断髪小説 夏の島

中学3年生の夏。
病気がちな弟が入院して、夏休みの間お母さんの実家で過ごすことになった。
お母さんの実家は離島にあって、今は漁業をしながら民宿を営んでいる。
おじいちゃんもいるから、お正月にはよくおじゃましていたけど、夏は民宿が忙しいから泊まりに行くことはほとんどなかった。
島の生活は、受験のプレッシャーを感じ始めていた私にとって悪いことではなかった。学校の登校日や塾もオンラインで対応してくれるし、民宿の手伝いをしたり、いとこたちと海で遊んだりもできて楽しい日々を過ごしている。

おじさんの家にはいとこが3人いる。
高1の女の子のジュンちゃん、中2のカンタ、小学校2年のシュンタだ。
ジュンちゃんは島の外の高校に通っていて寮に入っているので、夏休みの前半は男の子たちといっしょに過ごしていた。

そこでカンタの先輩で私と同い年のミツオという男の子に出会った。
ミツオは小さい時から何をするにもカンタといっしょで、今も毎日のように海で遊んでいるので、自然と一緒に遊ぶようになった。
昨日、野球部のキャプテンもしているミツオから「来週が最後の大会だから絶対に応援に来てよ」と言われてドキドキした。
出会って10日も経たないけど、どうやらミツオに恋をしたみたいだ。
夏休みなんてあっという間だから、私はミツオに思いを打ち明けたいとちょっと焦っている。

週末は島のお祭りで花火も打ち上がる。
お祭りに合わせてジュンちゃんが島に戻ってきた。
「リサも大変だねー。浴衣は持ってきてる?花火大会楽しもうね」
活発な性格のジュンちゃん。家族が揃っておじさんの家はいっそうにぎやかになった。

次の日、朝ご飯を食べているとおばさんが「ジュンも帰ってきたし、今日の夜はみんなでバーベキュー大会をやるよ」と私たちに言った。
姉弟は「おーっしゃ」と大喜びだ。
バーベキュー大会は近所の人や宿泊するお客さんもいっしょに毎年盛大にやるようだ。

「その前に今日はみんなの散髪をするからね」
バーベキュー大会の前の散髪もこの家ではどうやら恒例で、姉弟たちは特に嫌がることなく「はーい」と返事をしている。
「カンタ。部活は昼からだろう。ミッちゃんの頭もいっしょに刈ってあげるから電話しておいて」とおばさんはカンタに話している。

へーミツオも来るのかー。
ちょっとうれしくなる。

で、おばさんが急に私に
「リサちゃんも髪いっしょに切ろうね」と言ってきた。
「えっ私も?」予想もしていなかったので思わず聞き返す。
「そうよ。夏休みずっといるんだし、この島の子はみんなショートでしょ。暑いから一緒に切ってあげる」
確かにこの島の小中学生は男女問わず髪が短い子が多い。
かと言って私は島の子じゃないし、嫌だなぁと思っていると

ジュンちゃんも「髪切っちゃいなよ。泳ぐとき楽だよ〜」と言ってくるし、カンタもシュンタも「お姉ちゃんも一緒に髪切ろう」とノリノリで誘ってきた。
結局私はみんなの勢いの中で断れなくなり「わかりました」と返事をしてしまう。

「それじゃ、9時になったら全員水着に着替えて駐車場に集合!」

(えっ水着?)
またまたびっくりした。
するとジュンちゃんが
「散髪したらそのまま海に入って泳いで髪を洗うんだよ」と教えてくれた。ワイルドな一家だなぁと思う。

9時になった。
3姉弟といっしょに水着に着替えて道路に面した駐車場に行くと、おばさんがアスファルト敷の駐車場に古いパイプ椅子を置いて待っていた。
道路を越えるとすぐそこは海水浴場だ。もうたくさんの人が海で泳いでいる。
こんなにみんなが見えるところで散髪するの?と驚いていると、早速おばさんが

「じゃあ、女の子から切ってくよ。最初はジュンから」とジュンちゃんを呼んだ。
「はーい」
ジュンちゃんは前髪をとめていたヘアピンを抜くとさっさと椅子に腰掛けた。水着になるとジュンちゃんは顔と腕と太もも以外は真っ白だった。
「部活ばっかりやってると日焼けが変になっちゃうんだよね。髪を切ったら肌を焼くぞ〜」と張り切っている。

