断髪小説 ダブルス① 〜母の暴走〜


土曜日から高校最後の大会が始まる。
私とミユは卓球でダブルスを組んで全国大会の出場を目指している。
中学時代からペアを組んでいる私たち。
最高学年になって順当にいけば県大会は勝ち抜けるはずだ。
全国大会に出られれば東京の大学の特別推薦をもらえることになっている。
特段頭がいいわけでも経済的に恵まれているわけでもない私たちが都会の大学に行くためにはまたとないチャンスだ。

しかし2人とも何故かこのところ集中力に欠けていて調子が上がらない。
その上、昨日ミユは彼氏とケンカしたらしく、イライラしていたようだ。
ラリーでミスを連発した私にイライラしていたミユが
「何ミスばっかりしてるのよ!いい加減にしてよ」と怒鳴ってきた。
普段はそんな安い挑発になんて乗らないのに、私はついカッとなって言い返して激しい口論になってしまった。

すぐに顧問のハヤタ先生が来て、私たち2人はすごく怒られた。
「あなたたち。県予選に将来かけてるんじゃないの?」
「はい」
「別にダブルス組んでる2人が喧嘩するのはいいわよ。勝手にすればいい。だけど練習中にするのはよくないよ。みんなの迷惑になるじゃないのよ」
「すみません」
「そもそもあなたたちここのところ全然集中できてない」
「はい」
「本当に勝つ気あるの?」
「はい。あります」

後輩たちは練習を再開して、すぐ近くでラリーをしている。
コツンコツンとラケットにボールが当たる音とキュッキュッとシューズが床に擦れる音がする。

その音に混じって私たちは信じられない言葉を聞いた。
「あなたたち試合までに髪を短く切ってきなさい」
「えっ?」
「あなたたち全然集中できてないし気持ちを引き締めないと絶対に勝てないわよ。私みたいに耳を出す髪型にしてきなさい」
ハヤタ先生は男性顔負けのショートカットだ。

「…はい」私たちは従うしかない。

ハヤタ先生も私たち2人をなんとしても全国大会に送り出したいという思いで、これまで私たち2人を熱心に指導してくれていた。
特にこの1年はまだ小学生の子どもがいるのに、車で県外の強豪校に泊まり込みで練習に連れて行ってくれたり先生の母校である大学に特別推薦の枠を作ってもらえるように掛け合ったもらったりしている。
髪を短く刈り込んだのも半年前のことだ。「家事と仕事を両立するのに時間がないから」と言っていた。
だからこそ今の私たちの不甲斐なさに情けなさを覚え「髪を切ってきなさい」と命令めいた指示をしたんだと思う。

「今日は帰りなさい。他の部員に迷惑よ。明日からは気持ちを入れ替えて来なさい」
「はい」
更衣室で着替えているとミユが「ごめん」と謝ってきた。
「アヤの髪綺麗なのに切らなきゃいけなくなったの本当に申し訳ない」って。
「別にいいよ」
私の場合は高校になって髪を伸ばし始めたけど、ミユの方こそ小さい頃からずっと髪を伸ばしているからショックだと思う。

家に帰ると、いつもより随分と早い帰宅にお母さんが驚いている。
理由を聞かれたので、今日の出来事を正直に全部話した。
髪を切らなきゃいけないことも。
お母さんは「そりゃあアヤたちが悪いんだから言われた通りにしなきゃダメよ」とピシャリ。フォローも何もない。

そして「ちょうどいいわ。ショウゴも夏の大会の前だし、今から散髪しようか」
「えーお母さんが切るの?」
「そうよー。文句ある?」

私は今もお母さんに散髪をしてもらっている。
いつもは前髪は眉にかからない長さで、あとは肩の下10センチあたりまで伸ばした髪を切り揃えてもらうだけだけど今回は違う。
耳出しのベリーショートになんてできるのだろうか。不安でしかない。
だけど、お母さんはもう外に出て庭先に椅子を置き、戸棚から散髪道具一式を取り出して準備万端だ。

「もう着替えなくていいから早く外に出ておいで」と急かされる。

覚悟を決めて外に出て椅子に座ると、お母さんは私のワイシャツの一番上のボタンを外して首筋を出し、いつもは付けないヘアキャッチのついたケープを巻いた。
後ろで一つに束ねている長い髪の先はヘアキャッチの届いている。

お母さんは「先にこの髪だけ切っちゃおうかしら」と言いながら、髪束を手に取った。
「えっ?これそのまま切っちゃうの?ウソでしょ?」
ドギマギしている間にお母さんはハサミをエプロンのポケットから出して

ザクッ…ザクザクザク…と首筋に響くような音を立てて切り離していく。

「ちょっ…tっと..」私の静止など聞かない母の暴走。

髪はザクザクとあっという間に切り離され、
「ほーら切っちゃったよー」とお母さんは楽しそうに髪束を私に手渡した。

根本が不揃いに切られた髪。さっきまで私の背中で揺れていたはずの髪の束が手の中にある。
「あーぁ」私は片手で首筋を触って確かめてみるが、今まであったはずの首筋に髪はなく、手の甲にチクチクと切られた髪の毛先が当たる。

「あーぁ」何度も溜め息が出てしまう。私の髪無くなっちゃったよって。

「何泣きそうになっているの。仕方ないじゃないの。それにまだこれからよ」お母さんは切ったばかりの私の髪を散髪用の櫛でとかしながら言った。チクチクと櫛の歯先が頭に当たってくすぐったい。

