断髪小説 ダブルス② 〜おばの散髪〜
部活中にペアを組んでいるアヤと喧嘩をした。
彼氏のユウトと喧嘩をしていてむしゃくしゃして、八つ当たりして彼女を怒鳴ったのが原因。
普段は私がこんなことをしても、大人しい性格のアヤは黙って見逃してくれるはずなのに、今日は「うるさい」って大声で言い返してきたから激しい喧嘩になってしまった。
その後、私たち2人は顧問のハヤタ先生からこっぴどく叱られて断髪を命じられた。
どうしよう…。アヤはすごくきれいな髪の持ち主で大事に髪を育てていたのに。
彼女の顔はひどく強ばっていた。
私は更衣室で着替えているアヤに「ごめん。私のせいで髪切らなきゃいけなくなったの本当に申し訳ない」って頭を下げて謝った。
「別にいいよ」
アヤは感情を押し殺すように低い声で返事をした。ああ私のせいだ。絶対に怒ってる。
家に帰った。
(あーどうしよう!私も髪切らなきゃいけないんだよなぁ…)
悶々とした嫌な気持ちを紛らわせるために、スマホで動画を漁っていたら母がパートを終えて帰ってきた。
「ああやっぱり帰ってたんだ」不思議なことにママは私がこんな早い時間に家に帰っていることを知っていた。
「えっ?ママ知ってるの?」
「さっきアヤちゃんのママからLINEきたから」
ああそうだったのか。私は改めてハヤタ先生から髪を切るように言われたことを話した。
すると
「うーん。最終的にはナナが決めることだとは思うけど、アヤちゃんはもう髪切っちゃったらしいよ」
「えー本当?」
アヤもいつも親に散髪をしてもらっていることは知っているが、もう切っちゃちゃんだ…。
そうなったらやっぱり自分も今日中に切らなきゃマズい。
「わかった。じゃあママ。今から髪切ってよ」
「無理よ私。前髪作るくらいならできるけど、ショートヘアなんて。髪切るならお義姉さんに頼んでみるから」
「えーママが切ってくれないの?」
私は今まで一度も髪を短くしたことがない。
髪はいつもママに切ってもらっていた。
これには理由がある。
私には美容師のおばがいる。
パパの一番上のお姉さんで腕はすごくいいのだけど、お客さんを誰構わずショートカットにしてしまうことで有名だ。
おばさんは私と会うと「ナナちゃん。スポーツをしてるんなら髪切ってあげようか」といつもしつこい。
「いえ。似合わないと思うし、後ろで束ねたら邪魔にならないんで」と丁寧にお断りをしている。
ママも私の女心を尊重してくれて、おばさんに髪を切らせないように私の髪を切ってくれている。
ちなみにママは私が生まれてからずっと耳が隠れるような長さになったことがない。
パパと結婚してからはおばさんに髪を切られているからずっとベリーショートなのだ。
「わかった。おばさんの店で髪を切ってくるけど、今から大丈夫かなぁ」
「電話してみるわ。ちょっと待ってて」
本音を言えば電話が繋がってほしくない。
アヤほどではないが、それなりに大切にしていた髪を切る心の準備がやっぱりできていない。
だけど…
「もしもし。お義姉さん?急なんだけど今からカットお願いしたいの。うん。でも私じゃなくてナナの髪。うん。そうなの。部活で急に切らなきゃいけなくなったみたいで。今日これから大丈夫?うん。すぐ行かせるからよろしくお願いします」
話はすぐについたようだ。
「おばさん今からカットしてくれるって。さっさと行っておいで」
「だけど着替えなきゃ…」
「いいわよ制服のままでも。近くなんだし。いいから早く行っておいで」
「だけどちょっと喉乾いてるからお茶飲んでから…」
私は冷蔵庫を開けて麦茶をコップに注ぎ、ゴクゴクと飲んだ。
こんなことをしても数分程度の時間稼ぎにしかならないし、髪を切らなきゃいけないことは避けられないのはわかっているのに…。
麦茶を飲み終わって私は仕方なく家を出て自転車でおばさんの店に向かった。
途中でヘルメットを被っていないことに気がついて学校の誰かに見つからないかちょっと心配になった。
家から自転車で30分もしない場所におばさんの店はある。
近いけど私は怖くてあまり近づかないようにしていた場所だ。
建物自体は古いけど内装はきれいな小さな美容室。奥の部屋や2階は住居になっていて、おばさんの孫にあたる小さい女の子がよく遊んでいる。
自転車を店の前に停めて、ドキドキしながら入り口のドアを開けて
「こんにちは」と店の奥にいるおばさんに挨拶をした。
おばさんは保育所から戻ってきた孫娘のサラちゃんと店の中で絵を描いていた。
「ナナちゃん。久しぶりだねぇ。早速だけどここに座って」
おばさんはカット台ではなく、シャンプーをする椅子に私を案内した。
「ナナちゃんこんにちは」
「おーサラちゃん元気だった?久しぶり〜」
私は憂鬱な気分を悟られないように精一杯の元気を振り絞って返事をする。
