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断髪小説 新天地

バレーボールのトップリーグで12年間活躍し続けてきた私。
高卒3年目からチームの中心メンバーとしてやってきた。

トレードマークはストレートのロングヘア。
特に手入れをしなくても真っ直ぐな髪質でいつも後ろで束ねていた。
バレーボールの選手でここまでのロングヘアは少ないし、背番号の「1」が髪束で隠れるので「消える背番号」ともてはやされた時期もあった。

そんな順調なキャリアを積み上げてきた私だが、突然の転機がやってきた。
なんと親会社が経営困難な状況に陥りチームを維持することができなくなったのだ。
チームは別会社に身売りされることになった。
私たち選手は親会社の会社員なので雇用契約上は移籍になる。
ベテラン選手の多くはこれを機に戦力外通告を受けるのではないかと噂された。

混乱のなかでリーグ戦を戦ったが士気など上がるはずもなくチームは下位に沈んだ。
シーズンが終わり私もリストラ候補だとわかった。
私の代わりに地元出身の若い選手を獲ってチームカラーを一新するようだ。
悔しいけど現実を受け止めなければならない。

だけど私も名門チームを支えた功労者だ。引退するなら今の会社に残り、会社員としてキャリアを積んではという話もいただいたし、母校からコーチにならないかという話もあった。ありがたい話だったけど、私は現役続行に強いこだわりがあった。
条件が悪くてもいい。長年親しんだ場所を離れてもいい。
あきらめず選手として私を必要としてくれるチームをさがすことにした。

来年で30歳という年齢では獲得に二の足を踏むチームが多く苦労した。
ただ私はここまで大きな故障をしなかったし、自分で言うのもなんだが美人選手として人気もあったから、どこかは拾ってくれるだろうと言う変な自信もあったから落ち込むことはなかった。
親会社を離れて移籍先を探す際、生まれて初めて明るめのブラウンに髪を染めた。
とにかく前向きにあきらめず探した結果、西日本の地方都市にあるクラブチームから獲得したいという話があった。

レギュラーは約束できないしコーチ兼任でお願いしたいというのが条件だったが、現役が続行できるなら何の問題もない。ポジションは競争で勝ち取ればいいのだ。

早々に引っ越しをして新しいチームでの練習を初めた。
若い選手ばかりのチームの中で私は最年長だ。
チームに馴染む努力をしつつ、持っている技術を若い選手に教えながら、とにかくがむしゃらに練習した。
何ヶ月か経ち、夏に入った。
練習で使っている体育館は、前のチームの練習場と違ってエアコンの効きが悪くて暑い。今まで気にしたこともなかったけど髪がレシーブの時に床に擦れるのが邪魔に感じ始めてきた。

そういえばしばらく美容室に行っていないなぁ…。
明るいブラウンに染めていた髪の根本から数センチは黒くなってプリンのようになっているし、前髪が伸びて目にかかるのでヘアピンで留めている。
シーズンに入る前に早く髪を切りに行かなきゃと思い、早速後輩が通っている美容室を聞いて行くことにした。

私は高校以来、髪を短くしたことがなかった。
企業チームに所属していると、午前中は会社で働くから髪型や髪色も遊ばなかった。
でも今のクラブチームではコーチ兼任のプロ契約だから、気分を切り替えるためにも思いっきり大胆にイメージを変えていいかもしれない。
髪色を変えるだけでなくて、気合を入れる意味でも思い切り髪を短くしようと決めた。

練習が休みの水曜日
朝早めの美容室は割とゆったりした雰囲気だ。
カットの前に担当してくれる美容師さんと話をした。
スポーツが好きな人で私のことも知っているらしくて嬉しかった。
思い切り髪を短くしてイメージを大胆に変えたいという私の要望に、彼はバズカットを提案してきた。

バズカットって丸坊主のイメージだったので最初はすごく驚いたけど、写真をいろいろと見せてもらうとすごくおしゃれだ。すごく短い髪型だからこそ技術が必要で丁寧に仕上げたいと言っている。頭の形もいいらしいからバズカットに挑戦することにした。

リーグでもここまで短くしている選手は外国人くらいしかいない。
どうせバッサリ髪を切るならヘアドネーションもしたらどうかと提案されたので快く了承する。私の場合50センチ以上の髪が寄付できるかもしれないようでとても喜ばれるようだ。

早速カットが始まった。
今日はヘアオイルなどもつけてこなかったし、汗もかいていないのでシャンプーをせずドネーションをすることにした。
カットクロスが着せられて、前髪以外のすべての髪が細いゴムで縛られ、たくさんの髪束が頭中に作られた。
想像していた以上に根元に近い部分でゴムが付けられていて、大丈夫かなとドキドキしてきた。今から一気にここまで髪を切ってしまうんだなって。

美容師さんがハサミを渡してきた。
最初のカットは私にやらせてくれるみたいだ。
若いアシスタントさんが私のスマホで動画を撮ってくれている。
私は鏡で狙いを定めて「ワー」っと叫びながら左サイドの髪を切った。

ジョキリ ジョキリ ジョキリ …

「あーーついに切っちゃったーー」

すごく気持ちがいい。

調子に乗って2本、3本と髪の束を切っていくと左の耳あたりの髪がなくなってしまった。こんな短くなったのは高校生以来だ。

マンガとかで女の子が断髪する時、涙を浮かべるけど、私の場合は全く逆。
とっても爽快な気分になった。これって変なのかなぁ?

