分でもどうかなって、そこ考えるかってとこなんだけど、お、男の人生ってなんなんなん…だろうか?」
南 「(詰まる)パス!今は!今日これから小型船舶の実習だから!」
  蓮、うなだれる。
  ぼーっと天井を見あげる。
南「あたし、立ち止まってられないから」
  南、出て行く。
  南の階段を駆け下りる音が響く。

6 同・居間(一階)(続いて)
  南、階段から降りてくる。
  よしこ、仏壇で手を合わせている。
  彩子、学生客の相手をしている。
南「お母さん、行ってくる!」
  南、店に並ぶ週刊ジャンプを手にとり、料金を彩子の前に置く。
彩子「まいどあり」
誠人の声「おはようございまーす」
  店の軒先に、穂高誠人(十六歳)が礼儀正しく姿を見せる。
誠人「おはようございます」
南 「穂高君!蓮、何とかして」
誠人「はい、がんばります」
  南、軒先に置いてあった自転車の籠に鞄とジャンプを放り込み、籠の中  

  のアンクルウェイトを取り出し、足首に装着する。
南 「じゃ、行ってくる」
南、自転車にまたがる。
南のN「うおりゃああ」
  南、自転車を全速力でこいで去る。
  店の外、高校生たちが通り過ぎていく。
誠人「(愛想よく)行ってらっしゃい」
彩子「同じ学校行ってたら、あの子に引っ張って行かせてたんだけど…(上  

 を示し)お願いね」
誠人「はい…南さん、あれ、足首に重りつけてるんですか?いつも?」
彩子「そう、体力づくりってやつ」
誠人「はああ~南さん、航海士技術試験で男子押しのけてトップだった、て 

 の聞いたんですけど…凄いですねえ」
彩子「何言ってんの、学校一番の特待生が」
誠人「や…それでもうまくいかないことが(上を見る)」
  顔をおろした誠人と彩子、お互い顔がひきつる。
  彩子、菓子パンと缶ジュースを渡す。
誠人「(戸惑いながら受け取る)ありがとうございます。でも最近は…」
彩子「足代みたいなもんよ、それに…」
誠人「はい?」
彩子「蓮の勉強、見てもらえないかな」
誠人「(うなずいて受け取る)承りました」
  誠人、静かに階段をあがっていく。

7 同・蓮の部屋
  誠人、入ってくる。
誠人「長谷川君、おはよー」
  蓮、無反応である。
  誠人、落ちた優勝盾を見つめ、慣れた手つきで棚に戻す。
  誠人、窓際に座る。
誠人「今日も良い天気だね」
  誠人、缶ジュースを開ける。
誠人「いただきまーす」
蓮 「それ、朝ご飯だよね?」
誠人「うん、ごちそうさまです」
  誠人、うまそうに飲む。
誠人「行こうよ学校、遅れちゃうよ」
蓮 「でもさ、俺がちゃんと学校行っちゃったら、朝ご飯稼げなくなるよ」
誠人「いや、僕の仕事は長谷川君を学校に連れてくことだからさ」
蓮 「仕事に燃える男、ってやつ?」
誠人「…棘あるなあ……あ、むかいのお姉さん」
  蓮、むくっと布団から出る。
  外を見ると姿はない。
  誠人、ふふと笑う。
誠人「やっぱり、あそこのお姉さんには興味あるんだ?」
蓮「うん、あの長い髪がさらさらーって流れてくの、あれが良いっていう 

 か」
誠人「うん」
蓮 「で、すっーと波が静まるっていうか」
誠人「その波ってさ、説明してくんない?」
蓮 「……笑わないで聞いてほしいんだけど」
  誠人、じっと蓮が言い出すのを待つ。
蓮 「…ここにむなしい感じがずっと…」
  蓮、迷いながら、視線を外にやる。
  窓の外を凝視し始める。
誠人「…ん?」
  誠人も窓の外を見ると、ショートボブの真綾が表を掃除している。
蓮 「えー!!」
  蓮、窓から身を乗り出す。
誠人「ばっさり!?」
  蓮、スエットのまま、部屋を出て行く。
誠人「長谷川君!?待って!」
  誠人、蓮の制服と鞄を持って追いかける。

8 同・1階
  蓮と誠人、階段を駆け下りてくる。
  よしこ、店先で缶ジュースをもった佐藤悠太(十五歳)にお釣りを渡し

  ている。
  蓮たち、悠太の目前を走り去っていく。
  悠太、蓮たちを目で追う。
  蓮たち、真綾のところへたどり着く。
  彩子、店先に出てくる。いしくらの前に蓮たちが居るのを見つける。
彩子「あ、起きた?」
よしこ「目覚めたんだよ、しょうがないねえ」
彩子「へ?」
よしこ「まあ、お爺さんもあの家の娘におかぼれしてたっけ」
彩子「…え?ええー?でも、あの子…」
よしこ「まあ放っておくしかないねえ。サンドイッチのような、ほれ…」
悠太のN「サンドイッチ?」
彩子「何が言いたいの、おかあちゃん」

悠太「三角関係ってやつっすか?」
彩子「(悠太に)遅刻するよ」
  悠太、走り出す。

9 美容室いしくら・前
  真綾、駆けつけてきた二人に気づく。
真綾「あ、おはよう…どうしたの?」
蓮 「あ、あの…」
誠人「長谷川君、遅刻するよ!行こう!!」
真綾「(うなずき)話があるんなら、学校が終わってからおいでよ」
  蓮、口をもごもごさせる。
誠人「長谷川君、行こう!」
蓮 「(思い切って)あの…どうして髪切っちゃったんですか!?」
真綾「ヘアドネーションしたのよ」
  真綾、店の前の看板「ヘアドネーション加盟店」の文字を指し示す。
蓮 「ヘアド…?」
真綾「あ、ヘアドネーションっていうのは…」
  長谷川商店は交差点の角にある。いしくらの目前、長谷川商店の右横の   

