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第2号試し読みー「星の涙」南﨑理沙

9月8日文学フリマ大阪で販売します「第九会議室 第2号」の、掲載作品の冒頭試し読みコーナーです。

南﨑理沙 著者紹介(本文抜粋)

文学は狂気をも美学へと昇華する。なにも起こらなかったけれどたしかに在った貴方の切なさ、哀しみ、仄かな揺れ、そういった存在に必ず光を当てる。言葉の世界においては私たちは何の制約も受けない。言葉を通して私は自由になりたいと思っている。そしてできれば、せっかく言葉に出会ってくれたあなたにも、少しでも自由になってくれたら嬉しい。

「星の涙」南﨑理沙 冒頭

 水面が静かに波打っている。遥か昔に星に宿っていた光が、数年遅れで海に降り注いでいる。星は、水だけを光らせる性質があるらしい。星の下にいる私はこの田舎町の闇に溶けるように真っ暗なままだが、星に照らされた海の一部が、星の光を託されてきらりきらりと輝きを帯び始めている。海から水滴が光りながら宙に浮き始める。水滴はまるで下から上へ、海から空へと吸い寄せられるようだ。涙のような形となった雫たちは、海から一メートルほど宙に浮いた場所で漂っている。海の上に密かに誕生したシャンデリアは、ただ理由もなくそこに在り続ける。
 私は二十三時十二分、瞳から零れた水滴が頬を伝うのを感じる。水滴は顎に滴り、地に落ちるのではなく宙に浮いた。その瞬間を、星は見逃さなかった。瞬く星は私の涙を雫のような形に変えた。涙の、時が止まった。
 私は砂の上に立ったまま、何故自分が泣いているのかを考えた。私が私自身であることが悲しいのかもしれない。恋人のうちの一人の死が近づいてきているのが悲しいのかもしれない。いや、悲しいというのは欺瞞かもしれない。私は八十歳の恋人が死にそうなことを内心は喜んでいるかもしれないし、むしろこの悲しみはその恋人に由来しないのかもしれない。もう一人の二十歳の恋人と明日会うことが悲しいのかもしれない。明日会えば、彼はまた「僕はね、今日もすごいんだ」というようなことを言うだろうから、それが憂鬱なのかもしれない。いや、もしくはこの悲しみはどちらの恋人も関係していないかもしれない。ただ私が今日寝不足で、疲れすぎているだけのことかもしれない。もしくは人間がそもそも死にたがっていて、その本質に辿り着いてしまったからこそ涙を流したのかもしれない。いや、違う。もしかしたら、自分の涙でシャンデリアを作ってみたかったのかもしれない。

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