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断髪小説 お任せカット〜ゴールデンウィークの後悔〜

GWの後半
休日恒例の各駅停車の旅に出た。
電車でちょっと離れたおしゃれなカフェに行ってSNSに投稿することが趣味の私

今日はモーニング・ランチタイム・夕方の時間に分けて3つの店を訪ねる予定。
まずは一軒目にボリュームたっぷりのモーニングを写真に撮って発信する。

ランチタイムは隣駅の近くにある。
電車に乗ってもいいが、腹ごなしに次の店まで歩くことにした。
日差しが頭の上から照りつける。もしかすると30℃近くあるかもしれない。
少し汗をかきながら30分ちょっと歩いて目的地まで辿りついた。

ただまだお腹がいっぱいだ。
あと1時間くらいは待ってランチにしたい。さて、それならば…
こんな時、時折立ち寄ることがあるのは美容室だ。
私は行きつけにしている美容室がない。
カフェ巡りのついでに、ふらりと美容室に入り適当に髪をカットやシャンプーをしてもらうのも楽しみだ。
おしゃれな感じの美容室だけでなく、昭和からあるような古い美容室に入るのも楽しい(フォロワーの反応もいい)。

お店で「今日はどうしますか?」と聞かれると、「カットだけで。あとはお任せします」と答えることにしている。
そうすると、だいたいの美容師さんは、「毛先を揃えるくらいにしておきますね」と提案してきて、だいたい肩下10センチくらいで私の髪はキープされ続ける。
かれこれ5年はこんな賭けのようなことをしているが、1回だけ肩につかないくらいのクレオパトラみたいなボブにされたことがあったが、初見の客の髪をバッサリ切るような肝のすわった美容師はそうそういないのだ。

ここ最近、美容室に行っていないからどこか美容室を探して入ってみよう。
すると駅前の商店街に美容室が目に留まった。
建物は古くて小さいけど、リニューアルをしているのか店構えは今風だ。

店の前にはカットと頭皮マッサージのコースがオススメで紹介されている。

(ここにしようかな)

汗ばむ陽気の中で歩いたから帽子の中で頭も少々蒸れている。
店の外で自撮りをしてSNSに「これから久々に美容室に行ってきます。カットとヘッドスパを楽しんできます!」とコメント付きで投稿してさっそくドアを開けた。

店には客はおらず、50代くらいの女性と孫らしき小さな子どもが2人ぬり絵をしていた。どうやら私の他にお客さんはいないようだ。

「ごめんなさいね。いらっしゃい」とエプロンをしたおばさんは私に気づくとすぐに立ち上がって挨拶してきた。

「あの。予約はしていないんですが、今からカットとマッサージをお願いしたいんですが、大丈夫ですか?」

「いいわよ。小さい子が店の中にいるけど大丈夫かな?」おばさんは少し遠慮がちに聞いてくる。
「大丈夫です」
「ではこちらに」

おばさんは私から帽子とカバンを受け取るとレジの下にしまい込み、カット用の椅子に座らせた。


「遠くからきたの?」
「ええ。まあ。お孫さん水泳でも習っているんですか?」
「そうなのよ。午後からこの子たちを送っていかなきゃいけないのよ」
「忙しいのに来てすみません」
「大丈夫よ。1時からだし。気にしないで」

おしゃべりしながら、私は大きめのイヤリングを外すと、さっそく髪が持ち上げられて首にカットクロスとネックシャッターが付けられる。
私はここでおばさんに断って、今の姿を自撮りして「どんな髪型になるか?いつものお任せでお願いするつもり」とSNSに投稿をした

おばさんは少し不思議そうな表情をして私の髪を櫛で梳きながら

「今、そう言うの流行ってるわよね。娘たちもスマホよく見てるもの。それで今日はどんなふうにすればいいかな」と尋ねてきた

「私、いつも立ち寄った美容師さんに全部おまかせしてるんです。似合う髪型にしてもらえばなんでもいいです」と答えた。

「へー。やっぱりキレイだから自信があるのね。カウンセリングがわりに、あなたのSNSをちょっと見せてくれるかなぁ?」

興味深そうに聞いてきたので、私はスマホでカフェ巡りをしている様子を写した投稿を何枚も見せた。
写真の私の髪型はその時の流行りや行き先に合わせて、ゆるふわカールにしたり、引っ詰めるように後ろにしたり、三つ編みにしたりといろいろだ。

