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断髪小説 いとこの受難

夏が来る。
夏は楽しいイベントもたくさんあるし、水泳のシーズンだから大好きだ。
私は小さい頃から水泳をやっていて、県大会でも結構いい成績をあげている。
だけどこの季節にはイヤなイベントが一つある。
それは散髪。

学校のプール開きの前になると、おばあちゃんが「夏だから髪切るよーー」って問答無用で髪を短くしてしまう。
おばあちゃんは私のお父さんやおばさんの散髪もしていたから腕前は確かだ。
夏が過ぎると、再び髪を伸ばすことが許される。
ようやく肩につきそうかなぁってくらいまで髪が伸びた頃にまた夏が来る。
再び髪を短く切られてリセットというサイクルを毎年繰り返している。

ところで私には同い年のいとこがいる。お父さんの妹の娘で名前はマナという。すぐ近所に住んでいて、小さい時から仲良しだ。
マナは性格もいいし、可愛いし、頭もいい。
これと言った欠点もなくて、私が明確に勝っているのは水泳だけかもしれない。

そんなマナと私はよく顔が似ているねと言われる。いとこ同士だから不思議ではないのだけど、ずっとショートカットの私とずっとロングヘアのマナとでは全然雰囲気が違うから実感できない。
マナの髪は長くて黒くて真っ直ぐで、とってもいい匂いがする。
私もマナのように髪を長く伸ばしておしゃれをすれば、みんなから可愛いって言われるかなと思うと少し羨しい。

6月の金曜日の朝、おばあちゃんが朝ごはん食べてる私たちに

「来週からプールが始まるから今日の夕方にでも散髪をしようかね」と言ってきた。
私と妹は「あー今年もかぁ…」ってがっかりする。

「毎年のことでしょ。さっさと髪切ってもらってスッキリしなさい」
お母さんは私たちに同情をしない。むしろ私たちの髪が短ければ短いほど満足するショート推奨派だ。

「家に帰ってきたら順番に散髪するからね」髪を切ることを言い渡された私は洗面所で鏡を見ながら髪を結んだ。せっかく結べるようになったこの髪も、またしばらくお別れか…。と名残り惜しくなった。
おばあちゃんの夏の散髪は絶対に耳が全部出るように刈り上げられる。
だけど年によってトップや前髪の長さは全然違う。お猿さんのようにすごく短く切られた年もあれば、マッシュルームカットのように全体的に長く残してくれた年もあった。
去年は割と長めにだったので、今はここまで長く伸ばすことができたけど、今年はどうなるのかなぁ…。

授業が終わって、部活の時間になった。
まだプール開きをしていないし、今日は町のプールも使えないから、水泳部は筋トレやランニングだ。
ジャージに着替えて歩いていると、マナが近くに寄ってきた。

「ねえ。今日泊まっていい?」マナは両親とケンカをしたりすると、必ず私の家に泊まりにくる。

「また家でケンカしたの?」ちょっと呆れながらマナに聞くと
「だってママが本当にウザいんだもん」としばらくグチを聞くことになる。
確かにマナのママは口うるさいところがあるから気の毒だ。

「まあ、私は構わないけど」って返事をすると
「なら生徒会活動が終わって、家に荷物置いたらすぐに行くね」と嬉しそうにその場から立ち去った。
「ウチに来る時はおばさんにはちゃんと言ってからにしてね」
私はトラブルに巻き込まれないように念のためマナにクギを刺した。

マナと別れてから、ふとそういえば今日散髪するんだということを思い出した。
散髪されているところをマナに見られるのは嫌だなぁ。
マナは何時頃来るんだろうって心配になった。

部活が終わり、家に着いた。
「おかえり」
おばあちゃんが元気に声をかけてきた。
庭先に車を出して、車庫の中で妹の散髪をしている最中だ。
「おかえり」
少しブスッとしながら妹も私に声をかけてきた。

(うわっ。なにっ?今回超短いじゃないかー)

妹はベリーショートどころか、まるでスポーツ刈りみたいに髪を短く刈られている。
トホホ…。今年は過去イチ短くされるみたいだ。

「今年は2人とも最後の大会だろ。気合いを入れなきゃいけないからね」

中3と小6の姉妹に対して、おばあちゃんに悪意は全くなく、ただ期待を込めて髪を短く刈り込んでいる。
妹のうなじや耳の周りを刈り込んでいる電気バリカンは、お父さんが子どもの頃から使っている年代ものだ。時々髪が上手く切れなくて痛いって妹は顔をしかめている。

「カバン置いたら、着替えなくていいからすぐにおいで」
おばあちゃんはそう言ったけど、妹の髪型を見たら一旦気持ちの整理が必要になった。私は部屋で少しだけ横になり、気持ちを整えてから外に出た。

「カッコよくしてもらったじゃない。いいわよー」
外に出ると、お母さんが妹を褒めていた。妹は鏡を見て泣きそうになっていた。
慰めようにも言葉が見つからない。
だって私ももうすぐ同じ目に遭うのだから。

