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断髪小説 キャンペーンガール

私が住んでいるE市は東京から2時間半ほどの距離にある。
かつては都会の家族連れが大挙して訪れていたキャンプ場もある自然豊かな街の名産品はキノコだ。
野生のものだけでなく、キノコを栽培する大きな工場もあるから一年中キノコを使った料理が食べられる。

E市ではかつての賑わいを取り戻すために、この春からキノコをアピールした観光キャンペーンが開催されることになった。
キノコ狩りなど本格的なシーズンは秋からになるが、それまでも工場の見学ツアーや様々な料理の開発、ご当地キャラクターの発表も準備されている。
全国指折りのキノコ工場の社長もこれには大乗り気だから、街は盛り上がっている。

そのなかで私はキャンペーンガールに選ばれた。といってもオーディションがあったわけではない。道の駅でバイトをしている私にキノコ工場の人がたまたま頼んできたのが実際の話。両親は「地元で就職するなら絶対に有利だから引き受けときなさい」と言われてやることにした。
報酬は普通のバイトの時給よりちょっといいくらいのもので、その割には結構忙しいらしい。本格的な活動はGWくらいからだが、週末のイベントだけでなく、県庁に挨拶に行ったり市長とSNSでアピールしたりするようだ。

3月に入り、本格的な打ち合わせがあるということで工場の会議室に呼ばれた。
キャンペーンガールは私を含めて3人いる。
地元の同じ大学に通っているヨシミとキノコ工場で働いているハルカさんだ。
会議室に着くとヨシミが先に着いて座っていた。

ヨシミはキノコ工場の部長の娘で、小さい頃は東京で暮らしていたお嬢様だ。
今日もメイクをバッチリキメてツヤツヤの長い髪を靡かせている。
ハルカさんは都会からここに就職してきた私たちより4つ年上のスレンダーな美人だ。

2人と比べたら私は背も低くし垢抜けていない。
正直肩を並べてキャンペーンガールができるか自信がない。

会議が始まる時間になった。
だけどハルカさんが来ていない。
どうやら社長から頼まれごとがあった関係で遅れているようだ。
会議は時間通りに始まった。
はじめはキノコ工場の社長や市の偉い人のあいさつが続く。
退屈に思っていると、後ろのドアがガチャッと開いて人が入ってきた。
「遅れて申し訳ありません」と奇妙な髪型の女性があいさつをしている。
一瞬誰だろう?と思って気がついた。

(えー。ハルカさんだ。)

びっくりして思わず声を出しそうになった。前回会った時とは髪型が全然違っている。
前髪は眉のあたりで真っ直ぐにパッツンと切られていて、サイドの髪は耳が隠れるくらいの長さから後ろに向かって徐々に上がっていくボブというか見事なおかっぱ頭。
後ろ頭の下半分は青々と刈り上げというか剃り上げられている。

まるで… そう。キノコのようなヘアスタイルだ。

刈り上げ頭のハルカさんは社長に手招きをされてそのままみんなの前に立った。
たぶん突然の断髪だったのだろう。服装と髪型が全く合っていなくてとても違和感がある。
「キノコをアピールするためにハルカさんにはキノコみたいに大胆に髪を切ってもらいました。みなさんいかがですか!」

自称アイデアマンの社長が満足気に彼女を紹介した。

とてもコミカルな髪型にされてしまったのに、正統派の美女のハルカさんはそれでもモデルさんのようだ。
社長の発言の後、会場が一瞬シーンとなったけど、「似合いますね」「面白い」「いいんじゃないですか」と次々と声があがった。
明らかに忖度しているし、ここでみんなが反対するとハルカさんは「切られ損」になってしまう。

ハルカさんはとても恥ずかしそう。絶対にこんな髪型にされるのはイヤだったはずだ。
だけどハルカさんはこの工場の社員だし、社長から直々に命令されてしまっては断れなかったんだろうと同情する。

