断髪小説 運動会

運動会の季節ですね。
運動会が近づく頃、髪を短く切ってきた友だちがいました。
本人は嫌がっても、親が「みんなが見に来るからちゃんとしなさい」とかなり強引に散髪されたみたいです。
短く切った髪が恥ずかしくて、赤白帽で必死に隠していたあの子。
そんなことを思い出しながら書きました。

小学6年生になった私は背が高く運動神経もいい。だから男子に「ヒナタは男みたい」なんてしょっちゅういじられる。
すごく嫌だから、高学年になってからは服装もかわいいものにこだわり、髪も長く伸ばして女の子らしさをアピールしていた。

私が通っている小学校は小さくて1学年に30人ほどしかいない。
運動会は、昔から一大イベントで、村中の人が弁当を持ってグランドを囲み賑やかに応援をする。昼休みには大人たちが全員で綱引きや玉入れをするのも恒例だ。

運動会の最後を締め括るのは5、6年生全員が4チームに分かれて競うリレー。
私は男子たちを退けて人数が足りないチームの第一走者とアンカーを兼ねて走ることになった。
毎年1人か2人しかいない花形選手。家族に伝えると、みんなも喜んでくれて「みんなで応援に行くからがんばれよ」と言ってくれた。

運動会ではフォークダンスがある。憧れのシゲルと踊るのがすごく楽しみだ。
体操服だけど女子は授業で作った花飾りを頭に付けることになっている。
だから髪型くらいはかわいくしたいな。走るのに邪魔にならないように、運動会の日はお母さんにかわいく編み込んでもらおうと考えていた。

土曜日の朝
お母さんが「ヒナタ。明日のお弁当のおかずと靴を買ってあげるから付いてきて」と、買い物に誘われた。
お母さんが運転するミニバンに乗りショッピングモールについていく。

ショッピングモールには大きい駐車場がある。お母さんが停める場所はいつも食料品売り場に近いところなのに今日は違う場所に車を停めようとしている。

「あれ。なんでいつもの場所に停めないないの?」不思議に思ってお母さんに聞くと、
「明日は運動会だからヒナタの髪を切ってもらおうと思って美容院予約したの」
と、お母さんは言った。

「えー聞いてないし、イヤだよー」と口答えすると

「そう言うと思って黙ってたのよ。明日はたくさん人が見に来るんだから、だらしない髪をしてると親が恥ずかしいのよ。中学になったら部活に入って髪を短くするんだから、もう今のうちに慣れときなさい」と手厳しい。

お母さんは普段は優しいけど、怒ると怖いし、一度決めたことは絶対に覆さない。
下手に怒らせたらどうなるかわかったもんじゃないから、あきらめて「わかった」と返事をした。

いつもと違う入り口から店に入るとすぐのところに美容院がある。私はいつもお母さんに髪を切ってもらっているけど、年に一度くらいここでカットをしている。お店にはお母さんの幼馴染の美容師のおばさんがいて「いらっしゃい」とあいさつをされた。

おばさんは
「ヒナタちゃん足が速いんだってね。私もお昼から交替で観に行けるから応援するわ」と話しかけてくる。どうやらお母さんから話は聞いてるみたいだ。
すぐ椅子に案内をされると、おばさんは私の薄紫のカチューシャを外して鏡の前に置いてくれた。
そしてシャンプー用のケープを首に巻きながら「さて、今日はどのくらい切ればいいのかな?」と私に聞いてきた。

ちょっと困って後ろに立っているお母さんをじっと見る。
胸のちょっと上まで伸ばした髪をどこまで切らなきゃいけないのだろう…。
なんだかすごく嫌な予感がする

お母さんは
「あと半年もすれば中学生だし、思い切り短くしてほしいの」とオーダーした。

おばさんは「思い切り短くってどのくらい?」と続けて聞いた。
(せめて肩につかないくらいのボブだよね。いきなり短くするのはイヤだよ…)
私は祈るような気持ちで答えを待つ。

でも
「耳が全部出るぐらい短く刈り上げてもらって、前髪も邪魔にならないようにおでこの真ん中辺りまで切ってほしいの。トップもそれに合わせて短く切ってくれていいわ」とお母さんは言った。イヤだよ。と言いたいんだけど、言い出せない。

「すごく短くなるけど大丈夫?」とおばさんは私の前髪を櫛で持ち上げ、切る位置を探すように髪を指で摘みながら聞いている。
お母さんは「いいのよ。もう大きくなったんだし。いつまでもお人形さんみたいに髪を長く伸ばして遊んでるのもよくないわ」とピシャっと言い切った