「それじゃあ、次はあんただから早く座って」

せっかちなおばあちゃんはさっさと私の散髪を済ませたいみたいだ。

「わかったけど、お母さん。今日マナが泊まりに来たいって言ってたよ」
と伝え忘れていた要件をお母さんに伝える。

お母さんは
「うん。さっきママからLINEがあったわ。もうすぐ来るって」
うわ。早く散髪してもらわないとマナに見られちゃうよー。
なぜだろう。結果は変わらないのに、他人に髪を切らているところを見られるのはすごく恥ずかしい。

私は、おばあちゃんが急かすからではなく、マナに散髪を見られないために急いでケープを自分で巻いて椅子に腰掛けた。
おばあちゃんは横に置いてある洗面器から水を掬って私の髪をピチャピチャ濡らして櫛で梳くと、耳たぶくらいの長さで一気に髪を切り落とした。

ジョキジョキジョキ…

毎年のことだけど、この瞬間はショックだ。

そして前髪が持ち上げられると、一気におでこの上の方までバッサリ切られた。
いつもはこんな風に切られることはない。一瞬ドキッとするが、おばあちゃんは待ってくれることはなく、どんどん頭全体の髪を数センチを残してザクザク…ザクザク…と一気に切ってしまった。

(うわー最悪だよ)

私は途中で頭を触って顔をしかめたけど、お母さんは嬉しそうにスマホを向けて動画を撮っている。

「やだ。何してんの」って文句を言うけど動けない。

おばあちゃんがバリカンに道具を持ち替えて、ザリザリと私の頭を刈り始めた時だった。

「こんばんはー」と、マナがここにやってきた。

「あら。マナちゃんこんばんは。」
おばあちゃんもバリカンのスイッチを一旦切って自慢の孫に挨拶をする。
その時の私は左半分のサイドの髪だけが刈られている中途半端な状態。
イヤだー。こんな姿はマナに絶対見られたくなかった。

「散髪してたんだね。ごめん。知らなかった」

マナは私に謝ってくるけれど、興味深そうに私の断髪の模様をジロジロと見ている。
そうだよね。マナは散髪なんてしないし、悔しいって心の中でムカついている。

バリカンの刈り上げが終わってもマナはお母さんといっしょに私の散髪の様子をずっと見ている。

「マナ。私の部屋で待ってていいからね」

ハサミでトップや前髪を短く切られている最中に、私は恥ずかしくてたまらなくなってマナに話しかけた。
するとお母さんから信じられない言葉が発しられる。

「いや。ダメよ。だって次はマナちゃんの番だからここで待ってて」

えっ………?

私もマナもビックリした。
「えっ。なにも聞いてないんですけど…」
余裕しゃくしゃくの態度だったマナが急にオドオドし始めた。

「ママからLINEが来た時に、今みんな散髪してるって送ったら、マナちゃんもお願いって返事がきたのよー」
とお母さんはすごくうれしそうに返事をしている。

「いやいやいや。でも私、何もそんな話聞いてないし…」マナは慌てふためいて必死に拒否している。
そりゃそうだ。突然こんなところで散髪しろと言われたら誰だってマナみたいに混乱する。ましてやこんなに短くされるかもしれないのなら。

「マナ。あなたもバレー部の最後の大会なんでしょ。」おばあちゃんがマナに声をかけた。

「そうだけど私補欠だし。どうせ一回戦で負けちゃうよー。だから髪切るなんて恥ずかしいよー」

「そんなことないよ。今から頑張ってレギュラー取りな」

おばあちゃんはすっかりマナの髪を切る気マンマンだ。

「エーーーー!」マナは頭を抱えて叫んだ。

(もう逃げられないな)

ママと喧嘩して家を出ているから家には帰れない。
かわいそうという気持ちもするけど、それ以上に私はマナがどんな変身を遂げるのか興味深々だ。同時にさっきまで余裕しゃくしゃくだったマナにちょっとだけざまあみろっていう気持ちも沸いている。

おばあちゃんはどんどん私の髪を短く切っている。
だけど今は自分がどんな髪型になってもいいやという気分だ。
今回はマナも道連れだ。私が短くされるほどマナも髪を短くされると思うとむしろワクワクしてくる。もしかして私は意地が悪いのかもしれない。
マナは私の断髪を泣きそうな顔でジッと見ている。

「ご苦労さん」

おばあちゃんが私の頭をゴシゴシと撫でた。
散髪が終わった。
足元には1年分の私と妹の髪がそこらじゅうに落ちている。
だけどこれからマナの長い髪がこれに加わる。
私はケープを自分で外してニヤっと笑いながら「ハイ」ってマナに手渡した。
突然の事態を受け止める暇もなく、マナは真っ青な顔をして首にケープを巻こうとしている。でも緊張してうまくヒモが結べない。

せっかちなおばあちゃんは
「私が結んであげるから早く座りな」と椅子に座らせてきつく蝶々結びを作った。

いよいよもう逃げられない。
髪がペチャペチャと濡らされ、長い髪が櫛で整えられていく。
マナは前髪は眉毛のあたりまでしかないが、髪は背中の真ん中に届くほど長い。
だからケープもビチョビチョに濡れていく。