あいさつが終わって、ハルカさんが私たちの隣に座った。
改めて間近でパッツンと切られた前髪や青々と刈り上げた後ろ頭を見るとやっぱり奇妙さを感じてしまう。
あまり近くでジロジロ見ては失礼だとわかっているのだけど、ついつい目がいってしまう。

可哀想だなぁ…なんて思っていると社長が
「急で申し訳ありませんが、他の2人のキャンペーンガールの方にも髪型を整えていただくようお願いします」とマイクで私とヨシミに頼んできた。

えっ…私たちもなの? そんなこと聞いてないよ…。

会場中の視線が私とヨシミに集まった。
ヨシミは困惑した表情をしている。会場にはヨシミの父親もきているけど、きっと何も知らなかったんだろう。彼女とおんなじ表情をしている。

断りたいけど、ハルカさんが先にこんな頭にされていては断れない。大人ってずるいなぁって思う。「今週末にポスターの撮影をはじめますので、本日美容室を予約してあります。2人はこの会議が終わったら準備をお願いします。」

(げっ。今日髪切らなきゃいけないの?)

社長による断髪計画は強引だが用意周到だった。
私とヨシミは午前中の会議が終わると弁当を食べて、タクシーで商店街にある美容室に連れて行かれた。

「美容室マリナ」

私たち2人はこの美容室のことを知っている。
この店は夫婦2人でやっているお店で店の名前は2人の娘にちなんでいる。
マリナとは中学時代同級生だった。

ヨシミは髪を長く伸ばしていたマリナを「幽霊」と言っていじめて不登校にした過去がある。
それをきっかけにマリナはこの町が嫌になって高校から町を出て行ってしまい、今は東京で美容師をしていると聞いている。

私のことはともかく、おじさんたちは絶対にヨシミのことは恨んでいるに違いない。
ヨシミの顔は完全に強張っている。まずいと感じているのだろう。
同行したキノコ会社の社員がマネージャー気取りで「キャンペーンガールの2人を連れてきました」と夫婦に声をかけた。

「待ってましたよー。それじゃあさっそくカットに取りかかりましょう」
おじさんは嬉しそうに返事をして私たちを歓迎した。

「さて、どっちを先にしようかなぁ…」
おじさんは私とヨシミを交互に確認しているがヨシミの目は泳いでいる。

「じゃあまずあなたからかな」
おじさんはヨシミではなく、私を先に椅子へ案内してカットの準備を始める。

「社長さんからは3人を少しづつ違う髪型にしてほしいって頼まれているんだ。最初のお姉さんはきれいな顔立ちをしていたから、前下がりの刈り上げボブにしたけど、あなたはちょっと小柄だし、かわいい顔をしているからこんな感じのマッシュルームカットにしようかな」

そう言って、私にスマホで写真を見せてくれた。
そこに映っていたのは、前髪がかなり短くてあとは斜めにずっと後ろ下りのマッシュルームカットの女性だ。

(うわー。本当にキノコみたいだよ)

小学生みたいで正直気がすすまない髪型だけど、後ろ頭の半分を青々と刈り上げられたハルカさんよりはよっぽどマシかもしれない。
あんな頭じゃ元の長さに伸びるまで相当時間がかかるし、恥ずかしくて大学に通えない。
そう考えるとこの髪型は妥当な落とし所だと思って私は提案を受け入れることにした。

最初に軽く頭を流してもらい、ウェットな髪が櫛で整えられた。
成人式以降私はバイトの時も動きやすいように肩につくくらいの長さをキープしていたが、いきなり後ろの髪をめくりあげられて、うなじのあたりの髪がバリカンでジョリジョリと刈り上げられた。刈り上げられるなんて生まれて初めてのことでびっくりする。
さっきの写真では刈り上げ部分は見えていなかったのだけど大丈夫だろうかと不安になるが、おじさんはごく普通の態度で粛々と私の髪をカットしていく。

チョキチョキ…チョキチョキ…

刈り上げた部分以外は、何度も髪を止め直しながら下の部分の髪から丁寧にハサミで切りそろえられていき。
前髪はおでこの半分くらいまで短い上にアーチ状に丸みを帯びながら切られているものの、サイドは徐々に後ろに向かって耳を半分くらい隠す形で横切り、後ろはうなじのギリギリの長さで切り揃えられたマッシュルームヘアに仕上げられていく。