  道路で、クラクションが鳴り響き、真綾の声をかき消す。
  青信号でも動かない鈴木里美(二十七歳)の運転する所用車(ボンネッ  

  トに「**市役所」の文字)が、後続の自動車に鳴らされていた。里美 

  の車、いしくらの前を乱暴に横切り、うなりを上げ走り去っていく。

真綾「…というやつなんだけど、あなたもやってみる?」  
  真綾、悪戯っぽく笑っている。
蓮 「え、あ?」
  蓮、真綾の笑った顔にどぎまぎしている。
誠人「ほら、行こう!学校!」
真綾「じゃ、行ってらっしゃい!」
蓮 「はい!行ってきます!」
誠人「!?」  
蓮 「(行きかけるが振り返って)あ、俺もやります、そのヘアドとかって  いうやつ!」
真綾「え?」
  蓮、学校へと走り出す。
誠人「え?あ…(真綾に)あの、ありがとうございました!!」
  真綾、戸惑いながら手を振って送り出す。

真綾「行ってらっしゃーい!」
  蓮、振り返り真綾が手を振っている姿に一礼し、歓喜の顔で走って行く。誠人、追いかけていく。
誠人「長谷川君!待って!制服着ようよ!!」
  蓮、立ち止まる。
  誠人、蓮に向かって制服を投げる
  蓮、キャッチしてその場で着替えだす。
蓮「何だか、波が静まりそう」
誠人「うん?」
  蓮、晴れやかな顔になる。
蓮「だけど、やるって言っちゃったけど、ヘアドって何?聞こえなかった」
  あぜんとする誠人に、蓮、笑いかえす。

10 **高校・PC学習室(放課後)
  PC1台の前に、蓮と誠人が居る。
  「ヘアドネーション」の説明画面。
誠人「通称ヘアドネ…私たちの美容室は、NPO法人となり、抗がん剤のせ      いで毛が抜けた子供たちにウイッグを作成するため、人毛の寄付を募集しています」
蓮 「だから、あの美容師のお姉さんが…」
誠人「ボランティア活動のひとつだね」
蓮 「そのヘアドネやるのに、何センチ必要なの?」
誠人「(画面をのぞきこみながら)三十一㎝」
蓮 「半端だね」
誠人「アメリカが発祥だから。ウィッグ作るのに十二インチ必要って決めた からで、十二インチは……三十・四八㎝」
蓮 「それで三十一㎝もかあ」
誠人「ほんとやるの?」
  蓮、うなずく。
誠人「だって、時間かかるよ」
蓮 「そこがよさそう」
誠人「うん?」
蓮 「髪伸ばしている間は、何だか…」
誠人「そこ(胸をさし)の波が静まる?」
  蓮、うなずく。誠人をじっと見ている。
誠人「僕はやらないよ」
蓮 「(がっかり)そう言うと思った」
悠太の声「俺、一緒にやってやろうか」
蓮と誠人「!?」
  振り返ると、蓮と誠人の後ろで佐藤悠太(15歳)が画面をのぞきこんでいた。
  悠太のそばに、山本菜月(16歳)がいる。
蓮 「だれ?」
悠太「さとう!さとうゆうた!」
蓮 「どこのクラス?」
悠太「おんなじクラスだよ、ふざけてんのか?」
誠人「まあまあ…長谷川君、出席率悪いから」
悠太「五月病かよ?」
誠人「違う、かな」
蓮 「あ、思い出した!サッカー部の」
悠太「やめたんだよ。俺キーパーだぞ、練習でめっちゃ走らされて…」

誠人「ああ、で嫌に?」

  悠太、うなずく。
蓮 「そうなんだ」
菜月「悠太、あたし部活だから」
悠太「おう。部活終わるの6時だろ?、帰りエスコートしてやるよ」
菜月「(嬉しげにうなずく)じゃね」
  菜月、去る。
蓮 「今の彼女?」
悠太「(うなずいて)それよりさ、小学校卒業まで東京だったんだろ?」
蓮 「うん、お母さんの実家に、お父さん一緒にU-ターンてやつ」
悠太「あ、土屋商店はお母さんの実家か」
  蓮、うなずく。
悠太「へえー。東京から奥さんの実家へ、かあ」
誠人「最近はけっこうあるかも」
蓮 「……(戸惑って)お父さん、両親早くに亡くしちゃって、お母さんの   ほうのおじいちゃんとおばあちゃんを大事にしたかったんだよ」
悠太「へー、いいお父さんだな」
  蓮、顔をしかめる。
悠太と誠人「?」
蓮 「でさ、男?の人生って何だと思う?」
悠太「…は?」
誠人「飛んだね、話題」
蓮 「(首を横に振る)…どう思う?」
悠太「や、あのさ俺、学校卒業したらここ出てみたいんだけど、東京ってやっぱいい?」
誠人「漁師継がないの?」
悠太「兄ちゃん居るし。俺は違うとこで勝負したいんだよ」
  誠人、納得したようにうなずく。
蓮 「勝負…男ってのは勝負なのかな」
悠太「さっきから何言ってんの?」
誠人「まあ聞き流して…で、話、ヘアドネに戻さない?」
蓮 「(悠太に)あ、ヘアドネやる?」
悠太「おう、やる」
蓮 「じゃ、ヘアドネ愛好会作る?僕も野球部辞めちゃったし」
悠太「や、そういうのは…」
蓮 「じゃ、あのお姉さん、真綾さんのとこ行ってアドバイスもらおっか!」
水野の声「ちょおっと待ったあ!」
  振り向くと、担任の水野が居た。
水野「お前、このまますんなり帰れると思うなよ」
  蓮、顔がひきつる。