「ふーん。やっぱりいつもきれいにしているのねぇ。わかったわ。ちゃんと似合う髪型にするから任せてね」
「はい」

そう言うと、霧吹きでシュッシュッと頭を濡らして、丁寧に毛先まで髪を伸ばしていく。
今日はヘアオイルは塗ってきたけど、ワックスのような整髪料は付けてきていない。
帽子をかぶってきたし今日は特にヘアアレンジをせず、ヘアアイロンで真っ直ぐに髪を整えてきただけだ。

ストレートのロングヘアがカットクロスの上にきれいに整えられた。
おばさんはカットの道具がたくさん載ったワゴンを引っ張ってきて

「それじゃぁ、先にカットをしていくわね」

そう言うと、おばさんは私の左横に立ち、頭頂部の髪を櫛で取り上げて高く持ち上げると、根本かた3センチくらいのあたりから大きなハサミで一気に

ジョキジョキジョキ、ジョキジョキジョキと切ってしまった。

えっ?
切られた髪のあたりだけヒョコンと髪が立ち上がる。
いつもと全然違う大胆不敵は断髪に一瞬何をされたのか理解ができない。
おばさんは続けて頭頂部の髪を櫛で掬い上げて、同じようにバサバサって切り落とされた

えっ?えっ?
切られた髪がパサパサと滝のように空中から肩を叩いて床に落ちていく。
そしてヒョコンと残った髪がまた立ち上がる。

「えっ。なんで?なんでそんなに切っちゃったんですかー?」
私は悲鳴に近い声でおばさんに抗議をした。

おばさんは動じない
「だってあなたがお任せって言ったじゃないのよ」と一言。

「確かに言ったけど、こんなに短くしてって誰も言ってないじゃないですかー。どうするんですか、この髪!」
そう。カットクロスにはまだロングヘアが広がっておるが、頭頂部の髪が数センチに切られてしまっている。
もうここを短くされたらどうしようもないはずだ。

「切っちゃったんだからもうしょうがないわよ。大丈夫。ちゃんと似合う髪型にしてあげるから」
おばさんはそう言うとさらに髪を持ち上げて同じように
ジョキジョキジョキ、ジョキジョキジョキと髪を切っていく。
前髪も短く切られてしまい、頭の真ん中の髪が消失してしまったみっともない姿。

「いやーー」
私はまた叫んだが、おばさんは

「もう、動いたら危ないわよ」と両手で頭を固定して鏡に向かって正面に向かわせる。

「これから暑くなるし、あの子たちと同じようにショートにした方ががいいわよ」
と、孫たちに顔を向ける。

(えっ?あの子たちってもしかして女の子だったの?)

ジャージ姿だし、短髪だからてっきり男の子かと思っていた。

おばさんは私の髪をジョキジョキジョキ…ジョキジョキジョキ…とリズミカルに粗切りしていく。ハサミはサイドに移り、耳のすぐ近くでジョキジョキジョキ.ジョキジョキジョキ…と聞いたことがない音が響く。
ハサミが閉じられるたびに滝のように長い髪が床にドサドサと落ちて小さめの耳も隠せなくなる。おばさんはとっても満足げだ。

頭の後ろの髪も首筋から頭の上に向かって髪が持ち上げられながら

ジョキジョキジョキ…ジョキジョキジョキ…

と一気に切り離されていく。

ああ…ショックで息が苦しくなってきた。
断髪から目を背けたいけど、どこまで髪が短くされるか、怖くて心配で目が離せない。

ジョキジョキ…ジョキジョキ…ジョキジョキ…

ああもうだめだ…。鏡の中の私の目は死んだ魚のよう。
私は生まれてこのかたショートカットにもしたことがなかったのに。
突然の断髪に完全に頭がついていっていない。

髪が耳に多少かかる程度の乱雑なベリーショートの状態にされて、おばさんは大きなハサミをワゴンにゴトリと置いた。
「どう?頭軽くなったでしょ」
おばさんは満足気に鏡越しに笑いかけてくる。
確かにめちゃくちゃ軽いのだが、その感覚は私にとって恐怖でしかない。

それよりこの髪どうするんだよー。耳出しのベリーショートなんか嫌だよって思っていたら、おばさんはハサミを持ち替えて、さらに前髪を持ち上げてパチン、パチンと切り始めた。

「えっまだ切るんですか?」
すでにおでこの半分以上が露出した状態にまで切られている前髪がさらに上に上がってほとんどなくなってしまった。
丸くて広いおでこはコンプレックスなのに、それを隠せないほど短く切られてしまってもう泣きそうだ。