カットが終わるとおじさんはヘアアイロンやブラシを使いながら私の髪を綺麗に梳かして「あなたの髪は真っ直ぐだしよく似合うよ」とツヤツヤと天使の輪が光る髪に仕上げてくれた。

カットクロスをとって仕上がりを鏡で見ても特に違和感はない。首筋の髪が少し青く剃り上げられてはいるがちゃんと髪がある。
これなら帽子で隠したりせずに学校に行けそうだとほっとしていると、「あとは少しだけブラウンに染めるからね」と言ってここからはおばさんに代わり、カラーリングが始まった。

次はヨシミのカットがはじまろうとしている。
「じゃあ次はあなたの番だね」おじさんは隣の席で頭を流してもらいカットを待っていたヨシミの後ろに立った。
「お願いします」ヨシミは怖々と鏡越しに挨拶をしているが、おじさんは返事をしなかった。黙ってヨシミにカットクロスを付けてから、頭に巻いていたタオルを外すと櫛で髪を丁寧に撫でつけていった。
ヨシミの髪はカールを解くと胸を超えるくらい長くて豊かだ。

ドキドキしているヨシミにおじさんは「あなたのヘアスタイルは終わってからのお楽しみということでいいかな」と話しかけた。

「えっ?教えてくれないんですか?」とヨシミは目を丸くしている。

「始めの女性は前下がりのボブ、今の子は後ろ下りのボブにしたから、あなたはどうしようかなとまだ考えているんだけどね」おじさんは櫛でヨシミの髪を梳きながら話しかけている。

「そうなんですか」

「まあ大学生だし、多少は個性的なヘアスタイルでも大丈夫だよね?」

「個性的って…あの?」ヨシミは不安そうに聞こうとしたが、おじさんはカットに取りかかろうとしている。

ヨシミの髪が頭のかなり上、こめかみよりも上のあたりで真っ直ぐに上下に分けられてクルクルと頭の上でまとめていく。
サイドも後ろも同じように持ち上げて残った髪を櫛ですいて整えると、おじさんは棚から充電していたバリカンを持って来てカチャカチャとアタッチメントを外すとスイッチを入れた。

ヒューーーーン

バリカンのモーター音が私の横で響いている。
ヨシミの顔は恐怖で引き攣っている。
アタッチメントを外した状態で刈ってしまったら髪はほとんど残らないはずだ。
もしかして束ねていないあの髪を全部剃っちゃうの?

「いやっ」ヨシミが小さく呟いたのが聞こえたが、次の瞬間おじさんの手は動いた。

パサパサ、パサパサとケープをつたって髪が落ちる音がした。バリカンが通過したヨシミのもみあげあたりの髪は全部なくなって、白い地肌が剥き出しにされている。

「いや、いや…」ヨシミが震えながら呟いているけど、おじさんは黙ったままバリカンでヨシミの耳の周りをどんどん剃り上げていく。

ザザザザ…ザザザザ…

髪を剃り上げていく音と共に、ヨシミの耳の周りの髪が消えていく。
真っ青な表情で鏡を直視しているヨシミには見えない後ろの髪も続けざまに剃り上げてられていく。私はとんでもない光景を間近で見ている。

ザザザザ…ザザザザ…

首筋から後頭部全体の髪があっという間になくなって、ヨシミの頭の半分以上が白く露わにされていく。
(そんな上の方まで剃り上げて大丈夫なの?)
自分の髪色のことなんかそっちのけで、私はヨシミの断髪から目が離せない。
床の上には大量の髪が溜まっている。
おじさんはヨシミが大事にしていた髪を踏んで滑らないように、サンダルで蹴飛ばしながら避けている。ちょっとひどいと思う。

私からは見えない左側の髪が刈られている。
ヨシミは一体今何を考えているんだろう。髪がなくなってはっきり見える横顔は固まってしまったている。
ロングヘアの大部分があっという間になくなってしまったが、そのあともおじさんはヨシミの周りを左右に移動しながら剃り残しがないように念入りにバリカンを当て続けている。

