断髪小説 応援 〜成人のお祝い〜(合わせ鏡③)

ミキとは東京の大学のチアリーディング部で出会った。
同じ県の出身で話が合い、すぐに仲良くなった。
ミキは体操をやっていたらしく、アクロバティックなパフォーマンスが得意だ。
子猫のような軽やかなジャンプは見るものを魅了する。
とてもポジティブな性格で、同学年の中ではみんなを引っ張るリーダー的存在だ。
そんなミキが2年生の秋頃から突然部活にも大学にも来なくなり、LINEをしても返信がなくなった。

どうしたんだろうと心配をしてたら、人づてにミキが入院していると聞いた。
ウソでしょ?と半信半疑でLINEをすると、「黙っててごめん笑」と返信があった。
どうやら地元の大きな病院に入院しているようだ。
次の日曜日、私は高速バスに乗ってお見舞いに行った。
受付で手続きをして病室を訪れると、ミキは個室のベッドでスマホをいじっていた。
「ヤッホ久しぶり!」
ミキは明るく右手を上げるが、左手には点滴の針が刺してある。
「LINE返信しなくてごめんね。ちょっとゴタゴタしてた」
そんなこと謝らなくていいからと返事をする私。
しばらく見ないうちに痩せたミキが心配だ。
「体力が戻ったら今度は投薬治療もしなきゃいけないから、まだ入院しなきゃいけないみたい」「髪の毛も抜けるみたいだから、先にガーって坊主にしようかと考えてるんだけど、どう思う?」と聞いてくる。私は答えに困ってしまった。

チア部では、競技の時に出来るだけ同じ髪型とメイクで臨めるようにみんな髪を胸のあたりまで伸ばしている。
「とにかく今は治療に専念しよう。学校のこととか何か出来ることがあれば協力するから」ということが精一杯だった。

それからミキとは毎日のようにLINEでやり取りをするようになった。
内容は他愛もないことや愚痴が多い。
薬の治療も始まるようで「これから院内の理容室に行くよー。どうせ全部抜けるなら先に剃るわ!」というLINEが送られてきた。
夕方「髪切ったよ!」というLINEと坊主頭になったミキの変顔の写真が送られてきた。
私は「かわいいよ」と送ったら
「ありがと」というスタンプが返ってきた。
その後、またしばらくLINEのやり取りが中断した。

お正月
ミキにあけおめのLINEを送った。
2日と3日は駅伝大会のチアもある。
ミキから久しぶりに返信があった
「あけおめ!LINE滞っててごめんね。治療辛かった。もうすぐ退院できるかも」
私は実家に帰省するついでにお見舞いに行くことに決めた。

1月4日、帰省の途中に病室に立ち寄った。
ミキは4人部屋に移っていて前より元気そうだったけど、身体はさらに痩せている。
面会室に車椅子で移動して話をした。
この間、入院して単位が取れていないし、治療もあるので休学をするかもしれないけど、いずれは大学に戻って勉強したいし、チア部にも戻りたいと話している。

あと「成人式も出られなかったなぁ」と残念がっていた。
ミキの髪はまだ生えておらず医療用の帽子を被っている。
そういえば月曜日は成人式だったな。地元にはいい思い出がなかったので、あまり興味がなかった私。できることなら代わってあげたいくらいだ。
頑張ってるミキを見ていると、どうにかして励ましたくなった。
私にできることは何か、実家に帰ってから私はある行動を思いついた。

成人式の前日、私は東京に戻る途中に病院に立ち寄ることにした。
お見舞いの前に病院の近くにある10分カットの理容室に行こうと決めていた。
そう。私は坊主頭にして1日早くミキと成人の日をお祝いしようと考えたのだ。

駅前でバスに乗ってひとつ手前のバス停を降りるとすぐのところに理容室があるのを覚えていた。
バスを降りて、誰か他にお客さんがいたらイヤだなぁと、お店を覗いて見ると、店員さん以外誰もいない。
少しほっとして理容室に入ると、自動販売機でチケットを買うように若い男性の店員さんに声をかけられた。チケットを買うとすぐにコートを脱いで荷物を置いて椅子に座るように案内された。
椅子に座ると店員さんは手際よく薄い紙を首に巻いてその上にビニールの刈り布を巻き、髪のゴムをほどいて私に手渡し、プラスチックの櫛で髪をとかしながら、「今日はどうされますか」と聞いてきた。