  * * *

  蓮と水野、二人だけが向かい合って、生徒席に座っている。
水野「じゃ、お爺さんは今年五月にお亡くなりになり…お父さんは今東京  で単身赴任中。残ったのはおばあさん、お母さん、お姉さん、長谷川の四人…」
  蓮、うなずく。
水野「男、お前ひとりじゃないか。しっかりしなくてどうすんだよ」
蓮 「はあ」
水野「さて、本題。お前、とりあえずどうする?進学する?就職する?」
  蓮、答えに迷う。
水野「野球続けてたら、実業団から声かかったかもしれないのに」
蓮 「あの、聞いていいですか?」
水野「なんだ?」
蓮 「お、男の人生ってなんなんでしょうか?」
  すっと血の気がひいた水野、窓から見える校庭を指さす。
水野「…走って来い」
蓮 「はい?」
水野「グラウンド三十周!!」
  蓮、たじろぐ。

11 **高校・グラウンド
蓮が、額に汗をうかせて走っている。

12 回想イメージ
  寺の裏庭、喪服姿で煙草を喫う拓也と友人の弔問客・阿部。
拓也「せっかくこっちで働き口見つけたら、東京へ逆戻り。単身赴任でさ… お義父さんの死に目には立ち会えなくて。男の人生、俺の人生ってなんな んだろって思っちゃって…」
阿部「ああ俺も。家に金を入れる為にだけ働いてるみたいで…」
  紫煙のなか、二人、深いため息。
  建物の角で、蓮がぼうっと聞いていた。蓮の視線に気づいた拓也、気ま  ずく顔をふせる。
  ざざーんと波の渦巻く音がかぶる。

13 (戻って)
  水野、蓮が走っているのを見守っている。
  隣に、誠人と悠太が並んでくる。
誠人「あの…?」
水野「誰も答えられないような、頭でっかちな事聞いてきたんでな」
誠人と悠太「はあ」

悠太のN「さっきのあれか」
水野「走らせた」
誠人「長谷川君て、納得しないと動かないタイプなんですけどね」
水野「俺の力技だよ」
誠人「そういう手がありましたか…」
水野「…俺だってな…進路指導だのやってどんっだけ俺の人生に実りあんの   かって…」

  水野、しゃがみかける。がばっとすぐに立ち上がる。

悠太「長谷川って、何で学校来なかったの?」
誠人「おじいさんが死んで、人生に疑問持った、かな」
水野「わかるような、わからんような…」
  汗だくの蓮、走り終えるとグラウンドで大の字になる。
水野「部活も学校も行かなくなって、体力落ちたの解っただろ?」
  蓮、息を荒げてうなずく。
水野「走れ!たまに。これは俺の体育の授業の出席一回分の補習にしといて やる」
  水野、去る。
  誠人と悠太、疲れた蓮の顔をのぞきこむ。
悠太「これじゃあのお姉さんのとこ行くのは明日だな」
  蓮、起き上がる。

15 美容室いしくら・内
  蓮、悠太、鏡の前に座っている。
  真綾が二人の髪の長さを測っている。
  誠人、美容室の本を読んでいる。
真綾「悠太君は蓮君よりも長いから、高校の卒業までには切れる望みあるけど、蓮君は悠太君の長さになるまでには来年の冬かな。そこから三年だね」
蓮と悠太「遠いなあ」
誠人「…校則どうすんの?」
蓮と悠太「あ!?」
真綾「そっか、気づかなかったよ…あたしの学校ヤンキーばっかりだったから」
蓮と悠太「あー?どこの…」
真綾「…バカだってばれちゃうからナイショ」
  真綾、唇に人差し指をたてる。 
  かわいらしく見えて、蓮はにやける。
誠人「マジで校則どうするの?」
蓮 「何とかする」
  悠太、うなずく。
  誠人、苦笑する。
真綾「真夏、寝ているときに髪が顔にかかって鬱陶しくなって、イライラするよ」
蓮 「俺、ちょっと気分が明るくなりました」
真綾「うん?」
蓮 「病気の子たちの憂鬱な気持ちを変えられるのに、自分は髪を伸ばせばいい、ただそれだけで役にたつかもしれない…それで何だか気持ちが軽くなったんです」
真綾「逆に、きみが元気もらったみたいだね」
蓮 「(うなずく)良いやつ寄付したいんで、アドバイスお願いします!」
  蓮、はつらつと頭を下げる。

16 土屋商店・内(翌日の朝)
  制服姿の蓮、階段を駆けおりていく。
  軒先に居る誠人とよしこに声をかける。
蓮 「おはよー」
  誠人とよしこ、驚きの目で蓮を見つめる。
  
17 **高校・教室
  蓮が悠太、誠人、菜月と話している。
蓮 「学校行ってないヤツの髪をもらうの、厭なんじゃないかなって思って」
悠太「寄付した奴の名前とか、知らせないだろ」
蓮 「そりゃそうだけど、でもちゃんとしたくなったんだ」
菜月「(蓮を見つめ)なんか、顔つき違うね?」
  悠太、うなずく。
  蓮、照れる。 
誠人「明日から、迎えに行かなくていいね」
  蓮、うなずく。
  誠人、天をあおぐ。

18 雲が走り、夜、朝を繰り返す(数か月経過)

19 枯れ葉が風に舞っている。

20 土屋商店・居間
  蓮、南が炬燵に入り資格本「電気工事士」を読んでいるところへ帰宅してくる。
蓮 「ただいま」
  髪の毛が伸び、ぼさつきかけた頭の蓮、コートを脱ぎ、マフラーを首か