カチッ

おじさんはバリカンのスイッチを切って、ワゴンの上に置いた。
ここでようやくヨシミのこわばった表情が緩んだ。やっと終わったと思ったんだろう。
彼女は首を左右に振りながら、断髪の結果をすごく残念そうに確認している。
しかし、これだけで終わるはずはないのだ。

おじさんは頭の上で留めていた髪を下ろして、再び櫛で整え始めた。
剃り上げた部分のサイドや後ろの地肌が隠れて、さっきまでのロングヘアの姿に戻っていく。
そして、頭の上から前髪を作るためにヨシミの髪が分けられて顔を覆うように垂らされている。

ここでおじさんがヨシミに「幽霊みたいだね」と冗談めかすように言った。
ヨシミはきっとドキッとしただろう。
中学生の時、髪を長く伸ばしているマリナを「幽霊みたい」と言っていじめていたんだから。
今度は私の後ろにいたおばさんが「マリナも昔は幽霊ってからかわれてたわねー」と追い打ちをかけるように言った。
偶然ではない。この夫婦はヨシミに対して恨みを持っている。

「マリナはね。今もこっちに帰ってくるの嫌だって東京で美容師の見習いをしてるのよ。あなたに幽霊みたいって言われていた髪も今は真っ赤なバズカットにしているのよ」そうなんだ。あれだけいじめられても切らなかった髪を切っちゃったんだなんて考えながら私は聞いていたが、ヨシミはこれからどんな髪型にされるのか恐怖しかないだろう。

だけどあごの下まで伸びた前髪で隠れているからヨシミの表情はわからない。

「じゃあ切っていくよ」

おじさんはそういうとヨシミの前髪を眉の上からジョキジョキジョキと切り始めた。
パサパサと長い前髪がヨシミのお腹の前のケープに落ち、くっきりと太めの眉が丸見えになっていく。

おじさんは眉上の長さで一直線にヨシミの前髪を切り揃えていく。
そして今度はヨシミの右側に立って、前髪と同じ長さでサイドの髪を切り始めた。
パサパサと髪が切られると、さっき剃り上げられた耳の周りの白い頭皮が再び現れて、もう二度と隠すことができなくなった。
後ろの髪も同じ高さでザクザクと切られていくヨシミの目には涙が浮かんでいる。

キノコというよりもカッパのような仕上がりの髪型にされていくヨシミ。
だけど、腕のいいおじさんは奇抜な髪型でもキャンペーンガールとして成り立つように絶妙な感じで仕上げていく。

そして…

「はい。できましたよ。シメジみたいな感じでいいんじゃないでしょうか」と、おじさんはケープを取り払いながらうれしそうに言った。
こめかみくらいの高さで前髪から後ろ頭まで真っ直ぐに切り揃えられた黒髪のヨシミの頭…。細くて長い首筋だから、おじさんの言う通りシメジみたいだ。
あまりの激変ぶりに狼狽えているヨシミは椅子から立ち上がることもできず、髪がなくなった耳の周りやうなじのあたりをため息をつきながら触っているのだった…。

後日、私たち3人のキャンペーンガールとしての活動が始まった。
ポスターやSNSなどで奇抜な髪型の私たちの姿はどんどん拡散されていく。
宣伝効果は想像していた以上に大きかった。
商店街の人もイベントに便乗してキノコヘアにする女性が続出。小さい子どもの間にもマッシュルームカットが流行した。

私たちキャンペーンガールはその先頭に立って奇抜なヘアスタイルを維持しなければならなくなった。
そのため月に2、3回の頻度で美容室マリナへ行き、奇抜なヘアスタイルを維持し続けている。
シメジヘアを恥ずかしがり、しばらくはずっと帽子を被っていたヨシミもこの頃ようやく観念したのか帽子を脱いで大学に来るようになったのだった。

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 この作品の世界は「さようならツインテール」「節約」とつながっています。
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