「ナナちゃんも髪切っちゃうの?もったいないなぁ…そんなに長いのに」
悪気なく質問してくるサラちゃんに
「うん。短くしなきゃいけなくなっちゃったの」
「えー。かわいそう」
少し大人びた口ぶりのサラちゃんの髪型も伸びかけのスポーツ刈りのように短くて男の子と間違えられそうだ。
私はおばさんにシャンプーをしてもらう。
頭皮を気持ち良く洗ってもらった後、ジョボジョボと音をたてながら長い髪を洗ってもらい、頭をタオルで巻いていよいよカット台に案内をされる。
カットクロスを着せられ、その上にネックシャッターを付けられ、髪をタオルで拭かれながらその上に垂れ下げていく。
長い前髪もセンターで分けられ、猫っ毛の湿った髪はペタンと胸の下まで届いている。
断髪の準備が整った。
おばさんはワゴンに載せたカットの道具を傍らに持ってきて老眼鏡をかけた。
「じゃあ、切っていくよ。耳出していいんだよね」
おばさんが私に確認してくる
「はい。耳は出してくるようにいわれたんで」
嫌だけどアヤも散髪したらしいから我慢しなきゃいけない。だけどどうなっちゃうんだろう…。
おばさんはうれしそうに
「じゃあバッサリ刈り上げちゃっていいのね。あとトップの髪も短くするけど」
「わかりました」
私がそう答えるかどうかのタイミングで、おばさんは整えたばかりの髪を後ろに持っていき、束ねるように左手で握ると、そのままハサミで
ザク、ザクザク、ザクザク...とあっという間に切り離してしまった。
( あっ… )
名残惜しむ暇も与えられなかったから、悲しさが湧き起こるのも追いつかない。
おばさんが30センチ近くある湿った髪の束を見せながら私の手に渡してきた。
触り慣れた、見慣れた髪。
コシがなくてフニャフニャで毎日ヘアアイロンで伸ばしていた髪。
スポーツを続けていても大切に伸ばしていた髪。
あっという間こんなに短くなっちゃった…。
湿ってボリュームがいっそうなくなった髪を私は手首に巻いてあったヘアゴムでまとめて膝の上に載せた。
俯きながら切られた髪を束ねていると、後ろに持っていかれていた髪が再び前に戻ってきて、顎くらいの不揃いな長さで揺れた。
こんなに短くなったのは初めてで心細い。
束ねた場所で切っちゃったから、もうポニーテールも一つ結びもできないだろう。
ザワザワと悲しい気持ちが追いつき始めた時には、もうおばさんは次の作業を始めようとしている。
つむじの位置や生え際を櫛を使って確認しながら、こめかみのあたりの高さから上の髪をクルクル巻きながらまとめてクリッピングで留めている。
頭の上に鳥の巣のように髪がまとめられると、おばさんはワゴンからバリカンを手に取った。
ブーーーーン
痛いのかな?怖いよぉー。
思わず肩をすくめてしまう私。
おばさんが一旦スイッチを切って、肩に手を置いて「ちょっと楽にして」と声をかけてくる。
「大丈夫よ。あんたお母さんに似て美人だし、短い方が絶対に似合うから」と話しかけてくる。
本当に大丈夫かなぁ?おばさん面白がってすごく短くしないかなぁ?
深呼吸をすると、おばさんは首筋からバリカンを入れてきた。
ジョリジョリジョリ…ジョリジョリジョリ…
ジョリジョリジョリ…ジョリジョリジョリ…
後ろ頭から聞いたことのない音と共に少しくすぐったい感触がして、髪がある感覚が首筋から消えていく。
(えっ?何?どんだけ短く刈りあげらているの?)
不安になっているけど動けない。
首筋から後頭部の上の方までバリカンは何度も何度も往復すると、今度はだんだん右耳に近づくように、サイドの髪が刈り上げられていく。
けたたましいモーターの音が耳の近くで響きながら耳の周りの髪があっという間に無くなって、顔の輪郭がくっきりと浮き立った。
生まれて初めて刈り上げられたサイドは地肌が少しだけ透けるくらい短くされている。
まだ刈られていない反対側とは大違いの姿。
どうなっちゃうんだろうと固まっている間に左の髪をもおばさんは手際よくどんどん刈り上げていく。
やがてカチッとスイッチが切られて、おばさんはバリカンをワゴンの上に置いた。
髪が無くなって妙に後ろが見えるようになった気がする。
耳の周りが異常にスースーして違和感がすごい。
そして試しに横を向いてサイドを確かめると…
(うわぁ…なんで?超短いよ?)
サイドも後ろも髪がない。
やばい泣きそう…。
だけどおばさんの手はこれで止まるはずもない。
これから残されたトップや前髪もハサミで切られるんだ。
おばさんは、頭の上でまとめていた髪をおろして、櫛でまたといていく。
そして
おばさんがワゴンに手をやりながら何やらモゾモゾしている。
カチャカチャと音がしたあと、また
ブーーーーン とさっきの音がする
えっ?なんでなんで?
