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断髪小説 自由研究(娘の仕返し)

第6章 娘の仕返し

カレンをサクマ美容室に置いて1時間経った。
その間に私はヘアドネーションの髪を郵送するためにジップロックとレターパックを買った。
たぶん予定通りに物事が進んでいるはずだ。

私がいない間にカレンは髪を切られてきっとショックを受けてるだろうけど、いい勉強になっただろう。
それにしても生まれて初めてショートカットになるカレンはどんな姿になっているだろう。
サクマさんはとても腕のいい美容師さんだから、きっとおしゃれにしてくれているはずだ。
プールの授業もまだあるし、髪が短い方が楽だろう。
なんとなくショートボブになった娘の姿を想像しながら、私はサクマさんの店に戻った。

カランカラン…

「ただいまー」そう声をかけて店の中に戻ったのだけど…。

(ウソ…)

ドアを開けた途端に目にした娘の姿に私は目を疑った。
角刈りにされたカレンの姿。
せっかくの美人が台無し…。
あまりにもみっともなく変わり果てた娘の姿に私は言葉を失ってしまう。

(いやちょっとサクマさんやりすぎでしょ)

抗議をしたいのだが、「お仕置きだから遠慮なく短く切っちゃてください」って頼んだのは私だ。
でも、まさかここまでやっちゃうなんてひどくないか?

「ママ。おかえりー」

カレンはこんな酷い頭になっているのに、何故か笑って話しかけてきた。
だけど目は真っ赤だ。絶対に私がいないところで大泣きしたのがわかる。

「カレン。髪すごく短く切っちゃったんだね」
私は自分のせいじゃないような言い方で声をかけた。
正直どう声をかけていいのかわからない。

全く似合っていない角刈りは短く刈り込まれ過ぎて修正不能の状態。
冬には中学受験もあって、もうすぐ願書を出すために写真も取らなきゃいけないのに、娘をこんな頭にしたサクマさんに怒鳴りたい。

「うん。私何も知らなかったから、こんなに短く切られちゃった」

カレンは明るく私に言葉を返したが、笑顔が一瞬途切れてすごい表情になったのを私は見逃さなかった。彼女の笑顔は目が笑っていない。私に対する敵対心が隠しきれていないのだ。

カレンが座っていた椅子の隣には、50センチを超える長い髪の束が置いてあった。
きっと根本から一気に切られたんだろう。
どれほど辛かったことだろうか。
心を痛めるが、きっと娘はわかってくれないだろう。

ここで髪をレターパックに入れて帰りがけにポストに投函するつもりだったが、早く家に帰った方が良さそうな気がする。

頭の中でいろいろ考えていると、カレンがこう言葉を続けてきた。

「自由研究だけど、私ヘアドネーションでこんなに髪が短くされるなんて聞いていなかったから、途中で泣いちゃって、それでうまく写真が撮れなかったの」

「そう」

そりゃそうだろう。ましてやこんな無様な仕上がりだ。私だってこんなことにされたら間違いなく泣く。

カレンは早口でさらに言葉を続けた

「でね。この美容師さんが言ってたんだけど、今からママにここでヘアドネーションしてもらって、自由研究にすればいいんじゃないかって」

(ウソー)

「えっ?ママが?イヤだイヤだ」
予想外の娘の提案に私はすかさず拒否をしたのだが、カレンはすごい力でギュッと私の右腕を握って、カット椅子のあるところに引っ張った。

「いや。だって。私先週髪切ったばっかりだし。今日は予約もしてない…」

私は先週の日曜日にこの店でカットをしてもらったばかり。
肩下10センチくらいできれいに整えてもらったばかりなのよ。
なんてこと提案したのって思わず近くにいるサクマさんを睨むように見ると目が合った。