トップの髪も櫛からはみ出た髪をパチン、パチン、パチン…と小気味よいリズムでどんどん切っていく。
目の前に短い髪がパサパサと落ちてきて頭頂部全体に短い髪が芝生のようにツンツン立つような状態にされた。

おばさんは時折私の頭をグリグリと撫でながら髪を落としながら、髪の長さを整えていく。整えるといっても長くなるわけはない。指1本分くらいの長さで髪が摘まれながらどんどん切られて短くなっていく。
もう何がなんだかわからない。されるがままの私。

ようやく頭の上のカットが終わり、再び耳の周りや首のあたりの髪が切られていく。
バリカンは使われなかったけど、髪の根本から櫛が入り、チョキチョキ、チョキチョキと髪を刈り上げられていく。

すごく短い髪なのにこれでもかと念入りに切られていく。
ついに私はバズカットと呼ばれる前髪も短い少年のような髪型にされた。
仕上げにくり抜くように耳の周りの髪が切られ、小さなバリカンで産毛や後れ毛が剃られてカットが終了。

「どう?あなたショートの方がよっぽど似合ってるじゃないのよ。おでこも出した方が似合うわよ」と鏡で短く刈り上げた後頭部を映し出しながら無責任におばさんが言い放つ。

その通りで、こんなに短く刈り込んだ髪型も似合っていないわけじゃないし、おばさんの腕前は確かだ。
だけど頼んでいないのにここまで短い髪型にされると凹むし、これからどうすればいいのかわからない。
私は振り向いて大声で抗議しようかと思ったけど小さな女の子たちと目が合った。

子どもたちは「お姉ちゃんの髪、ママといっしょみたーい」悪気なく私の断髪を歓迎している。

ここで大声を出したら子どもたちが怖がっちゃう…
ハッと思い直して怒鳴るのをやめた私。どこまで人がいいんだろう。

おばさんはホウキで私の髪を掃き集めフロアの隅に寄せると椅子を倒し、シャンプー台を引っ張り出して私の頭を洗い始めた。
短くされてしまった髪は多少乱暴に洗ってももつれたりしない。
おばさんは指のお腹でガシガシと強く私の頭皮を擦りながら洗っていく。
丁寧にシャンプーが終わった後、そのまま頭皮マッサージが始まった。

こめかみのあたり、耳の上、首筋、頭頂部…頭や首筋にあるツボをおばさんは「ここは小顔効果がある」「このツボは眼精疲労にいい」など説明をしながらマッサージしてくる。
少し痛い場所もあるが再び椅子が持ち上げられた頃には目がシャキッとした気分になった。

最後にドライヤーとワックスで調髪がされる。
束感を出しながらツンツン立っている髪を寝かせていくスタイルに仕上げられていくが2センチほどに切られた前髪では広いおでこは隠せない。
仕上がりは今までと違って、どこか色っぽい感じが漂う雰囲気だし、決して似合っていないわけじゃないけど、あまりの変わりように脳が処理しきれない。

「はい。お疲れさまー」

すべての作業が終わり、ようやく解放された。
未だに信じられないというか信じたくないヘアカット。
メイクを直し、お金を払い店を出ると一目散に駅ビルまで歩き、洗面所の鏡で変わり果てた自分の姿を確認する。
決して似合っていないわけじゃないんだけど、こんな髪型でこれからどうしていけばいいのかさっぱり想像がつかず、後悔でいっぱいだ。
SNSで自分の姿を出すのをどうしようかと悩んでしまう。
髪が伸びるまで帽子を被って投稿するか。ウィッグを買うか。それともこの髪型で自撮りしようか…。
指で摘める程度にしか残っていない髪を何度も触りながら考えてため息をつく。

(あっ。イヤリング忘れて来ちゃった)

逃げ去るように店を出たからカットの前に外したイヤリングを返してもらうのを忘れているのに気づいた。
またあの店に戻らなきゃいけない。

もう二度とおまかせカットなんかしない。
とにかく早く髪を伸ばさなきゃ。
自意識過剰かもしれないけれど、今はとっても恥ずかしいから帽子を深めに被って、再び美容室へと戻るのだった

⭐︎GWはいかがお過ごしでしょうか。5/8予定の作品が早くできたので早めに発表します。世界観は「ゆく年切る髪」と繋げてみました。この作品がよかったら「スキ❤️」のクリックをよろしくお願いします。また連休中にぜひ過去作品も読んでみてください。
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