 ら解く。蓮、首の後ろをひっかいている。赤く、肌荒れを起こしている。
南 「どうしたの?」
蓮 「なに?」
南 「首の後ろ、赤くてぶつぶつだらけ」
蓮 「うん…」
  彩子が容器のデザインが凝ったヘアトリートメント剤を持って来て、どん!と炬燵の上に置く。
彩子「これ使うのやめて!」
蓮 「え?」
彩子「お前のお風呂の後、床がぬるぬるしちゃって転びそうだったわ!」
蓮 「ええーいい奴なんだよ、これ」
南 「こじゃれたもん、使っちゃって」
  南、ヘアトリートメント剤を手に取る。
  ぬるっとした感じで、顔をしかめる。
蓮 「髪の毛にいいんだよ!」
彩子「洗い流すの大変だったのよ。これで、おばあちゃんが転んじゃったらどうすんの」
南 「お母さんに賛成」
蓮 「え~、じゃ風呂洗いするよ」
南 「そうじゃなくて。首の後ろのそれ、これのせいじゃない?」
  彩子、蓮の首の後ろの肌荒れに気づく。
彩子「やだ」
南 「これ、他の人に良くても蓮にはあわないんだよ」
蓮 「そんなあ、剛毛からサラサラの髪にしたいんだよ」
南 「?」
蓮 「あ、俺ヘアドネーションやろうと思って」
彩子「いしくらの看板に書いてある、あれ?」
  蓮、うなずく。
彩子「何言ってんの」
蓮 「うん、でもマジでやるから」
  南、真剣な蓮の顔をじっと観察し続ける。
  彩子、諦めたようにため息。

20 同・居間(数日後)
  蓮と彩子、テレビを眺めている。
  蓮、痒そうに首の後ろをひっかいている。
蓮 「あ」
  蓮の着ているシャツの首後ろが赤く染まる。
彩子「なにやってんの、血ついちゃったじゃない」
蓮 「(やばい)うん…」
彩子「もう使うのやめなさい。それから…」
  彩子、居間の片隅にあるヘアケア剤数本が入った紙袋を指し示す。
彩子「あんなに買っちゃって!返してきなさい。ついでに返してもらったお金で髪も切って来なさい」
蓮 「ええ~」
彩子「今のうち。学校で先生に言われる前に、すっぱり諦める!」
  彩子、紙袋を手に取り、蓮の目前に置く。
  蓮、とまどう。

21 美容室・いしくら(内)
  真綾、客席のソファで乾いたタオルをのろのろとたたんでいる。顔色が悪い。みつえもソファに座り、心配そうに真綾を見ている。
  蓮、とぼとぼと紙袋を持った手を後ろに隠しながら、入って来る。
蓮 「…こんにちは」
真綾「いらっしゃいませ」
  真綾、立ち上がると、ソファに置いていた薬の袋を落としてしまう。
  蓮、袋を拾おうとかがむ。袋に「ホルモン剤」という文字を見てしまう。
蓮 「…あの、病気なんですか?」
真綾「(うなずき)ちょっと。慢性的なやつ…」
蓮 「あ、あ、じゃ帰ります、俺…」
真綾「今日は、何をアドバイスしたら良いのかな?」
蓮 「…あ、えっと…」
真綾「うん?」
蓮 「その…真綾さん、どうしてヘアドネーション始めたのかなあって」
真綾「あ…これ(薬の袋をさし)見られちゃったから仕方ないか…私、ホルモンバランスが悪くて…で…(言いよどむ)」
みつえ「孫はそりゃ欲しいけど、ここにお嫁に来てくれたってだけでいいのよお」
  真綾、力なくほほえむ。
真綾「子供はできそうにないから、私。それでヘアドネをできる限り…」
蓮 「じゃ、ヘアドネは何度もやるつもりなんですね?」
  真綾、力強くうなずく。
蓮 「あ、俺も一緒にやります!がんばりますから!」
真綾「ありがとう…」
  蓮、照れる。
みつえ「おーおー真っ赤になってえ、こっちまで真っ赤!めでたいねえ」
  みつえ、蓮の背中を見つめる。
真綾、蓮の後ろに回る。ふわりと真綾の香りが蓮の鼻をくすぐる。
蓮、鼻で息を吸い、うっとりする。
真綾「(蓮の首後ろを見て)あ!」
蓮、とっさに首の後ろをおさえる。
真綾「…かぶれちゃった?」
蓮、苦しまぎれにうなずく。
真綾「…あ、効く塗り薬あったかな?ちょっと待ってて」
  真綾がふわりと蓮の前を通り、奥へと消える。
  蓮、真綾の後ろ姿に見とれ、残り香を吸いこみ、にやける。

22 土屋商店・前
  呆れた顔の彩子と南が蓮を見つめている。
  蓮、ベンチに座り、軟膏薬を上機嫌で首の後ろに塗っている。
  ベンチの上には、薬の箱と数千円が置いてある。
蓮 「真綾さんの使いかけ~」
南 「プチ変態め」
  彩子、ため息。

23 同・蓮の部屋(数日経過)
  蓮と誠人、英語の教科書を開いている。
蓮 「(誠人がペンで示しているところを見て)ああ、わかったかも」
  悠太、スマフォをいじっている。
真綾の声「ありがとうございました」
  悠太、ふっと外を見る。
  向かいのいしくらから、髪をセットし終え、華やかな感じの誠人の母・りえ(四五歳)が出てくる。
  悠太、りえを見て顔がほころぶ。
悠太「おばちゃんだけど、美人が出てきた」
  誠人、りえをみとめると、悠太をにらむ。
悠太「(たじろいで)な、なんだよ」
誠人「今日はこれで終わりにするよ」
蓮 「(教科書から顔をあげて)あ、うん」
誠人「次の仕事しなくちゃ」
悠太「誠人、他にもやってんのかよ」
誠人「ま、ね」
  誠人、鞄を持って立ち上がる。