「5月から切ってないから髪がだいぶ伸びてるね。いつもどおりでやるよ」
おばさんはそういうとジュンちゃんの首にバスタオルを巻いて霧吹きで頭を濡らした。
どうせすぐに海に入るからなのか、このまま髪を切るみたい。実に豪快だ。

おばさんはジュンちゃんの髪を櫛で整えると、目にかかるくらいまで伸びていた厚ぼったい前髪を眉上でいきなりチョキチョキと切り、サイドの髪も同じ高さでサクリサクリと切りすすめて後ろに繋げていった。

(うわぁすごく短い…)
極め付けにサイドとバックの頭はバリカンで刈り上げている。
日に焼けた首筋と対象的に白い肌が浮かび上がっる。
マッシュルームカットというよりも、マンガに出てくるようなキノコヘアに仕上げられたジュンちゃん。
高校生だし、もっとおしゃれな髪型に憧れないのかなと思うけど、全然気にしてないみたいで、「あースッキリした」とあっけらかんと鏡を持ってきて自分の姿を確認している。

「じゃあ、次はリサちゃんの番だよ」
おばさんは私を呼んだ。
ジュンちゃんが「早くここに座って」と、さっきまで座っていた椅子に案内する。
仕方なく椅子に腰掛けると、おばさんはさっきまでジュンちゃんに使っていたバスタオルをバサバサ叩いて私の首に巻いた。

(あんまり短くされたくないなぁ…)
ジュンちゃんの髪型を見て心配していると、おばさんは
「他の髪型はうまくカットできる自信がないし、ジュンと同じ髪型にするけどいい?」
と聞いてきた。
「は、はい…」
嫌だけど雰囲気的には従うしかなかった。
「まぁ、気に入らなかったら街に帰って整えればいいからねぇ」
おばさんはそう言うけど、ジュンちゃんみたいな髪型にされたら、整えるといってももっと短くなるからしばらく伸びるのを待つしかない。

髪が濡らされた。
鎖骨あたりくらいまで伸びている髪。前髪も鼻の下あたりまで伸びている。
おばさんが左右にわけていたトップの髪をかなり前に持ってきてとかしたので、長い髪が顔全体を覆った。この前髪もあと数分の命。

3姉弟は私のカットのギャラリー。みんな近くに寄ってきた。シュンタが「お姉ちゃんオバケみたい」とからかってきた。

濡れた前髪が真夏の太陽の光を吸収して、ぬるくなり顔にまとわりついてきた。
おばさんは「それじゃ切っていくわよ」とうれしそうだ。まるでクリスマスケーキにナイフを入れるみたいに喜んでいる。

髪をつまみ上げることなく、眉より上にハサミを近づけ、私の前髪を…

ジャキ、ジャキ、ジャキ…って

鈍い音と共に目の前にかかっていた髪のカーテンが切って落とされ、左目の前だけ視界が急に開けた。

「うわ。すごーい」

姉弟も大興奮で私の望まない断髪を見て喜んでいる。
おばさんは顔を近づけながら、右半分の前髪も一気に切り進めた。
長かった前髪が太ももにバサバサと落ちた。

ジュンちゃんが「かわいいよ」と笑いながら鏡を渡してきた。
恐る恐る覗くと、眉上で横一直線に前髪が切られ、幼稚園児のような髪型になっている。

(あぁこりゃひどい…)
そう思っていると、おばさんが
「ちょっと前髪が斜めになったわね。もう一回切るわ」
と、言いながら再び前髪を切ったのでさらに短くなってしまった。

もちろん散髪がこれで終わるわけがない。
今度は短くした前髪に高さを合わせながら右のこめかみあたりからサイドの髪にハサミが入った。
普通ショートにするなら下から刈り上げたり、せめて耳のあたりで粗切りをするけど、おばさんは何を考えているのか、いきなりサイドの髪を短く一直線に切ってきたのだ。

