断髪小説 夏休み パターン① (20世紀の情景)

学校の夏休みも折り返しですね。
30年くらい前
夏休みの朝といえば朝のラジオ体操とプールでした。
そして「暑いんだから髪を短くしなさい」「プールで邪魔だから髪を切りなさい」って言われた思い出があります。
今日はそんなお話。

🎵〜 
大きなラジカセのスピーカーから賑やかな音楽が消えた
「はい。みんなよく頑張りました。では一年生から一列に並んでくださーい」
町内会の会長が、集まっている子どもたちに声をかけた。

あっという間に楽しい夏休みも折り返し。朝のラジオ体操は今日で終わりだ。
これで早起きをしなきゃいけない日々が終わる。
うれしいな。明日から朝寝坊できるぞー。

首にかけたカードにハンコを押してもらいママたちから参加賞の文房具セットを受け取る。
今朝は賞品を配るためにうちのママもラジオ体操に来ている。
ママたちはおしゃべりが好きだ。
賞品を配り終えた後も片付けをしながらペチャクチャとおしゃべりを続けている。
私たちはしばらくママたちのおしゃべりが終わるのを待つしかない。
やっと片付けが終わりママたちがこっちにやってきた。

「お待たせ」
一応私たちに謝るけれど反省は感じない。
身体も動かしたし、汗もかいている私たちにヒカルのママが
「暑いわねー。だけど今日もプールがあるでしょ。子どもが羨ましいわー」と声をかけてきた。

活発なヒカルはともかく、私は水泳が得意じゃないし、家で涼んでゲームをしている方が好きだ。
だけど一応「そうですね」と返事をする。
6年生になるとそれくらいの愛想は身につけているのだ。

おばさんは横にいたヒカルに向かって「ヒカル。今日こそご飯食べたら散髪するからね」と声をかける

「えーイヤだ。」
「何言ってるの。こんなに暑いのに。」
ヒカルは少し厳しい口調でおばさんに言われている。

ヒカルはきょうだいも多くていつも家で散髪をしている。
髪型はショートというか、ヘルメットをかぶったような坊ちゃん刈りだ。
正直ヒカルの髪型はダサいと思われるかもしれないけど、田舎では珍しくない。
家で散髪をしている子は他にもたくさんいて同じような髪型の子もいる。
むしろ私みたいに髪を肩の下まで長く伸ばしている子の方が少なかったかもしれない。
プールがある夏は特にそうだ。

かわいそうだなと思っていると、おばさんが突然私に
「そうだアイちゃんも散髪してあげようか?」と言ってきた。
「えっ」胸がドキっとした。
「今も汗いっぱいかいてるし、プールの時、髪が長いと乾かすのもめんどくさいでしょ。一緒に切ってあげるわよ。」
「そんな…いや。い、いいです」
ヒカルみたいな髪型になるのは本気でイヤだ。
「あら、どうして。さっぱりするわよー」
おばさんはしつこく私に言い寄ってくる。
私はママに「断って!」とお願いするように目配せをした。

だけどママは
「あら。本当に切ってくれるの?助かるわー。中学に行ったらショートにしなきゃいけないのに、この子いつまでも髪伸ばしたままで困ってたの。お願いできる?」

ガーーーン

なんでよー。ママなんて大嫌い!
ママたちはまたぺちゃくちゃおしゃべりを始めた。
どうやら断ってもらえるような雰囲気はない。ヒカルが「アイちゃん本当にいいの?」と申し訳なさそうに聞いてきた。
「イヤに決まってるじゃん!」と思わず八つ当たりをしてしまった。
「プールの前に切ってあげるから9時になったら準備してウチにおいで。」とヒカルのママが私たちに言った。

最悪だよ…。

家に帰って朝ごはんを食べた。
いつもは美味しく食べられるジャムをつけた食パンが全然美味しく感じない。
(髪が切られるまであと1時間…)
時計を見るたびに胸がドキドキして落ち着かない。
いつものように髪を三つ編みにしようと鏡台の前で取り掛かり始めたら、ママがやってきた。