サイドや後ろはさっき刈り上げられたのに。
おばさんは私の前髪をガバッと後ろにめくって、なんとそこからバリカンを入れた。
ジャジャジャジャ… ジャジャジャジャ…
さっきより大きなアタッチメントが付けられたバリカンではいちいち髪が引っかかって一度には上手く刈れないようだ。
何度も何度も同じ場所にジョリジョリとバリカンが行き来をする。
「イヤ、イヤッ…」
声が震える…。
そしてあまりにも予想外の出来事に泣くこともできない。
ただただ怯えたような表情で短くなる髪を見つめるだけ。
ジャジャジャジャジャ… ジャジャジャジャ…
濡れた髪がボトボトと頭から離れてクロスの上に落ちていく。
ジャジャジャジャジャ… ジャジャジャジャ…
おばさんは時折アタッチメントにしがみつくようにくっついた髪を邪魔そうに左手で髪を摘み落としながら淡々と作業を続けていく。
わずか数分であっけなく私の頭にあった髪は全て刈り取られてしまい、数センチの坊主頭のようになってしまった。
バリカンのモーター音が止まってしばしの静寂。
私にとって人生最悪とも言える数分間が終わった。
おばさんはハケのようなものを手にとって、パサパサと頭から髪の毛を取り払うと、霧吹きでシュッシュと残った髪をまた濡らしていく。
えっまだ切っちゃうの?
ここからおばさんは数センチしか残っていない髪を丁寧にチョキチョキ切っていく。
細い髪質なので短くしても立ち上がらずにペタンと寝てしまう。
おばさんはその髪質を活かすように縦に横にハサミを入れながら、サイドとトップの長さを自然に繋げながら丸いシルエットを作っていく。
泣きそうな私とは裏腹にとても楽しそうに切り揃えていく。
おでこの3分の1にも届かないくらいにまで短く切られた前髪にも縦にチョキチョキとハサミが入る。もうほとんど髪は落ちてこない。
最後にもみあげや耳の周りなどの生え際もすごく丁寧に仕上げられていく。
「こんな感じかな」
おばさんはハサミを置いて、鏡で後ろ姿を映しながら私に話しかけてきた。
仕上がりはショートというか限りなく坊主に近い短さだ。
こんなに髪を短くしている女子はバレー部やバスケ部にもいない。
髪の生え方に逆らわず短い髪をペタンと寝かしつけたトップと、スッキリ刈り上げた耳周りはなんだか赤ちゃんになったような気分だ。
「いいです。これで」
これ以上短く刈り込まれたらたまらない。
似合っていないわけじゃないけど不満は不満だ。
特にユウトは髪のきれいな女子が好きだと言っていたのに、これじゃ嫌われるかもと思うとやっぱり悲しくなる。
もう一度頭を洗ってもらって、整髪料でセットしてもらうと私は一目散に店を出た。
自転車に乗って街の中を走る。
ヘルメットを被っていないから、耳の周りだけじゃなく頭全体がスースーする。
なんだかとても変な感じ…というかとても変な髪型になっちゃったんだと思うと、信号で止まった時ツーっと涙が出てしまった。
次の日の朝
アヤも私もクラスで大注目だった。
特に真っ白になる程ガッツリ刈り上げられたミユはジョリジョリと何度もクラスメイトに触られていた。隠れない耳を真っ赤にして恥ずかしがっていたが、アヤは精一杯おどけて誤魔化していた。
ユウトは私を見るなり「髪切っちゃったんだね」と残念そうに言った。
私は「うん」と素っ気ない返事を返しただけ。
そのあとユウトは何も言ってくれなかった。
もうダメかもしれないな。だけどもうどうでもいい気がしてきた。
昼休みアヤとやっと2人で話ができた。
「ナナも結構バッサリ切ったねぇ?」
「うん。おばさんがさ。調子に乗って勝手にこんなに切っちゃった。」
「私もさ。ママが切ったんだけどめちゃくちゃ失敗されちゃった」
「でもまだアヤはトップや前髪が無事だからいいじゃん。私なんか全体を短くされたから成人式にも間に合わないかも…」
「まあでもさ。とにかく2人で全国大会行こう?ここまでやって負けるのなんか絶対イヤだし」
「うん」
土曜日、県大会の火蓋が切って落とされた。
ボウルカットのアヤとバズカットの私。
短髪姿のペアはこの会場でひときわ目立つ存在だ。
中には私たちを笑ってる子もいるだろう。
だけど絶対に負けるもんか。
「サーッ」「シャーッ」
スマッシュを決めるたびに私たちは気合いの入った雄叫びを上げるのだった。
(後書き)
この作品は「ゆく年切る髪」「お任せカット」と繋がっています。
梅雨明けしていよいよ夏本番
連日暑いですね。
断髪小説を読んで涼しくなりましょう。
この作品が気に入ったらスキ❤️をクリックして応援してください。
あと50でスキ❤️が2500になります。
いつものように達成したら新しい作品を出します。
これからもよろしくお願いします。
※登場人物が混同していました。
修正しました。
コメントで教えてくれた方ありがとうございます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?