不揃いのボブ状態になった私の髪。
お母さんは手際良く眉より少し上の方の髪だけを取り分けて頭の上に留め始めた。
サイドを留め終わると一旦家の中に戻って大きなヘアクリップを持って来て、後ろの頭の髪が取り分けられてヘアクリップで留める。

そして残った髪がもう一度櫛でとかされて…。
お母さんはエプロンの大きなポケットからバリカンを取り出して、私の後ろでカチャカチャと調整をして、カチッとスイッチを入れた。

「えっ、えっ?それで刈り上げちゃうの?大丈夫なの?」
いつも弟を坊主に仕上げているバリカンを高校生の娘に使うのってどうなのよ。
お母さんは「ちょっと動かないでね」と私の後ろ頭を押さえて、首筋からバリカンを入れた。

ジャリジャリジャリジャリ…
 ジャリジャリジャリジャリ…

ジャリジャリジャリジャリ…
 ジャリジャリジャリジャリ…

すごい音が後ろ頭から響いてくる。
そしてバサバサと後ろ頭から髪が落ちてるのもわかる。
何回か後ろ頭にバリカンが通った後、お母さんが私の後ろ頭を確かめるように撫でた。

肌荒れしてカサついた母の手の感触が刈り上げられた頭皮に直接当たってチクチクする感触。えっそんなに短く刈り上げられてるの?大丈夫なの私?
不安でたまらないけど確かめることができない。

お母さんはボソッと「まあいいか」と言って、今度は右耳の周りを刈り上げ始めた。
ブーンという機械音とジャリジャリと髪が刈られる音がすぐ近くになって怖い。
長い髪がボサボサとヘアキャッチに集まって、肩のあたりにわずかに重みを感じる一方で、耳の周りには髪の感覚が消えてなんだかひどく風が通るようになった。
反対側の髪も同じように刈り落とされ、バリカンのスイッチが切られる。

一体どんな頭にされたのか確かめたいけど、確かめたくない私。
頭の上で留めたヘアクリップが外され、また耳の周りに髪の毛がある感覚が戻るとなんだかちょっとだけ安心した。

だけど…
お母さんは私の髪を霧吹きで湿らせると、また櫛で私の髪を丁寧に撫でつけて、前髪から
ジョキリジョキリ…ジョキリジョキリ…といつもより短めに真っ直ぐに切り始めた。
そして同じような高さに櫛を当てて、真っ直ぐに狙いをつけながら
ジョキリジョキリ…ジョキリジョキリ…とサイドの髪まで切り進んでいく。

さっきと同じくらい長い髪だけど濡れて重くなっている分、ヘアキャッチに落ちるときの音も大きい気がする。
やがて私の耳の周りからは髪のある感触が消えた。

同じように後ろの髪もジョキリジョキリ…ジョキリジョキリ…と切られていく。
後頭部からも湿り気を帯びた髪のある感触が消え、まだ暑い夏の西日が私の頭皮に直接当たってきた。
ハサミが頭をぐるりと一周し、母は仕上げに向けて短く切り揃えた髪を再び櫛で撫でつけた。
櫛は耳のかなり上で髪をとかし終わると、後はむなしく髪がない頭皮を擦っていく。
母はそこからまたハサミを横一直線に当てながらジョキ、ジョキと念入りに切っていく。ハサミの当たる位置が怖いくらい高い位置だ。
だんだんお母さんの顔も心配そうになって、時々首を傾げている。
間違いなく失敗してる。

「これでいいかなぁ?まあしばらくしたら馴染むでしょ」と結果に対して無責任な独り言を言い放ち自分を納得させようとしている。
私は一体どうなってしまったのだろう。
ここで私は初めて後ろ頭に右手をあててみた。

ヒタッ…

緊張の汗で濡れた手のひらが頭皮に触れた。

「えっ?ウソ?ウソだぁ!」

後ろ頭や耳の周りに髪が全くない!

「お母さんどんだけ短く刈り上げたのよー」

私は大声を上げて抗議しながら、今度は頭のてっぺんから髪を撫でつけるように触ってみた。

「えー信じられない!何?どうなってるのこれ?」

後頭部の途中から突然髪が途切れてゼロになる感触。これ大事故じゃないか。

もうたまらなくなって、自分でケープを外すと走って家に中に入って、洗面所の鏡を覗いた。

「キャーーーなにこれ。信じられなーい」

まるで丸い鍋の蓋を被せたような前衛的なヘアスタイル。
キノコっていうよりも殻を被ったドングリのような不格好なヘアスタイル。
耳の周りや後頭部は数ミリで刈り上げられて真っ青になっていて、隠すことができない。

あー明日からこの情けない髪型でどうやって過ごせばいいのよ。
これじゃかえって競技に集中できないかも…。
もはやネガティブな感情しか湧き上がってこない。

こんなになるなら喧嘩なんかするんじゃなかったよぉ。
そう後悔しても遅すぎる。

それにしても不格好なボウルカットだ。
面長の輪郭にこの髪型は絶対に似合っていない。
数ミリに刈り込まれたサイドや後ろ頭に合わせてトップまで切っちゃうととんでもなく短くなってしまうし、そこからまた髪を伸ばすとすごく時間がかかりそうだ。

涙目になって必死に残った髪を引っ張るけども髪は伸びるはずもない。
むしろ乾き始めた髪は内側に巻くように上がり始めて余計に短く見えるようになっていく。
もう惨めな自分の姿を見るのが嫌になって、私はシャワーを浴びるのだった…。

(続く)

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