「今から散髪するんでしょ。三つ編みなんかにしてたら解くのに手間がかかるから、今日は後ろで束ねるだけにしときなさい」って言われた。

長い髪との名残りを惜しむつもりだったのになぁ。
こんなになるならラジオ体操の前にちゃんと三つ編みにして行けばよかった。
だらしなくしてなかったら「散髪しなさい」って言われなかったかもしれない。

やがて時計は9時をまわった。
ママが「いつまでグズグズしてるの。約束したんだから早く行きなさい」と怒った。
私は仕方なくワンピースの下に水着をきて、プールバックを持って家を出た。
ミーンミーン
家の前でセミが鳴いている。
黄色い校帽を被って、ママと一緒にヒカルの家に向かう。
ああ。なんでママがついてくるんだろうって思う。
一人なら途中で道草したりして、逃げられるかもと考えていたけど無理だ。

途中、同級生のリクのママが庭先を掃いていた。
一応あいさつをしたら
「あれ?今日って6年生のプールは10時半からじゃなかったかしら。早くない?」と不思議そうな感じで声をかけてきた。

困っていると、横からママが
「そうよ。だけどプールに行く前にアイの髪をヒカルちゃんの家で切ってもらうの」と嬉しそうに話をしている。
リクのママは私を見ながら「あらぁ。アイちゃんもいよいよ髪切っちゃうんだー。もったいないねぇ。きれいな髪なのに」
私は「はい…」としか答えられない。
だって本当に切りたくないから。

私の家と学校の中間くらいの位置にヒカルの家はある。
家の前の大きな畑付きの庭では、ちょうどヒカルの散髪が終わろうとしているところだった。
ヒカルの髪はもうヘルメットのように切り揃えられていて、タオルを首に巻かれて耳の周りや首筋の後れ毛を剃られている。
たぶん、弟たちが先に散髪してプールに出かけたんだろう。
地面には短い髪もたくさん散らばっている。

「あらママもついて来たのねー。すぐヒカルの散髪終わるから麦茶を飲んで待ってて」
ヒカルは少し申し訳なさそうに私を見たけど、どうしていいかわからない。

縁側には散髪道具といっしょに麦茶とコップが置いてあった。
ママは勝手知ったように麦茶を注いで、私に飲むように渡してきた。
だけどもうすぐ髪をあんなふうに切られると思うと緊張して飲めない。
コップを手に持ったまま、私はヒカルの様子を見ていた。

「これでヨシ!」

タオルが取られて、椅子からヒカルが立ち上がる。
伸びかけの髪が再び耳上にまで切られて、青白い刈り上げ頭が出現している。
髪を切られたのが辛かったのか、それとも私が怒っているのが悲しかったのか。
ヒカルは散髪が終わると一目散に家の中へと入って行く。
なぜか胸がキュッとした。

ヒカルのママはタオルで汗を拭きながら麦茶を飲んで小休止。
すると「おじゃましまーす。アイちゃんの散髪見たいから来ちゃった」とリクのママまでやってきた。

うわー恥ずかしい。
そしてママたちはまたぺちゃくちゃ喋っている。
このままおしゃべりが終わらなきゃいいのにと思うけど、そうはいかない。

「アイちゃん。あの椅子に座って待っててね」
と、さっきまでヒカルが座っていた椅子に座るように命じられた。
リクのママが「アイちゃん頑張って」と声をかけてくる。頑張るって何?

いよいよか…
太陽の熱で温められた椅子に座るとお尻が熱い。
しばらくするとヒカルのママが私の髪の束を持ち上げて、タオルとビニールのケープを順に巻いていった。

「アイちゃんは髪を短くするのは初めてなの?」
私は「はい」とだけ答える。

「そうなのね。でも中学になったら短くしないといけないし、今から慣れておいた方がいいわよ」と言われた。
うちの中学はまだ男の子は丸坊主、女の子はショートと校則で決まっている。
大きな街の私立にでも行かない限り髪を切らなきゃいけないのは事実。だけど今じゃないと思うし、ヒカルのママに切られるのはもっとイヤだ。