24 同・一階・売り場
  よしこ、りえ、彩子が笑って話している。
彩子「誠人君のおかげで、学校に行くようになって、学校の勉強も追いつきそう」
りえ「良かったあ…でも学校行く気になったのは、あの子のおかげなんじゃないの?」
  りえ、向かいのいしくらを指さす。
彩子「ん…」
よしこ「恋は人を変えるのさ」
りえ「でも、あの子にはあまり近づかないようにって、蓮君には言ってるの?」
よしこ「言っても無駄だわさ」
彩子「言えば言うほど、深入りしそうで」
りえ「ま、あたしとセイジもそうだったから、他人のこと言えないか」
よしこと彩子、くくっと笑う。
よしこ「みいんな、りえちゃん、セイジを騙してるって思ってたね」
彩子「美女と野獣、だったもんねえ」
よしこ「もうすぐ七回忌かね」
りえ「(うなずく)一番くたばりそうになかったやつがくたばっちゃって…」
彩子「うちだってさあ」
りえ「せっかく東京引き払って、彩子ちゃんちのために、こっちに就職したのにねえ」
彩子「(うなずく)東京に進出決めたから、きみ詳しいだろ、行ってこい、だもんね」
りえ「はー、寅さんの男はツライよ」
よしこ「りえちゃんだって…あ」
  よしこ、奥からコンビニの袋を持ってくる。中身がコロッケとチキンであるのを見せ、りえに渡す。
よしこ「つい買っちまったんだよ。持っておいき」
  りえ、頭を下げて受け取る。
  蓮、悠太、誠人が降りてくる。
悠太のN「(りえを見て)お、さっきの美人」
よしこ「(悠太にも)あんたも持っておいき。ファミレスで売ってたんだよ」
悠太「ファミレスで、これ売ってたんすか?」
  皆、首をかしげ始める。
彩子「…おかあちゃん。ファミレスじゃなくて、コンビニのファミリーステーション、ファミステじゃないの?」
よしこ「ああそうともいうかね」
蓮 「ばあちゃん、名前が似てても、全然違うよ」
  皆、笑いとばす。
誠人「じゃ、僕はこれで失礼します」
  誠人、行こうとする。
りえ「やだ、誠人、待ってよ」
  誠人の腕を取り、組む。
悠太「!?」
  誠人は諦めたようにされるがまま。
りえ「じゃ、お邪魔しました。彩子ちゃん、またねー」
  二人、去る。
  彩子、手を振って二人を送り出す。
悠太「今の何?誠人、次のバイトって、あの人の相手!?」
蓮 「(笑って)あの人、誠人君のお母さんだよ。スナックやってるから仕込みの手伝いだよ」
悠太「や、あいつの家、金ないって聞いてたから…あせったあ」
  皆、笑う。

25 美容室・いしくら・前(別の日)
  真綾、ドアの外へと移動式の洗面台を出している。
デイサービスのバンが店の前に停まる。
  バンからスタッフの望月広志(二六歳)が降りてくる。
広志「おはよう」
真綾「先輩、おはようございます!」
  広志、真綾が持つ移動式の洗面台を持とうとする。
広志「俺に任せて」
真綾「え、でも…」
広志「いいんだよ、石倉。俺に女の子扱いさせろよ」
真綾「ありがとうございます、先輩…」
  真綾、はにかむ。
  広志、照れる。

26 土屋商店・外・昼(別の日)
 軒先のベンチに、南がだらんと足を投げ出し、サンドイッチを食べている。向かいのいしくらの表では、みつえが日向ぼっこがてら、杖を手にベンチにベンチに座っているのが見える。