おばさんは私にも「本当にいいの?」と一応聞いてきた。
「イヤです」と言いたいけど、お母さんは言い出すと聞かない…。
うつむきながら仕方なく「はい」と返事をした。

「じゃあ、お弁当の材料を買ったら戻ってお支払いするからよろしくお願いするわね。散髪が終わったら靴を買いに行こうね」と言い残し、お母さんはさっさと出て行った。

おばさんは少し呆れながら「先に頭流すね」と話しかけてきた。
軽くシャンプーをしてもらう。ジャブジャブと髪をゆすぐように洗ってもらうけど、この髪とお別れしなきゃいけないんだなと思うと寂しくなった。
再び椅子に座ると首にケープが巻かれて、軽く髪が乾かされ、カットの道具がおばさんの横に準備されて、いよいよ散髪が始まる。

こめかみより高い位置の髪が次々とブロッキングされていく。

「きれいに伸ばしてきたからもったいないだろうけど、バッサリ切っちゃうわね」おばさんはそういうと、櫛で髪を持ち上げバリカンのスイッチを入れた。

ブーン

家で弟が散髪されているから、バリカンを使うと髪がどうなるかはわかっている。
まさか私がバリカンで髪を切られるなんて…。怖くて思わず首をすくめてしまった。

すると、おばさんが一旦スイッチを切って私に
「大丈夫よ。ちょっとくすぐったいかもしれないけど、そんなに短くしないから」
と話しかけてきた。
私は「すみません」と返事をして姿勢を整える。

おばさんはスイッチを入れ直し、もう一度私の髪を櫛で持ち上げながら、もみあげにバリカンを潜り込ませた。

ザリザリザリ…という音とともに長い髪が頭からパサパサと剥がれ落ちた。
続けざまにどんどんサイドの髪を刈り落とされて、あっという間に耳の周りから髪がなくなった。
驚いている暇もなく、反対側の髪も同じように刈り落とされ、サイドだけ男子みたいに短くなってしまった。
「短くしないから」とおばさんは言ったけど、凄く短いじゃないかー。

さらにおばさんは後ろに回り込み「少しだけ頭下げて」というと、ブーンとうなじから後ろ頭を刈り上げ始めた。
バサバサと濡れた長い髪が床に落ちて首の周りから髪がすっかり無くなってしまった。

バリカンのスイッチが切られた。
心配そうな顔をしているからなのか、ここでおばさんが丸い大きな鏡を持ってきて後ろ頭を見せてくれた。
上の方にはまだ長い髪が束ねられて残っているけど、うなじからだいぶ上の方まで短く刈り上げられて、耳の裏が丸見えになっている。
「地肌が見えないくらいの長さは残して刈り上げているから大丈夫だよ」と声をかけられたけど、こんなに短くて何が大丈夫なのか意味がわからない。

もちろんこれで終わりじゃない。
ブロッキングされていた髪がほどかれて、本格的なカットが始まる。
ダラリと再び長い髪がおろされ、一瞬今までのように背中に髪が届いたけど、あっという間にそれはジョキジョキ…と首筋で切り落とされ、さらにバサバサと刈り上げたあたりまで短く切られていく。
前髪もお母さんが命じたようにおでこの真ん中あたりでカットされ、サイドの髪も同じように粗切りをされた後、耳のかなり上の位置で切り揃えられて、坊ちゃん刈りのような感じになっていく。

(こんな髪型嫌だよー)

逃げ出したい気分になってきたが、どうすることもできない。
散髪はまだ終わらない。
「これじゃあちょっと重たくてカッコ悪いから、トップもすきながら短くしていくね」
おばさんはそういうと、頭の上に残っている髪をどんどん短く切り始めた。

チョキチョキ…チョキチョキ…
ザクザク…ザクザク…

ハサミとすきバサミを使い分けながら、お椀のように残っていたトップの髪がどんどん切られていく。
長い髪の頃の名残りで天使の輪ができるくらい整っていた髪も芝生のように立ち上がるくらい短く切られていく。鏡の前に置いてもらったお気に入りのカチューシャもこんなに短くされたら使えない。

前髪もすきバサミで切られて、ひょっこり浮き上がり、今までの私に見えないほど姿が変えられ、野球やサッカーをやってる男の子みたいになった。

「うーん。だいたいこんな感じでいいかなぁ?ヒナタちゃんどう?」と私に確認してきた。もうどうしようもないくらい短くされちゃってるし、これ以上短くされなければどうだっていいと思っている。
だから「これでいいです」と言ってさっさと終わってもらおうと思った。

でもケープが外してもらったその時…。

「ヒナタ。さっぱりしたじゃん」

お母さんが買い物から帰ってきた。
おばさんが「今、ちょうどカットが終わったところよ。どう?」と聞いている。

だけど不満そうにお母さんは
「お正月まで散髪しなくていいように、耳の周りとかもう少し短くしてよ」と言った。

(もうこれ以上短くなるのはイヤだよ)