スッキリしてハサミを渡すと、美容師さんは残りの髪の束を切っていった。

ジョキジョキジョキ…ジョキジョキジョキ…

どんどん短くなっていく髪。
髪の束が切り離されるたびに頭が軽くなっていく。
頭の上で残った数センチの髪もムクリと立ち上がる。
いつもきつく縛ってペタンコだった髪もなんか髪が元気になっている感じがする。

長い髪が全部切られると、厚ぼったい前髪だけが残った。この時点で既に人生最短の髪型だ。

一旦シャンプーをして本格的なカットが始まった。
「短くなりすぎないように念のため最初は20ミリで刈りますね」と美容師さんが言ってきたが、20ミリもすごく短いと思う。
黒いアタッチメントが付いたトリマーがもみあげに吸い付くように入り、ザリザリと音を立てながら頭の上に駆けあがっていくと、濡れた髪が床に落ちて耳がくっきり見えてくる。
そしていよいよ、目の上に垂れていた前髪が持ち上げられ、右のこめかみあたりからバリカンが入った。
パサパサと長い前髪が落ちると広い額が露わになる。
バリカンは右から額の中心、そして左側と徐々に前髪が落とされ、バズカットの形が出来上がっていく。
後ろ頭がザリザリと刈り上げられ、念入りにトリマーで襟足や耳の後ろの産毛が剃られ、ようやくスイッチが切られる。

これが私?

ブラウンに染めていた部分がなくなって黒い坊主頭のようになった私は、まるで中学の男子バレー部員みたいだ。
広い額を隠すものがなくなり、太めの眉毛の存在が際立つようになった。
これからは眉毛の手入れをしないと野暮ったくなってしまう。
この頭大丈夫かなと心配していると、美容師さんは察したみたいで

「大丈夫ですよ。ここからちゃんとオシャレにしますから」と言ってきた。

トリマーからハサミに道具が変わり、カットが再開する。
チョキチョキとグラデーションをつけながら、サイドや後ろ頭が刈り上げられていく。

丸い頭の形がきれいに見えるようにトップや前髪も数ミリ単位で整えられていく。
髪が長い時は1、2センチのカットなんて誤差だと思っていたが、これだけ短いと数ミリでも随分印象が変わってくる。

ハサミを入れるたびに美容師さんは頭のラインを鏡でチェックしている。
そしていよいよバズカットが完成。ロングの頃よりも数段おしゃれに生まれ変わった。

切った髪を洗い流してもらう。耳の周りやうなじあたりにお湯があたる感覚がまったく違う。髪に堰き止められることなく、頭に沿って流れていく。
その後、髪の色をチームカラーのシルバーに染めてもらった。

あまりの変身ぶりに自分でも誰?って思うくらいだ。
きっとみんなびっくりするだろう。どんな反応をされるか今からワクワクする。
ワックスを使ってバッチリとヘアスタイルを決めて、長い髪束を手にしながら記念撮影をした。
この髪が数時間前まで私の体の一部だったことがすでに信じられなかった。

店を出て街を歩き出した。
レターパックに入れた髪をポストに投函してランチを食べに駅の反対側に向かった。
身長も高いし、銀のバズカットの私はやっぱり目立つようだ。
道ゆく人がみんな私の方に目を向けてくる。

注目されることは満更でもないが、さすがに目立ちすぎかなと少々気恥ずかしい。
だけど頭が軽くて本当に気持ちがいい。なんだか今までよりも高くジャンプ出来そうな気がして、街の真ん中でピョーンとジャンプをしてしまった。

次の日の練習に参加すると、チームメイトは私の大変身に目を丸くして驚いた。
「似合うねー」と褒めてくれたけど、後輩に「メンバー紹介の写真と全然違うけどどうするの?」と聞かれてちょっとマズいと思った。広報の人に後で謝ろう。
インスタにヘアカットの様子や髪の束をアップすると、今までにない反響があり、たくさんの応援のメッセージとともにフォローしてくれる人も増えた。テンションがまた上がった。

シーズンが開幕した。
新天地での背番号は0。
心機一転でゼロから出発したいという思いからだが、バズカットの丸い頭にもどうやらピッタリだ。以前のように背番号が髪で隠れることはない。

チーム内の競争を勝ち抜いて開幕戦に先発出場することもできた。
対戦相手は古巣だったチーム。去年までのチームメートがネット越しに大変身した私を見てびっくりしている。
でも変わったのは外見だけじゃないぞ。絶対プレーで驚かせてやると気合いを入れた。

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