 店の中では、蓮と悠太が真綾と話しているのも見える。
スポーツ刈りの森と高橋、長髪でギターケースを背負った尾形がやってきて、店先の自販機でジュースを買う。
 バス停にたたずみ、蓮達に視線をやる。
高橋「野球やめて何やってんだよ、あいつ」
森 「むかつくな」
高橋「ああ」
森 「(鼻で笑う)ま、ふられんな」
尾形「だな」
森 「修羅場なるかもしれん」
高橋「え?」
森 「知らんの?あのきれいなお姉ちゃん、真綾ていうんだけどさ、真綾さんはあのばあちゃんの孫息子の嫁さん」
尾形「なんだ、人のもんか」
高橋「あーおめー狙ってたな」
尾形「ちげーよ」
高橋「俺、あのお姉さんを嫁にした男の顔、見てみてー」
森「俺も。けど、見かけん」
  南、ぼーっと聞いている。
高橋「東京で美容師の修行でもしてんじゃね?」
森 「したら、今留守かあ」
尾形「かーあぶねー」
高橋「よろめく、な」
森 「あ?よ?よろめく?」
尾形「何だよ、それ」
  高橋、一人二役の要領で芝居をする。
高橋「『真綾さん、旦那さん居なくて寂しくないっすか』『そんなこと、ない』『そうっすか』『ううん、だめ。キスして』」
  森と尾形、冷や汗。
  森が高橋の頭をはたく。
森 「あほ」
高橋「だから、これがよろめく、ってやつだって」
  バスが来る。
尾形「どっから知ったんだよ」
高橋「熟女エロ本。オヤジが隠してたの、見つけたんだよ」
森と尾形「貸せ」
  三人、バスに乗り込み去る。
  彩子が店から出てくる。
  向かいの真綾と南を見比べ、ため息をつく。
彩子「ちょっとは、あの子を見習いなさい」
南 「なんか無理。ベースが違う気がする」
彩子「あたしは女の子を生んだのよお」
南 「(イラっと)あたしの事よりもさ、蓮、あそこのお嫁さん、好きみたいじゃん、まずくない?」
彩子「そりゃ…」
南 「あそこの一人息子が『ウチの嫁にちょっかい出しやがって!』て怒鳴り込んで来たらどうすんの?」
彩子「…あんた、それ妄想」
南 「あたしだけじゃないから、ここに来る客、みんな妄想魔」
よしこの声「…そんな風にはならんわさ」
  ふりむくと、よしこが居た。
南 「なんで?」
よしこ「いつもここから見てるからね」
  彩子、うなずく。
南 「でもさ、ヘアドネーションやるって髪伸ばしてるじゃん、そのうち校則違反になるよ、どうすんの?」
彩子「路線変更!もう構わないことにした」
南 「はい~?」
彩子「あいつは自分で納得しなけりゃ、動かない」
南 「うん」
彩子「その分、自分の行動に責任持たす」
南 「うん」
彩子「以上」
南 「えー?」
  誠人がやってくる。
誠人「こんにちは、バイトに来ました。長谷川君は、部屋ですか?」
彩子「まだあっち…」
  彩子、いしくらのほうを示す。
誠人「ああ…」
  誠人、腕時計を見る。
  彩子、携帯を取り出し、かける。
  いしくらの中、蓮が携帯を取り出し、土屋商店のほうへ顔を向ける。
彩子「早くきなさーい。それから、あんたの小遣いから、誠人君へのバイト代出すから」
  南、にやり。
  いしくらから、蓮が出て来る。
蓮「(彩子に向かって)そりゃないよー」
彩子「(携帯越しに)あるの。お前が学校休まなきゃよかったの」
  横断歩道の信号は青である。
  蓮、むすっと彩子を見つめ、渡ろうとしない。
彩子「(携帯越しに)誠人君に待ってもらってる時間分、お前の小遣い減るよ」
  蓮、横断歩道を見極めながら、慌てて走ってくる。
  南、笑い出す。

27 美容室・いしくら(別の日)
  くるん、くるん…可愛い花柄ワンピースの裾が揺れている。
  鏡に向かった真綾、一人だけのファッションショーをしている。
  自分の笑顔や振りかえったときの身体のひねりなど、細かくチェックし  ている。
  自動車が走りこむ音がする。
  真綾、窓外を見る。
  自動車から広志が降りる。
  二人、目が合って、目でわらいあう。

28 **高校・蓮たちの教室
  英語教師・畑中清華(三二歳)がテストを生徒たちに返している。
清華「長谷川蓮君」
  蓮、受け取る。
清華「頑張ったわね」
  蓮、返されたテストに95点がついている。蓮、へへっと笑う。
清華「今返したテストの復習は、私が昨日アップしたユーチューブ「サヤカ・ズ、レッスン」を見ること。さらに理解が深まります!」
  誠人と悠太、蓮のテストを見る。
悠太「良かったなあ、これで小遣い減らずにすむな」
誠人「家庭教師終わりだね」
  蓮、うなずく。
  誠人、顔がくもる。

29 長谷川商店・前(夕刻)
  蓮、にやけて歩いてくる。
  美容室・いしくらの前では、広志と真綾、みつえが自動車に乗れるよう、手伝っているのが見える。

30 美容室・いしくら・前の駐車場
真綾「おばあちゃん、これから美味しい夕ご飯食べに行こうねえ」
みつえ「シンヤ、帰って来たのかい?」
広志「(機転を利かし)うん、そうだよ。これから、ご飯行こうね」
みつえ「うん、孫夫婦が連れて行ってくれるなんてあたしゃ幸せもんだねえ」
真綾「(広志に耳打ちして)ありがと、話あわせてくれて」
広志「これぐらい、いつもやってるから」
  広志、真綾に笑いかける。
  真綾と広志も自動車に乗り込み、出かけていく。

31 長谷川商店・前(戻って)

  蓮、それを見ていた。呆然とする。
  自転車で帰ってきた南、蓮に近づく。
南 「友達かな、彼氏かな」
蓮 「(動揺して)さあ?」
南 「ま、おばあちゃんが一緒だし。ダンナさんが戻ってこないんだから、男友達と親しくなっても仕方ないか」
  蓮、肩を落として店の中へ入って行く。

32 土屋商店・居間(夕刻)
  蓮と南、居間に入って来る。
  彩子、食卓にホールケーキを置く。
彩子「お帰り」
南 「ただいまー」

  蓮、食卓の前に座る。
彩子「何よ、ただいまくらい、言いなさい」
蓮 「ん…」
  蓮、ホールケーキに気づく。
蓮 「え?お父さん帰ってくるの?」
南 「なんで?」
蓮 「だって今日お父さんの誕生日じゃん」
彩子「帰ってこないわよ」
  蓮、拍子抜けする。
  彩子、蓮の前にケーキを出す。
南 「つかまるかなあ」
  南、スマフォで電話をかけ始める。
南 「あ、お父さん!お誕生日おめでとう。
これからケーキ、食べといてあげる」
  よしこと彩子、「いただきます」とばかり
  に手を合わせ、食べ始める。
  南、一口ケーキを食べる。
  蓮、呆然と女たち三人を見渡す。
  南、スマフォを蓮に傾ける。
  蓮、無言で首を横に振る。
南 「うん、うん、じゃ無理しないでね」
  南、電話を切る。
  蓮、ケーキを前にぼんやり考えこむ。