私は「丸坊主にしてください」と注文すると
店員さんは少し驚いて「丸坊主ですか」と聞き直してきた。
私は「はい丸坊主で」と答える
「できなくはないですが、本当にいいんですか」と櫛で髪を撫でながら再度確認をしてきたので、「お願いします」とだけ答えた。

すると「長さはどうしますか」と聞いてきた。あまり考えず私は「一番短いのでお願いします」とオーダーすると、さらに「一番短いと0.8ミリくらいでできますけど」と充電器に差し込んであったバリカンを手に取り、カチャカチャといじりながら確認してきた。
私はちょっとびっくりしたけど「それでお願いします」と返事をした。

(ついに言ってしまった…)
今まで全然緊張してなかったのに、ここにきて急に胸がバクバクしてきた。
ワキ汗も急に出てきた気がする。

店員さんは何度も確認してきた。もう取り消せないだろう。
やばいどうしよう…。髪が本当になくなっちゃう…。
お店にはラジオが流れているけど、バリカンのスイッチが入ってブーンというモーター音がその上に響いた。

「いきますよ」
ああ、いよいよ始まるんだって思うと今度は口の中が乾いてきた。
「はい」って返事をしようと思った矢先に、店員さんは前髪を持ち上げて私の額の真ん中にバリカンをあてた。

ブーンという音に続いてザザザザ…という音というか感触が頭の上で響いた。
ちょっとびびって思わず頭を後ろにのけぞらせようとしたけど、店員さんに左手で後ろ頭を押さえられている。
バリカンはいとも容易く刈った髪を後ろに押し退けるようにしながら、真っ直ぐつむじ近くまで進んだ。
痛みなど全然感じなかった。
だけど髪は捲れ上がるように後ろの方に押しやられ、髪がバサバサと落ちていった。

そして…鏡にはゆるめにカールした胸まであるロングヘアなのに、頭の真ん中だけ地肌が丸見えになってしまった姿が映っている。

(ああついにやっちゃったー。もう丸坊主になるしかないな。)

黒い髪と白い地肌のコントラスト。この現実を目の当たりにして後悔してももう遅い。
バリカンは私の右側の髪をどんどん刈り落としていく。

体の一部だった髪は切り離された瞬間、目の前を通り過ぎてケープを伝って床ヘこぼれ落ちる。おへそのあたりに落ちてきた髪をケープ越しに両手で触ってみたけどなんだか変な気持ちだ。
店員さんは、もみあげや耳のあたりの髪を左手で持ち上げ、バリカンを潜らせながら床に刈り落としていく。
刈られた髪のなかにはそのまま床に落ちず、肩の上に載ってしまうものもある。店員さんは悪意もなくその髪も左手で払うように床に落としていく。

大事にしていた髪が床に落ちるのを鏡越しに見ていると悲しい気持ちになってくる。
きっと店員さんに踏まれたりまたがられたりしているだろう。
髪は切られたその瞬間に私の所有物ではなくなり、ゴミとして扱われるんだ。

黒い幕のように顔の周りを覆っていた右の髪が刈り落とされると、半分は丸い坊主頭、半分は黒いロングヘアの状態になった。
過去の自分と未来の自分が分岐するような状態の頭を目にすると、泣くつもりなどなかったのに、目に涙が浮かんできた。
丸坊主にすることはミキに頼まれたわけでもなく、自分ひとりで勝手に決めたことなのに。ここまできたら坊主になるしかないって分かりきっているのに…だ。

後ろの髪が刈られる時も髪が持ち上げられて、うなじから頭頂部までバリカンが通るのだが、バサバサとケープに落ちる音がこれまでよりも重くて、私は衝撃を受け続けている。
後ろを刈り終えたバリカンが一周してまだ髪が残っている左側を刈っていく。
肩に載る髪、そのまま床に落ちていく髪、前に落ちてくる髪…。
黒い髪がどんどん剥がし落され、もう少しで私の髪が全部なくなってしまう。
ついに涙が一粒溢れ落ちたけど、私は目をつむらないで断髪の一部始終を見届けた。
長い髪がすべて刈られたあとも刈り残しをなくすために、バリカンは頭全体を滑りまわり、徐々にジジジという音も少なくなってくる。店員さんに頭皮を摘まれたり、引っ張られたりされて、これでもかというくらい刈られ続けるのがすごく恥ずかしい気持ちにさせられる。「もういいよ早く終わって」と心の中で叫ぶけど、店員さんは私の頭をじっと見ながら念入りに仕上げをしていく。僅か数分間が私にとってはとても長く感じる。