「きれいに伸ばしているからもったいないけど切っちゃうね」

ヒカルのママはそういうと、後ろに束ねている髪をいきなりジョキリジョキリ…とハサミで切り始めた。

「イヤッ」

思わず肩をすくめたけどハサミの動きは止まらない。

ジョキリジョキリ…とハサミを閉じる間隔が短くなり、やがてパチンというような音が聞こえた。

「切っちゃったよ。アイちゃん」
ヒカルのママは私の目の前に黒いものをチラチラと揺らしながら見せびらかした。

それは…  私の髪?
信じたくないけど髪にはお気に入りのビーズがついたヘアゴム。
間違いない。あれは私の髪だ。

ケープから手を出して首筋を触って確かめてみた。
やはり今まであった髪はなく、耳にかかっていた髪をおろすと顎くらいの長さにまで切られている。

(髪が無くなっちゃった…)

ブワッと涙が出た。
「あら。辛かった?」
ヒカルのママが少し心配そうに私を見た。
私は泣きながらウン、ウンと頷いた。
だけど今度はうちのママが

「そんなくらいで泣いてどうすんのよ。まだ途中なんだから早く泣き止みな!」と怒った。いつのまにか私の髪の束はママが持っている。

「だって…」
まだ散髪が終わっていないとわかってるけど涙が止まらない。
何分経ったろうか
ヒカルのママが「そろそろいいかな」と声をかけてきた。
ケープの中は蒸し風呂みたいになっていて暑い。
涙だけじゃなくておでこや首筋が汗で濡れはじめている。
私は仕方なく「うん」と答えて、手を膝の上においた。

散髪が再開された。
霧吹きで髪がシュッシュッと濡らされて櫛でとかされる。
はじめに目のあたりまで伸びた前髪を眉の上でジョキリジョキリと丸く切られた。
どこまで短くされたんだろう。もうやめてほしい。上目遣いにしても、前髪は目の上に届かなくなっている。

おばさんが「あつーい」と言いながら一旦私から離れた。
(えっ。まだ終わらないよね)
これから何をされるのかわからない不安と少しの期待が頭をよぎる。
ヒカルのママは麦茶を飲んで、縁側からあの道具を手に取った。

(バリカンだ…)

「危ないから少しじっとしててね」
ヒカルのママは私の後ろ頭の髪を手のひらでかきあげながら声をかけてきた。
そして
首筋から生まれて初めてのバリカンが吸い付き駆け上がってくる。
カチっとスイッチが入れられるとカラカラカラ…と少し音がした後、ブーンというモーター音が響いた。

うなじにバリカンが入ってくる
怖くて目を瞑っていると
バリバリバリバリ… バリバリバリバリ…という音と共に、少しくすぐったい感触と頭の下半分から髪がどんどんなくなっていく感覚が伝わってくる。
濡れた温められた髪が肌をつたってボタボタ落ちていっているようだ。

私は一体どうなっちゃうんだろう。
きっとヒカルのような髪型にされているんだろうけど、あんな髪型にされた自分の姿が想像できない。
後ろ頭が刈られた後、今度は耳の周りが刈り上げられていく。
バリカンのブーンという音と、バリバリバリと髪が刈られる音がすぐ近くで聞こえて怖い。
耳の上の方まで刈り上げられている気がするけど大丈夫だろうか。
ドキドキしているとうちのママが近づいてきて

「電気バリカンってすごいわねー。ちょっと私もやってみたいわ」と言ってる。
すると左側の髪を刈った後におばさんはバリカンのスイッチを切って

「これ簡単よー。アタッチメントをつけたらトラガリにもならないから誰でもできるわよ。反対側はあんたがやってみなよ」て、ママにバリカンを手渡した。

「えっ。ママがやるの?やめてよ」
私は拒否するけど、ママたちは「大丈夫よ」と言うことを聞いてくれない。
ママが私の髪を持ち上げて刈り上げる高さを確かめながら、
「うわー緊張するわ」と言いながらバリカンのスイッチを入れた。

ブーン…バリバリバリ… ママの初めてのバリカン

「ちょっとこれ面白いわー」
ママは調子にのって次々と私の頭を刈りはじめていく。
でもヒカルのママと比べると、扱いが少し乱暴だ。
やっぱりうまく刈れていないのか、何度も同じ場所を刈っている。
私は心配でたまらない。