  * * *

  無人の食卓の上に、ラップがかかったケーキ一皿がある。

33 同・蓮の部屋(夜)
 蓮、灯りのない向かいのいしくらを、ぼんやり見つめている。
蓮の背後から、南がケーキを持ってくる。
南 「食べないの?食べないんだったら、あたしが食べるよ」
蓮 「(諦めたように)食べるよ…」
  蓮、食べ始める。
南 「…この前、爺ちゃん死んでから、お前、男の人生って何だろうなって言ってたけどさ」
蓮 「…うん」
南 「…学校のテストと違って答出ないよ、やっぱ」
蓮 「そりゃそうだけど…」
南 「そもそも、男と女とかの括りで人生って何?って考えんのが嫌」
蓮 「したら、男子だらけだって聞いても気にしないで、水産高校の海洋科 学科入ったのはそういうこと?」
南 「わかってないな。そうやって、男女の比率言い出すのに意味がないんだって」
蓮 「あぁ(わかったような、わからないような)」
南 「…お父さんと、何かあった?」
  蓮の食べる手が止まる。
南 「おじいちゃんのお葬式のときから、二人ともなんか変だよ」
蓮 「ん…」
南 「…お父さんにイラついてんの?」
蓮 「だって、お父さんが決めてこっちに引っ越したくせに…後悔してる事言い出しちゃって…俺たち東京に居たかったじゃん」
南 「あたし、今は大丈夫。水産高校入って面白いから」
  蓮、羨ましそうに南を見つめる。
南 「今日、お父さんと話したくなかったの、そのせい?」
蓮 「よくわかんない。男の人生ってどう考えてんの、ていうかなんか答え出た?って聞いてみたいけど、そうしたらお父さん答えられないだろうなって、で、なんかもうモヤモヤしちゃって…」
南 「重症…」
  ふたり、ため息。

34 海岸沿いの道路(夕刻)
  南、サドルが外れた自転車を立ちこぎで進めている。サドルは籠の中にある。
  南、ぜーぜーと息があがりそうだ。
  クラクションの音がする。
  真綾が横並びに走ってくる。
真綾「南ちゃん、自転車、サドルどうしたの?」
  真綾、自動車を路肩よりに停める。
  南も自転車を停める。
南 「…気にしないでください。トレーニングなんです」
真綾「…そう、なの?壊れたのなら、自転車後ろの座席に乗せて、おうちまで送っていこうかと思ったんだけど」
南 「(頑なな表情で)大丈夫です」
真綾「(笑顔が強張る)邪魔しちゃったか、ごめんね。じゃ、気をつけて帰ってきてね」
  真綾、ばつが悪そうに自動車を発進させ、去る。
南 「…失敗した」
  南、うなだれる。

35 美容室・いしくら・外・朝(数日後)
  真綾、唇が震え、頬がひきつって立ちすくんでいる。
  店の窓ガラスに「ここから出ていけ」「うそつき」などの張り紙がある。
  制服姿の南と蓮、真綾に近づいて行く。
南 「何これ?」
  真綾、震えながら、破り取る。
  やがて力を込めて一気に破り取る。
真綾「だいじょうぶ、だいじょうぶよ…」
  真綾、自分に言い聞かせるかのように、店の中へと入って行く。
  南と蓮、心配そうに店の奥を見つめる。

36 美容室いしくら・内(夕刻)
  店内のステレオから、中村中の「友達の詩」が流れている。
  真綾、客用のベンチに座り、ぼんやりと聞いている。
  歌詞「手を繋ぐくらいでいい 並んで歩くくらいでいい
  それすら危ういから大切な人は 友達くらいでいい」が響く。
  真綾の頬に、涙が流れていく。
  制服姿の南がドアをたたく。
  真綾、涙をぬぐいながら、ドアを開ける。
南 「(真綾の涙を見て)また何かされたんで
すか?」
  真綾、首を横に振る。
真綾「ううん」

南 「あの?(入っても?)」

真綾「あ、どうぞ」
  南、入ってくる。
南 「(とまどうが)あの、あたし言いそびれていたことがあって」
真綾「はい?」
南 「この前、サドルなしで自転車こいでたの、あれ初心に戻るためだったんです」
真綾「トレーニングって言ってたね」
南 「(うなずく)水産高校入ってすぐ、自転車のサドル取られたんです。クラスに女子あたし一人だけだったから、それが気に入らなかった奴が犯人だったみたいで…」
真綾「じゃ、取られて悔しかったでしょ」
南 「(うなずく)『あたしが学校行くのに文句は言わせない』って見せつけるためにサドルなしの自転車で学校行って、勉強頑張ってクラスで一番になったんです」
真綾「はー(感心する)」
南 「それである日、サドルに「ごめん」ってメモがついて、戻ってきたんです」
真綾「あー、良かったねえ」
南 「だから、この前怠けそうな自分に喝入れたくなって、わざとサドル外して走ってたんです」
真綾「そうだったの」
南 「あの場で言えばよかったですね」
真綾「(首を横に振り)面白い話ありがとう」
南 「だから…真綾さん、弱気にならないで」
真綾「(うなずいて)あのね…」
  真綾、窓辺から見える海を指さす。
  夕陽で映えている。
真綾「ここから見える海、大好きなの」
  南、うなずく。
  二人、海を眺めている。

37 **高校・渡り廊下
  少し髪が伸びた蓮と悠太、菜月、玲子が笑って話している。
玲子「本当に31センチまで伸ばせるんかな」
菜月「校則よりもさ、あたしだったら無理。鬱陶しくなって絶対切っちゃう」
蓮 「あ、女の子のほうでも面倒なんだ」
菜月「そうだよ」
玲子「マジでやるの?」
  蓮、力強くうなずく。
蓮 「やりとげたいんだ」
玲子「ふーん、したらもう校則変えるしかないね」
悠太「変えられるよう、俺生徒会長立候補でもすっかな」
玲子と菜月「無理無理」
悠太「えー、俺ダメかな」
  渡り廊下のすぐそばに水道場がある。
  野球のユニフォームを着た森と高橋が、泥だらけの顔を洗っている。
  蓮たち四人が笑いあっているところを忌々しく見つめる。
 