バリカンのスイッチが切られた。

ものの数分間で何年もかけて伸ばした髪があっけなく0.8ミリにされた。
ブラシのようなものでゴシゴシと頭を磨かれるように擦られ、掃除機のホースみたいなもので頭全体が吸われて頭にくっついている髪が落とされていく。
最後に店員さんはもう一度バリカンのスイッチを入れて2カ所ほど刈ったあと「お疲れ様でした」と言いながら、鏡で後ろを見せてくれた。
髪がなくなってお坊さんのような丸くて白い後ろ頭は本当に自分の姿なんだろうかと疑ってしまうほどだ。

私は黙って頷くと、店員さんはケープと首に巻いた紙を解いてくれた。
髪がなくなった頭に手のひらをそっと当ててみた。かろうじて髪が生えていることは確認できるが、今までの髪のふんわりとした感覚は全くなくって、初めて直接触る頭皮は少し柔らかくて温かな体温を感じる。
首の周りにも耳にも髪の感触が全くない生まれて初めての不思議な感覚だ。

途中、涙が出たことを店員さんは心配していたのか、店員さんが「大丈夫ですか?」と声をかけてきたので、私は「大丈夫です。ちょっとびっくりしただけです」と答えた。

荷物を棚から取ってもらい、コートを着る。
コートを羽織るときにいつも邪魔をしていた長い後ろ髪はもうない。それなのにまだコートの襟元からはシャンプーの残り香がする。
ふと床に目をやると、座っていた椅子の周りにびっくりするほどたくさんの私の髪が落ちていた。
変わり果てた自分の姿も床に落ちた長い髪もこれ以上見ていると、また悲しくなってしまう。
一刻も早くこの店から出たくなった。
ラジオからは今流行っている女性アーティストの歌が流れてきた。
私はそそくさとかばんから赤いニットの帽子を取り出して頭に深く被り、マフラーを巻くと店を後にした。外に出ると異常に耳の周りが寒い。髪がなくなったことを肌で思い知らされた。

バス停一つ分の距離を大きな荷物とケーキを持って早足で移動し、病院の受付で面会手続きを済ませる頃には身体も温まっていた。
ミキがいる病室に向かう途中、トイレの洗面所に立ち寄り、もう一度自分の姿を確認する。
ニット帽子を脱ぐと、帽子の中で蒸れて汗をかいていたのか、頭にすーっと涼しい空気を感じた。明るい電灯に反射してテラテラと光る頭の自分が映る。

ほぼスキンヘッドの真っ白い頭を両手でまた撫でながら、自分がやってしまったことの取り返しのつかなさを実感する。
いつウィッグを買うかとか、明後日のバイトをどうしようとか心配が次々に湧いてきた。
だけど今さら考えても仕方ないのだ。気を取り直して帽子を被り直して、ミキの病室に入る。

ミキは前来た時よりも元気そうだ。私が近づくとすぐに「違和感」を感じとったみたいで「髪どうしたの?」と聞いてきた。
私は少しおどけながら「ジャーン!」と声を発して帽子を脱いだ。

次の瞬間
「はぁ?なんで」とミキは驚いた

「20歳の記念にミキと同じ坊主にした」

「信じられない」

「晴れ着とか着る予定なかったし。頑張る人を応援するのがチアでしょ」

ミキは「ごめんねー」と言ってワンワン泣き出した。

「いや、謝るようなことミキは何もしてないし」

私はなだめることで精一杯だ。
「ありがとう。ありがとう」ミキは何度もこの言葉を繰り返した。
泣きやんで落ち着いた後、看護師さんに頼んで2人の写真を撮ってもらった。
坊主頭の新成人が2人。

退院して元気になったら、行きたいところなんかも話した。
地元の温泉に行ってみたいとか、お花見の名所に行こうとか話が弾んだ。
きっとお花見の季節の頃には2人ともベリーショートくらいに髪は伸びるだろう。
それまで私はミキを応援し続ける。

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