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短編小説 まんまるお月様

今夜は中秋の名月。
いつもの一つ手前の駅で彼氏のダイスケと落ち合い、スーパーで月見団子を買って2人が住むマンションの方向に歩き出す。
これから公園で2人でお月見をするつもり。だけど空には雲がかかって月が見えない。

「あーあ。今日はお月様見えないのかなー」

時々月が雲間から顔を覗かせるのだけれど、きれいな満月はなかなか顔を出さない。
仲良く手を繋ぎながら夜空を見上げて歩いていると、突然ダイスケが私の頭をムシャっと掴みウィッグを外した。
「イヤっ」
道路の真ん中で思わず悲鳴を上げてしまった。
だって私の頭はツルツルのスキンヘッド。
外出中はさすがに恥ずかしいから、いつもボブのウィッグを被っている。

「あはっ。カエデの頭ってまんまるでお月様みたいだよ」とダイスケは私の頭をザラリと撫でた。
恥ずかしいけど、頭をやさしく撫でられるとちょっと感じてしまう。
だけどここはたくさん人が通ってる道の上だから、グッと堪えながら
「やだ。誰か見てたら恥ずかしいじゃないの。早くウィッグ返して」とダイスケの肩にしがみついた。

私のスキンヘッド歴は1年ほどと結構長い。
嫌々ではなく、好きでこの頭にしているからだ。
だけど、ダイスケと付き合い始めた頃は髪は長かった。
社会人のアメフトチームに所属しているダイスケはヘルメットで頭が蒸れるからスキンヘッドにしている。
彼と付き合いはじめてから私はバスルームで彼の頭を剃ってあげるようになった。

ガッチリとした彼の後ろ姿を見ながら、電気シェーバーでツルツルに頭を剃り上げていく。意外と重いシェーバーの振動とプーンというリニアタイプ独特のモーター音・そしてパチパチッと爆ぜるような音を立てて剃られていく髪…。

ダイスケの頭を剃りつづけていくうちに、なぜだか私も同じことをやって欲しくなってきた。
恥ずかしいけど、ダイスケに打ち明けると、彼はチームからバリカンを借りてきて、うなじの後れ毛を刈り上げてくれた。
明るいバスルームで裸になり、長い髪をポニーテールにして、束ねられない後れ毛や首筋の産毛をバリカンで処理をしてくれた。

ブーンという音に混じってチリチリチリと後れ毛が刈られていく。

(あぁ…恥ずかしいけど気持ちいいわ)

バリカンの刃先が首筋にあたってくすぐったい感覚に似た気持ちよさと、耳の近くでジャリジャリと髪を切る音に今までにない興奮を覚えてしまった。

それから私は自分でバリカンを買ってダイスケに首筋を刈ってもらうようになった。
そしてすぐに産毛の処理だけじゃ物足りなくなった。
結婚式が終わって2人で暮らしはじめた一昨年の夏ごろに「暑くてたまらない」と言って、後ろ頭や耳の周りを刈り上げてもらうようになった。
はじめは地肌が見えないくらいの長さにしたけど、それがだんだんと短くなり、ツルツルに剃り上げたこともあった。
仕事の時は長い髪で刈り上げを隠して過ごしたけど、隠した部分のジョリジョリした頭を触ったり、触られたりするのが気持ち良すぎた。だけどまた物足りなさを覚えてきた。

そして去年の秋…。
私はダイスケに「ねえ。お願いだからこの髪全部剃っちゃって」とねだるに至ってしまった。
後ろ頭だけじゃなくて坊主にした頭全体を触りたい、触られたい欲求に負けてしまったのだ。

ダイスケは「いや。そこまでやったら大変なことになるんじゃない?」と私を制止した。まともな感性だと思う。ツーブロックならともかくパートナーがスキンヘッドだなんて受け入れにくいだろう。

ここで私は実力行使をした。
ダイスケの目の前でガーっと額のど真ん中からバリカンで髪を刈ってしまったのだ。

「ほら。こうしちゃったらもう後戻りできないでしょ?お願いだからやって?」

ダイスケにバリカンを手渡すと、彼は呆れた感じでスイッチを入れて髪を刈り始めた。

ガガガガガガ…ガガガガガガ…

けたたましい音とともに髪が肩や背中をつたいながら、バスルームの床に長い髪が落ちていった。
身体の上にとどまった髪がチクチクしてくすぐったい。
すぐに頭頂部が剥き出しになり、頭皮に直接空気があたってくる。
生まれて初めての感触と、たぶん落ち武者のようになった私の姿を想像してゾクゾクする。
やがて長い髪が全部なくなり、電気シェーバーでの剃髪が始まる。
後ろ頭全体が剃られた後、ダイスケは私の正面にしゃがんで右のこめかみあたりから頭頂部にかけてグリグリと円を描くようにシェーバーをあててきた。
彼の左手は私の頭をしっかりと掴んでいる。剥き出しの頭皮にゴツゴツした手の感触と温かい体温を感じる。
チクチクと小さな痛みを感じながら剃髪が終了した。

「終わったぞ」

ダイスケはそう言って髪のクズ払い落とすように私の頭をガシガシと激しく撫でた。
「イヤだ。もっと優しくしてよ」
ここで初めて私は自分の頭を触った。
頭皮にはたくさんの神経が通ってるのかもしれない。手のひらや指のしわの感覚も感じ取れるし、やっぱり気持ちがいい…。
床に髪が散らかった狭いバスルームの中なのに、私はダイスケにすがりついて愛撫をねだってしまった。

話は戻って夜の道。
結局、ダイスケはウィッグを返してくれなかった。
私はスキンヘッドのまま歩くことになる。
私とダイスケ。丸くて白い頭が2つ並んで歩いていると、道行く人が振り返りながらジーッと見て来る。

「私の頭を見てみんなお月見の代わりにしてるのかなぁ」

私はふざけてダイスケに言うと「そうだな。君の頭は本当にまんまるだからなぁ」ってまた撫でてくれた。
公園に着く頃、キレイな満月が顔を出した。
2人でベンチでお団子を食べて、家に帰ったらお月様に負けないくらいツルツルに頭を剃ってもらおう。

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