(いや。信じられない。ウソでしょー)
ジョキリ、ジョキリ、ジョキリ…とさっきより重たい音が耳の上の骨に響き、ハサミの背中が皮膚に当たる感触がする。

こんな位置で髪を切られて本当に大丈夫なのかと不安になる中で、おばさんは左サイドの髪も窮屈そうにハサミを逆手にしながらこめかみからサイドに向けて切っていく。
そして耳の後ろあたりを切っているとき、おばさんが
「あっ」と声をあげた。
びっくりして「大丈夫ですか」と聞くと
「うん。大丈夫だよ。たぶん」と返事をしたけど、きっと何かミスをしたんだ。もう心配でたまらない。

それからおばさんは何度も左右の髪の高さを確かめながら調整して髪を切っていった。
「調整」といっても散髪で髪が長くなることはない。
ハサミのあたる位置はちょっとづつ上になり、短くされていった。

そして…
ドキドキしながらじっと髪を切られていると、ミツオが水着姿で部活用のリュックを背負いながら「こんにちはー。おばちゃんよろしくお願いしまーす」とやってきた。

(えーなんでこんなタイミングで来ちゃうのー)

恥ずかしくて逃げ出したい気持ちだが、こんな格好ではどうしようもない。
おばさんはハサミを止めて「あらミッちゃん。今順番に髪を切ってるところだからここで待ってて」とミツオに話しかけている。

「ジュンちゃんも髪切ってるのか?」とミツオは私を見て声をかけてきた。

(こんな姿見られたくないよー)

中途半端な髪型の姿を見られて私は恥ずかしくてたまらない。
「うん」と頷くのが精いっぱいだ。

ミツオまで私の変身を見届けるギャラリーに加わり散髪が再開した。
ミツオはジュンちゃんやカンタたちとしゃべっているが、私の散髪の様子が気になっているみたいだ。チラチラと私を見てくるので、しょっちゅう目が合ってしまう。
本当に恥ずかしい…。
おばさんのハサミは後頭部に達したようだ。
後ろ頭の出っ張りの上にハサミがあたる感触がした。
本当に私の髪大丈夫なの?もう不安しかない。

おばさんがフーと息をつきながらハサミを止めた。
「すごーい」
「絶対頭軽くなったでしょ」
姉弟たちは私の断髪を見て、口々に声をかけてきた。シュンタにいたっては落ちている髪を拾い上げて
「お姉ちゃん後ろの髪、こんなに切られちゃってるよ」
と私に持たせてきた。
悪気はないだろうけど、恥ずかしいし、本当は髪を切りたくなかったんだからやめてほしいのに…と思う。


「長さはこんな感じだけどいいかな」
おばさんはエプロンの大きなポケットにハサミをしまって、首にかけているタオルで私の顔を拭いて、鏡を見せてくれた。
トップの髪が前髪から後ろまでやや後ろ下がり気味で一直線に切りそろえられている。
しかし、それより下の部分のもみあげや首筋にはまだ長い髪が残っていて耳をうっすら覆っている。

まるでクラゲのできそこないみたいな変な頭だ。
(これ、もう本当にどうしようもないなぁ…)
今さらこの髪型嫌ですと言ってみても修正はきかないと思う。
私もジュンちゃんのようなキノコ頭になるしか道はない。

「ここより下の毛は全部刈り上げちゃうから動かないでね」
そう言うとおばさんはエプロンの別のポケットから青いアタッチメントがついたバリカンを取り出してスイッチを入れた。
ジーというモーターの音が響く。

おばさんは私のサイドの髪を持ち上げ
「このあたりまでかな」とつぶやきながら、もみあげから上へと一気に刈り上げた。
耳元でジャリジャリジャリ…とすごい音がして、タオルに髪が落ちていった。
「動いちゃダメよ」
おばさんは私の頭を押さえ、上の髪をめくり上げながら何度も耳の周りの髪を刈りあげた。
耳の周りにバリカンがあたるとくすぐったいし、髪の毛が耳の穴の近くにくっついてムズムズする。

ミツオはおしゃべりをやめて私をずっと見つめている。
(もう本当に恥ずかしいから見ないで…。)私は心の中で繰り返す。

右側、左側、後頭部の順におばさんは私の頭を刈り上げていく。
どんどん髪の当たる感触が耳の周りや首筋からなくなり、刈り上げられた部分の地肌に太陽の熱が当たってくる感じがする。