「ねえ。バリカンっていくらで売ってるの?これから私がアイの散髪しようかな?」
最悪だよ。こんな散髪は一度きりにしてほしい。

「5,000円もしないわよ。だから3回散髪したら元が取れるわよ。ショートはマメに手入れしなきゃいけないからウチで散髪する方がいいわよ。もしよければヒカルといっしょにウチで散髪してもいいけど」

あー。当分私髪を伸ばせないんだって気がしてきた。

ヒカルのママにもう一回代わって、仕上げをしてもらいようやくバリカンのスイッチが切られた。

再びハサミで残っている上の髪が切られていく。
ついにジョキリジョキリ…と耳の上で髪が切られてしまい、生まれて初めて耳出しのショートカットにされてしまった。
それからもおばさんは丁寧に髪の長さを揃えたり、耳の周りをくり抜くようにハサミで切っていく。
どんどん短く切られていくから早く終わってほしかった。

そしてついに

「カットはこれで終わりよ」
ようやくヒカルのママがケープを外してくれた。
ビニールハウスの中のように熱がこもっていた状態から体が解放されて、一瞬だけ風が通って涼しいと思ったけどやっぱり暑い。

ヒカルのママがシェービングの準備をしてる間、おそるおそる頭を触ってみる。

ザラッ…

( やっぱり耳の周りに髪がない )
( 後ろ頭がジョリジョリするー )
( 前髪もこんなに短いのかー )

生まれて初めてのショートカットは初めての感触の連続で衝撃的すぎる。
鏡はまだ見ていないけどどうしよう。こんな髪型じゃ絶対に恥ずかしい。

「アイちゃんとってもスッキリしたねー。これで中学生になれるわ」とママは喜んでいるが全然うれしくない。

最後に私は石鹸水をつけられてジョリジョリと耳の後ろや首の周りを剃刀で剃られた。
前髪もめくれあげられて、おでこと眉の上あたりも剃られていく。

早く終わってほしい。私もヒカルのママも汗だくだ。

「よし。これで終わりよ。髪の毛がついてるからシャワーをちゃんとしてプールに入ってね」
やっと首からタオルが取られ、顔を拭かれて解放された。
地面を見ると私が座っていた周りにたくさんの髪が散らかっていた。
これだけの髪が切られたんだと思うとまた悲しくなってくる。

ヒカルのママが麦茶を持ってきて飲むように促してきた。
そして「玄関に鏡があるから見ておいで。かわいくなったよ」と言った。

麦茶を飲み干してヒカルの家の玄関にある大きな鏡の前に立ってみた。

( 誰?この子 )

白いノースリーブのワンピースを着た妙に髪の短い痩せた子が立っている。
スカートだけど男の子みたいな子。
これが自分だなんて現実を受け止めたくない。
おでこの上でアーチを描く短い前髪。
耳の上で真っ直ぐに切り揃えられた髪。その下の部分はすごく短く刈り上げられていてピッタリ線を引いたようにキワ剃りがされている。
後ろはよく見えないけどきっとすごく刈り上げられているんだろう。だって髪のある手触りがしないんだもん。
恥ずかしい。本当にヘルメットのような髪型だ。

こんな頭じゃ恥ずかしくて誰にも会いたくない。プールにも行きたくないよ。
鏡を見るのも嫌だから、さっさと靴を履いて外に出た。

ママが、私に髪の束を見せながら「この髪。記念にとっておこうね」と言ってきた。
この髪、もう一度くっつかないかなぁ…。
私は髪を手に取って鼻をうずめながら、また泣いた。

「すぐに慣れるから大丈夫よ。今髪を伸ばしてる他の子だってすぐにショートになるんだし」ママの言葉は全く私の慰めにならなかった。

プールの時間が近づいてヒカルが玄関から出てきた。
ヒカルは私の姿を見ても何も言わずに

「一緒にプール行こうか」とだけ言ってきた。

「うん」私は返事だけしてヒカルと並んで歩き始めた。

楽しい夏休みのはずなのの、切りたての刈り上げ頭の2人は、帽子を深く被って寂しそうに蝉しぐれの道を歩いていくのだった。

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 なお、この話2つのパターンを作りました。
 パターン②は8月15日頃にアップします。
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