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第2号試し読みー「ドールハウスで眠りたい」市川桜子

9月8日文学フリマ大阪で販売します「第九会議室 第2号」の、掲載作品の冒頭試し読みコーナーです。トップバッターは2号から参加の市川桜子さん。

市川桜子 著者紹介(本文抜粋)

2000年5月29日生まれ。なんでもいいからはやく月に帰りたい。

「ドールハウスで眠りたい」市川桜子 冒頭

 その箱を開けるとき、いつだって胸がときめく。私はいつでも開けられるからって言って、二人で遊ぶときはあたしにその役割を譲ってくれるのだ。真鍮でできた打掛錠を指先で外す。そっと開けると箱の中の明かりがぱっと灯った。この瞬間が、たまらなく好き。
 あの子のパパがドイツへ出張に行ったときのお土産らしい。日本のおもちゃ屋さんで大量に並んでいるようなしょぼいトランク型じゃなくて、家を半分に開いて遊べるケース型。しかも二階建て、屋根裏部屋付き。照明は飾りじゃなくてちゃんと灯るし、玄関のチャイムも鳴る。外壁はミルク色、屋根はペールグリーン、蔦が絡んでいる。
  リビングにはアイボリーの暖炉がある。火はつかない代わりに照明とは違う、ほの明るい夜明けのような光が灯った。木でできた丸いテーブルの上には銀の燭台を飾っている。テーブルとセットの椅子が二脚。もともとは四脚あったけれど、あの子が捨ててしまった。大きな柱時計はいつも十時十分を指している。真夜中の方だといい。広葉樹のような深いグリーンのソファに鈴蘭の形のサイドテーブル。壁紙は異国情緒あふれる大胆な花柄。柄物の壁紙は部屋を狭く見せるから、ドールハウスの特権である。キッチンは深い海の中のようなタイル張り。ミニチュアの器具はどれも琺瑯引きだ。スパイスホルダーには調味料の絵が描かれたスパイスが整列している。バスルームには猫足のバスタブ。カーテンの裾はフリルのようにカットされている。蛇口もシャワーヘッドも石鹼置きも全部黄金色だ。


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