バリカンのスイッチが切られた。
おばさんは再度ハサミを手にして、こめかみから耳の周り、首筋のキワの部分をチョキチョキと切り揃えていく。

そして「くすぐったいけど動いちゃダメだよ」と、バリカンのアタッチメントを外してキワ剃りをし始めた。首をすくめながらくすぐったいのを必死で我慢していると
「よし。これでいいかな」とおばさんの手がようやく止まり「お疲れさま」と言う言葉とともにバスタオルが外された。

「おー似合うじゃん」
「お姉ちゃん男の子みたい」
「リサちゃんもキノコヘアだー」
姉弟は口々に笑いながら感想を述べてくる。

再びジュンちゃんから鏡を貸してもらう。イヤな予感は的中した。
(うわぁ…やっちゃたな)
さっきのクラゲみたいな変な髪型から長い髪がなくなり、お椀を被せたような極端な刈り上げ頭にされている。
この髪型、似合っているかどうかは別としてシンプルにダサい。目のあたりにも頬にも髪がかからないから、顔の輪郭が丸出しだ。
ジュンちゃんと同じ髪型なのに面長の顔のせいかもしれないが、私の方が高い位置まで刈り上げられている気がする。
横顔を鏡で映した。
耳の上まで地肌が透けて見えるほどガッツリ一直線に刈り上げられている。
もみあげは真っ直ぐ切られてしまっていて男の子みたいな仕上がりだ。
後ろの方はあまり見えないからよくわからない。だけど横に置いた手のひらの大部分が刈り上げ部分に触れるくらいだからかなり上まで刈られていると思う。

膝や太ももに溜まっている髪をアスファルトに払い落として椅子から立ち上がった。
周りには、ジュンちゃんの髪といっしょになって私の長い髪がたくさん落ちている。
特別に長く伸ばしていたわけじゃなかったけど、それでもこんなに切られちゃうと寂しい気分になる。

おばさんが「女の子2人はこれで終わったから先に海に行っといで」と私たちに声をかけた。
ジュンちゃんが「リサちゃん早く行こう!」と私の手を引っ張る。
ミツオとふと目が合った。ミツオはニコッと笑い返してきた。

(あぁ…笑われちゃった。こんなカッコ悪い髪型じゃフラれちゃうな…)

そう思いながらジュンちゃんと2人で海に入った。
私たちは海に入ると泳ぎながら髪を掻きむしって髪を洗い落とす。
海から顔を出しても今までのように髪がベチャっと顔に張り付くこともない。
目や耳のかなり上にしか髪がないから…。
「その頭、楽でしょー」
ジュンちゃんが言うようにこの髪型は泳ぐ時は本当に楽だ。

ただこのカッコ悪い髪型のせいでミツオに嫌われたらどうしようと思っていると、
「オーイ」と言いながら五厘刈りになったミツオたちが海の中に入ってきた。
「この頭変かな?」とミツオが私に近づいて先に聞いてきた。
「おばちゃん試合の前になるといつも五厘刈りにするからモテないんだよなー」
そう私にボヤいた。
ミツオは坊主頭でもカッコいい。だから私は「全然変じゃないし、カッコいいよ」と素直に褒めてあげた。

そして…
「私の方こそ変じゃない?この髪型」と、ドキドキしながらミツオに聞いた。
ミツオは「どうだろう。ロングヘアも似合ってたけど、その髪型でもかわいいよ」と言ってくれた。
ああ、よかった。私はミツオに「ありがとう」とお礼を言った。

「ちょっと触っていい」
ミツオは私の刈り上げた後頭部を興味深げに触ってきた。
「髪、乾かすの楽になると思うよ」と、ミツオがそう言って笑うので、私もつられて笑ってしまった。

花火大会の夜。
私は浴衣を着てみんなと港に花火を見に行った。
いつもなら髪型をどうしようかと迷うけど、この髪型ではなすすべもない。
途中でミツオと2人きりになったとき、私は勇気を出して思いを打ち明けた。
結果、私たちは見事に両想いに。五厘刈りとキノコ頭のカップルが誕生した。

ミツオは高校からは島から出て親戚のおじさんのところに下宿するらしい。
「オレと一緒か近くの高校にしよう」と誘われた。
ミツオが目指す高校は自宅からも通える場所だけど、けっこうレベルが高い学校だから頑張らなくちゃいけない。
部活が終わったら、夏休みの残りは2人でいっしょに勉強しようと言ってくれた。
夏休みはまだこれからだ。

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