才八十詩『先輩 さいごの夏休みを一日ください』

大学に入って初めての夏休み。
きゃぴ。
青空の下、私は運命の出会いをはたす。
オリガミ。
これは、ロックバンドの名。
女友達と行ったフェスで初めて知り、即、ファンになった。

それから一年。
話は変わるけれど、私は、二歳年上の男の先輩、尾崎さんに思うところがある。
サークル仲間で行った岐阜県長良川。
川下りに、「山を登りたい」プリントのTシャツを着て来た人。
無頓着で可愛い。
ロックに興味がないとは知っている。
けれどライブに一回も一緒に行けていない。
つきあって一年になるのに、寂しすぎる。
ことに、オリガミの音楽は特別だというのに……。
満席のドームが、曲が始まった瞬間に無観客になる。
と言ったら普通驚かない?
これを可能にしたのが、オリガミが発明した音楽記号「姿休符」。
これを使って作った曲、聞いた観客の姿は、休め=消える。
イメージは、全休符。
姿休符は、多用することで曲が終わっても休符機能が終わらない。音じゃなく姿を出さないのが、ライブ演奏が終わるまで続く。
これを使っているのは、知っている限りこのバンドだけ。
でも実は、オーディエンスは、消えても客席にいる。
どういうこと?
だよね。
それは、姿を音楽に変身させるだけだから。客席には居続ける。
ここは、おお、と思うところですよ?
客は、姿が見えないおかげで、どんなにはしゃいでも恥ずかしくない。
と言うと、どんだけはしゃぐつもりやねん、なんだけど。
さて。どんな音に変身するかは、みんなの自由。
スキルがなくても、最初に念じることで、演奏支援モードが働く。
変身例は様々。
雅楽の筝(そう)、琵琶、楽太鼓(がくだいこ)、笙(しょう)……、チェロもいる。
熱狂ライブを文字通り、バンドと一緒につくりあげる。
ライブの終わり方も好き。
ボーカルの「みんな、ありがとう。また会おうぜ!」の「ぜ!」に合わせて、ベース・ギター・ドラムが一斉にドン! と鳴らす。
そのドン! に合わせて、オーディエンスが、全客席にドン! と姿を現す。
その光景!
その時のみんなの、なんと強く晴々とした笑顔。
もちろん、私もそう見られているはず。
これだけで満足。
だけれどここに、ちょっとした秘密まで加わる。
まず。
オーディエンスの姿を、演奏で音楽に変えてしまうバンド、神。
音楽になったドーム中のオーディエンス。全員を、イヤモニ一個片耳に、音振動センサーでロックオンしていくスタッフDJ、神。
スパコンを駆使し、音一人漏らさず、特殊なノイズキャンセリングを施してくれる。
ところで。人がふだん抱えている心と体の乱調は、その人が音楽になっても性質が引き継がれる。
そして、その音楽の乱調部分を、特殊なノイズキャンセリングで、ストレスフリーに変換。
ストレスフリーとは、分かりやすくいうと、健康な状態ということ。
つまり、姿が音楽から体に戻った時の、
みんなの強い晴々しさには、心と体にこんなからくりが秘められている。

ところで。
最近の尾崎先輩は、元気がない。
先輩は四年生。
就活成功への執着に、つかれているのだと思う。
元の明るい先輩に戻ってほしい。
それには、やっぱ。神が降臨するこのライブでしょ!

あらゆる手を使い、強引にライブ会場に連れてきた。
次のツアーを待っていられないので、遠征した。
そして、今。全セットリストが終わる。
姿が体に戻った会場中のオーディエンス。
みんなが、強く晴々とした笑顔。
その中、先輩一人だけが、曇った顔。
え。無頓着な先輩、効果にまで無頓着!?
やだ。
(強引なことしたのに。嫌われたくない!)
先輩が髪の毛をくしゃくしゃと掻く。
これは、私に気持ちを隠す時にする癖。
主にネガティブな時、する。
思わず私は、天を仰ぐ。
すると先輩。拳を握る右手の親指を上げた。
「親指の甘皮のささくれ、治った」
(どこ良くなってんねん!)

肩から力が抜けた。
けれどこんなんじゃ、先輩の先輩らしくないところを、とことん心配した自分がバカみたい。
強引な手を使う時、どれだけ心を痛めたことか。この人、分かってない。
ほら。今頃になって、無邪気な笑顔を見せたりして。しょうがない人。
ささくれだって?
……もう!
しかたないな。
よかったね、とでも言ってあげるか。













私にも……





















初ライブデート

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