「マナはずっと髪を長く伸ばしてたから、切りがいがあるねぇ…」
おばあちゃんは何度も髪を梳きながら感心しているけど、とってもうれしそうだ。
マナは緊張して何度も息をフーっと吹いている。
さっさと散髪に取り掛かって楽にしてあげればいいのにと思うほどだ。

いよいよおばあちゃんが櫛を左手に持ち替えてハサミを手に取った。
そしていきなり耳の真ん中あたりの高さからマナの髪を

ジョキリジョキリ…

と切ってしまった。マナは目を瞑って悔しそうな表情をしている。
濡れて重くなった髪がパサパサと音をたててケープを伝いながら地面に落ちていく。
何十センチあるかわかんないけど、見たこともないくらいの長い髪が地面に積もっていく。後ろの髪も生え際あたりからザクリザクリと雑に切り落とされていく。

あっという間にマナはおかっぱ頭のようなショートカットになった。
マナのショートカット姿なんて誰も今まで見たことがない。アゴのラインや頬が丸見えになると少し幼く見える。
きっとマナはこれで終わってほしい思っているだろう。ケープの上に残った長い髪を摘んで寂しそうにしている。だけどこれで終わるわけがない。

おばあちゃんは私の時と同じようにマナの髪を前から上に持ち上げてザクザクと切り進め始めた。

ジョキジョキジョキッ…ジョキジョキジョキッ…

あれだけ長い髪を切り落としてもバサバサと大量の髪がマナの頭から落ちていく。
途中、落ちた髪が唇にくっついたみたいで、マナはケープから手を出して口の周りを気にしている。
だけどそんなこと全く気にすることもなく、おばあちゃんは手を休めずにジョキジョキ、ジョキジョキ…とマナから髪を奪っていく。

結果あんなに可愛らしかったマナの姿は激変し、惨めなざんぎり頭になってしまった。

そしてマナの頭にもバリカンが入る。
もみあげから耳の周りの髪がザリザリと音を立てながら刈り上げられると、耳の周りから髪がなくなって地肌がうっすら見えてくる。
私と違って日焼けしていない白い肌が少しだけ色っぽいけど、やっぱり長い髪の頃の方が可愛いに決まっている。
後ろ頭にもかなり上までバリカンが入った。髪が引っかかるんだろう。マナも時々痛そうな表情を浮かべている。
長い髪を誇っていた後ろ姿は見る影も無くなった。
誰もが丸く出っ張ったごま塩のような刈り上げ頭を見て、本当にマナなのかって疑ってしまうだろう。

仕上げにトップの髪と前髪が短く切られていく。マナは呆然とおばあちゃんのハサミを受け入れているだけ。
前髪もほぼ無くなって広いおでこが隠せなくなり、別人のようになってしまった。

「頭が軽くなったでしょー」おばあちゃんはマナの髪を切りながら満足そうに話しかけているが、マナは何も答えない。
頭が軽くなっていいことなんかマナにとっては一つもないのだ。
おばあちゃんの言葉を聞いて悔しそうに必死で涙を堪えるマナの顔を見ていると、私はなぜか興奮を覚えてしまう。

あれだけ長かった髪が数センチほどしかなくなり、サイドや後ろは見事なくらい刈り上げられてしまい、マナにとっては地獄のような断髪が終わった。

マナの周りには真っ黒になるほどおびただしい量の髪が落ちている。
ケープを外してもらってTシャツ姿に戻ったマナ。
肩にも背中にも髪がなくなり、華奢な首の周りがやけにスッキリしていて随分違和感を感じてしまう。

見ている私たちでさえそうなのだから、マナ自身はもっと強い違和感を覚えているのだろう。首をやたらと傾げたり、頭や首の周りを何度も何度も触っている。
お母さんが鏡を渡そうとしているが、マナは「いいです」って断っている。
きっと断髪の現実を受け止めたくないんだろう。

髪を切られたマナは私と同様、まったく可愛くなくなってしまった。
私はいつもそんなにお洒落していなかったからまだいいけど、マナは違う。
いつもいっしょに遊んでいる友だちもお洒落な子が多いし、生徒会だってやっているからこれからどうするんだろうってちょっと心配になってくる。

それから私たちは順にお風呂に入って夕食を一緒に食べた。
最後にお風呂から上がったマナは目が真っ赤だった。私や妹でさえこの髪型はショックだったんだから、すごく辛かったんだと思う。
おばあちゃんたちは同じ髪型になったマナと私を見て
「やっぱりいとこ同士だ。あんたたち2人はよく似ているよ」と喜んでいるけど、2人とも今はうれしくなかった。

夜、私とマナは布団の中でお互いの頭をゴシゴシと触りっこをして戯れあった。
普段、自分からちょっかいをかけることは少ないマナから仕掛けてきたことだ。
きっと寂しさや不安を紛らわしたかったんだろうなって思うと、いつも以上にふざけてやろうと思って、お母さんが注意にくるほど騒いでやった。
マナもだいぶスッキリしたみたいだ。

明日からどうしようかなと思うけど、悩んだところで急に髪は伸びない。
マナは私に「月曜日は絶対に休んじゃダメだよ」と固く約束して電気を消した。

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