37 同・校舎の外
  蓮、森と高橋に、校舎の壁へと詰め寄られる。
森 「髪のばすだけのくせして、女受けしやがって」
  蓮、力強く首を横に振る。
蓮 「違う!そういうんじゃないって!」
森 「(ため息)勝手に野球やめちまえる奴はいいよな」
高橋「俺たちは、辞めちまうわけにはいかねーだかんな」
森 「お前が女といちゃついている間、俺たち必死に練習してんだよ」
蓮 「お、俺はもう、野球だけやってればいいって思えなくなったんだよ」
高橋「何言ってんだよ、打率良かったくせに」
蓮 「もうだめなんだよ、俺」
森と高橋「!?」
蓮 「去年のゴールデンウィークで合宿してたとき、じいちゃんの死に目に、俺まにあわなかっただろ」
森 「ああ(思い出す)」
蓮 「そこまで犠牲だして、俺が野球やる意味あんのかってそう思ったんだよ」
  森たち、身もだえる。
  悠太、通りかかる。
蓮 「そう思ったら、もう…」
森 「かー!俺はいつもお前に打たれて、すげー悔しかったんだぞ!!」
高橋「お前のは、ただの試合放棄だ!」
森 「お前のやってることは偽善に見える。ぜってー認めねえぞ」
  二人、去りかける。
  蓮、壁にもたれたまま、動けない。
  悠太、二人をにらみつける。
森 「なんだよ」
  悠太と森たち、にらみ合う。
悠太「面白くねえんだろ?俺たちが誰もやらないこと、しようとしてるのが?」
森 「ああ?正義の味方みてえなこと、言ってんじゃねえよ」
高橋「校則破ろうとしてるだけじゃねえか」
悠太「だから、そういうんじゃねえって言ってるだろ!」
校舎の窓(校長室)から、校長(五八歳)が顔をのぞかせる。
校長「それくらいにしときなさい」
森と高橋「やべ!」
  森たち、逃げていく。
  蓮、悠太も逃げようとする。
校長「佐藤悠太!長谷川蓮!」
  二人、びくっと硬直する。
校長「ちょっと…」
  校長、手招きする。
  森と高橋が笑って見ている。

39 同・校長室
  校長席の前に蓮と悠太が立っている。
  校長も直立している。
蓮 「…ヘアドネーションのために、です。カッコつけで伸ばすわけじゃないです」
悠太「女子生徒は長くても団子にしとけばよくて、男子だったら襟足より伸ばしちゃいけない、何で違うんですか?」
校長「いつのまにか出来ていた校則、暗黙の了解、ってやつだな。男子のほうが身ぎれいにしない傾向があるからね」
蓮 「身ぎれいじゃない、ずぼらな女子もいます」
校長「だが同じじゃない」
蓮と悠太「え?」
校長「男女平等でも、男と女は同じじゃないんだよ」
蓮と悠太「あ…」
蓮 「でも俺、諦めたくないです。野球辞めて、やっと挑戦するものが見つかったんです」
  校長、蓮の顔をじっとのぞきこむ。
校長「他にもボランティア活動はいっぱいある、どうしてヘアドネーションなんだ?」
蓮 「その…ある人にやるって宣言しちゃったんです」
校長「男がすたる、か?」
  蓮、困惑する。
蓮 「え、と、あの…聞いていいですか?」
校長「…なんだ」
蓮 「男の人生って何ですか」
  校長、絶句しかける。
  悠太、やばいぞと顔をしかめる。
校長「そ、それは答えられんなあ。正直…答を探して生きてるようなもんだ」
蓮 「あぁ…(あきらめ感)」
  ひやりとした空気が流れる。
  校長室のドアをノックした音が聞こえる。
  校長、助かったとばかりにドアを開ける。
  清華が立っている。
校長「畑中先生?」
清華「あの、担任の水野先生には了解を取ってありますので…」
校長「はい?」
清華「二人を私があずかります」
  蓮と悠太、混乱する。

40 同・演劇部・部室
  蓮と悠太、清華から台本「女子高生」を渡される。
  演劇部部員・田代ユカ(十五歳)が、誠人を連れてくる。
ユカ「穂高君、連れてきました」
  清華がにやつきながら話し始める。
清華「ちょうど、長髪で女子高生役の男子生徒が欲しかったのよ、手伝ってくれない?」
蓮 「はい?」
悠太「あの、今なんて?」
誠人「女子高生役の男子生徒?」
清華「二〇一四年に全国高校演劇コンクール優勝した高校のオリジナル作品をうちで再演してみたいのよ。そのためにはどうしても、男子生徒が必要なの」
蓮 「女子だけじゃだめなんですか?どこも女子が男子役やってますよね?」
清華「女子は男子生徒役をやる、女子生徒役は男子がやる、その男女逆転劇がこの劇「女子高生」の真髄、なのよ」
蓮と悠太「はあ???」
誠人「高校生にジェンダー論を考えさせるってわけですか」
  清華、うなずく。
蓮、不可解さを感じながらも、台本をぱらぱらとめくる。
蓮 「『男も家事できなくちゃ』、『女子高来たのに、男子いらなーい』『あたしたち、これから働いて結婚して、子供産んで育てて…』あの、これ俺が言うんですか?」
悠太「きつー」

後日。続きを掲載します。

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