おばさんも「これ以上短く刈り上げたら地肌が見えて青白くなっちゃうよ。大丈夫?」と聞いている。

(そうよ。これ以上短くしちゃうと男子より短いよ)私はお母さんの心変わりを願う。

でも…

「いいのいいの。運動会終わったら今度はすぐミニバスの大会なんだし」
お母さんはいっさいブレない。

「じゃあ横と後ろだけもう少しだけ短くするね」と、おばさんは私に話しかけると再びケープが巻かれてバリカンでサイドと後ろがさらに短くジョリジョリ刈り上げられた。

「これでいいわよね」と、おばさんは髪を払い落としてケープをとって、鏡で後ろを見せてくれた。

「うわぁ…短すぎるよー」ため息混じりに声が出る。

後ろ頭はさっき見た時よりもっと短くて下半分くらいは坊主のようになっている。
耳の周りも同じように青白く地肌が見えていて全然かわいくない。
お母さんがもう少し買い物に時間がかかっているか、おばさんがもう少し早くカットをしてくれれば、ここまで短くされなかったのにと思うとすごく悔しい。
最後に頭を洗って軽くセットをしてもらい、美容院を出た。

大勢の人が行き交うショッピングモール。知っている人もいるかもしれない。
スポーツ刈りのような髪型にワンピースと薄いピンクのカーディガンという服装で歩くのは絶対に変だし恥ずかしい。
私をジロジロ見てくる人もいる。せめて髪を切られるなら先に言って欲しかった。
靴を買ってもらい、ハンバーガーショップに連れて行ってもらう途中で同級生のマドカのママたちに会ってしまった。

「あらヒナタちゃん。髪、随分短く切っちゃったねー?」とマドカちゃんのママはびっくりして話しかけてきた。もう恥ずかしくてたまらない。
お母さんは「運動会もミニバスの大会もあるから気合い入れなきゃって髪切ったのよー。もうすぐ中学になるんだから、マドカちゃんも髪切ったら?」と話している。
たまらず私は「もう。そんなこと言っちゃダメでしょ」と反抗した。
(ちなみに、ミニバスの大会の前にマドカちゃんもショートカットになっていた。お母さんのせいで申し訳ないと思った。)
それからは、誰にも会わずに一刻も早く店から出たいという思いでいっぱいだった。

家に帰ると弟が「お姉ちゃんが男になった」と笑いながらからかってきた。
私はガマンできずに泣きながら「私だってこんな髪型にされたくなかったんだよ」と思いっきり弟を蹴り上げて大げんかになった。
弟は私と喧嘩する時はいつも髪を引っ張るので苦戦したけど、もう引っ張られるほど長い髪はない。一方的に弟をとっちめていると、お母さんは「お前もこれから散髪するから、外に出ておいで」と弟を庭に連れ出し、青光りするくらい短い坊主にした。
弟は私より泣いていたが、正直、道連れができてザマァ見ろという気持ちになった。

部屋に戻って、鏡を見ながら何とかかわいい髪型にならないか頑張ってみたけど、こんなに短くてはやっぱりどうしようもない。たくさん持っていたヘアゴムやカチューシャやバレッタも要らなくなったし、洋服だってジャージくらいしかこの髪型に合うものがない。
フォークダンスで髪につける花飾りもこんな短い髪じゃくっつかないし、似合わない。どうしようかと不安になってしまった。

運動会当日。
一晩で髪が伸びたらいいのにって神様にお願いしたけど、そんなこと叶うわけがない。
顔を洗う時に寝癖のついた全然似合わない短い髪を櫛で直していると、あれだけ楽しみだった運動会に行くのが嫌でたまらなくなった。

学校に行くとやっぱりみんなは私を見て「どうしたの」「気合い入ってるね」「ヒナタ本当に男子みたい」と、話しかけてきたり、いじってきたりした。好きで髪を切ったわけじゃないのに…。

男子よりも短い髪型でフォークダンスを踊るのはとても恥ずかしかった。
うまくくっつかない花飾りは、お母さんがカチューシャにくっつけてくれたけど、こんな短くなった髪にカチューシャをつけるのはカッコ悪い。
他の女子でこんな短い髪の子はいないし、男子より背が高いから髪飾りがないとどっちが男子かわからない。憧れのシゲルくんと手を繋いでも髪が気になって仕方なかった。

でも、みんなの期待通り最後のリレーでは大活躍した。アンカーで走った私は男子を追い抜き、1位でゴールテープを切った。
お父さんもお母さんもビデオを撮りながら大喜びだ。
ただ、短い髪型の私の姿はいつまでもビデオに残ることになったのだった。

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