「あら。親子揃ってヘアドネーションなんて素敵なことね。ママ大丈夫よ。今日の午前中はまだ予約入ってないからいいわよ。どうぞ」

サクマさんはカレンを止めない。
そして私から荷物を取りあげて、カット椅子に座らせてカットの準備に取り掛かる。

「イヤよー」 年甲斐もなく私は悲鳴をあげてしまった。


第7章 まな板の上の鯉

娘に強引に手を引っ張られ、カット椅子に座った私。
そこから私はもう動けなくなってしまった。
サクマさんは私にカットクロスを着せて、髪をゴムで次々と束ねていく。

「ママの場合は、ドネーションをするには下の方はギリギリの長さね」
サクマさんはカレンに笑いながら説明をしている。

カレンは私の姿をパシャパシャスマホで写真を撮って笑っている。
だけどやっぱり目は笑っていない。

「できたわよ」
サクマさんの言う通り、私の髪はワンレングスにしている前髪も含めて全部ゴムで束ねられてしまった。
まな板の上の鯉のような状態の私を見ながらサクマさんとカレンは楽しそうに話をすすめている。

そして
「最初の髪は私が切るね」とカレンがハサミを持って私に近づいてきた。

「えっなんで?」私は娘の言動に怯えてしまっている。

「だってやってみたいから」
そう言ってカレンは私の頭の上の髪の束のどれを切ろうかって探り始めた。

「ヤダ。なんであんたが切るのよ」
サクマさんに止めてもらいたくて後ろを向いたけど、サクマさんは腕を組んでニヤニヤ笑っているだけ。

やがてカレンが私の頭のてっぺんあたりの髪を上に引っ張るように持ち上げた。

「ママここ切っちゃうね」

「いやだそんなところ切ったら本当に…」

だけど私の言葉を遮るように

ジョキリ、ジョキリ、ジョキリ という鈍い音が頭の上で響いた。

カレンはあっという間に髪を切ってしまったのだ。

「え。ウソ。し、信じられない…」

カレンは
「見てーママ!こんなに切っちゃったよ」
って鏡越しにゆらゆら動かしながら私に見せつける。

でもちょっと待って…

サクマさんはゴムの結び目を根本から5センチくらいのところで留めてくれていたのに、カレンはさらに根本から私の髪を切っている。

「えっ、ウソッ、ウソッ?」
切られたあたりの頭を触ると切られたところが異常に短い。

サクマさんがカレンからハサミを取り上げながら
「カレンさんがこんな根本から髪切っちゃったから、結局ママの髪すごく短くしなきゃいけなくなったわよ」って呆れたような口ぶりをしながら笑っている。

きっとこうなるって予測していたように。

そしてカレンが切った隣の髪束を持ち上げて

ジョキリ、ジョキリ、ジョキリ…

「あっ…あっ…」

なんだかショックで声が出ない。
サクマさんもカレンと同じように根本に近い部分から髪を切っていく。

カレンはスマホで私の断髪の様子をじっと撮影し始めた。
やめて本当に恥ずかしい。

サクマさんもハサミを止めない。

ジョキリ、ジョキリ、ジョキリ…
 ジョキリ、ジョキリ、ジョキリ…

頭の上の髪がどんどん切られていく。
(あぁ私終わったな。)
カッパのようにトップだけ短くされた頭を見て、ちょっと泣きそうになってきた。

✂️✂️   ✂️✂️  ✂️ ✂️ ......

第8章 屈辱のバズカット

約1時間半後…。
結局私はカレンよりも短いクリクリのバズカットにされてしまった。
ここまで時間がかかったのは髪を染めたから。

アタッチメントのついたバリカンで頭全体を刈られてしまい、心が折れてしまった私。
歳のせいで広くなった分け目や、薄くなっているつむじの部分をサクマさんは鏡で映しながら「つむじが目立たないように明るい色で染めましょう」って鏡で映しながらすすめてきたから、そうすることにした。

ベタベタと薬剤が髪に塗り付けられると、地肌に付いてヒリヒリする。
あぁこんなお仕置き思いつくんじゃなかったよ。
頭皮の刺激が私の後悔を増幅させていく。

かなり明るめの茶色に髪が染められた仕上がりはまるでお猿さんのようだ。
サクマさんは「ママとってもお似合いよ」と笑っていたが、その笑いは褒めているのではなく、嘲笑うような感じをうけた。

2人のカットが終わって、髪をレターパックに入れていると

カラン、カラン…
とドアが開く音がして、かなり短いベリーショートの高校生が入って来た

「あ、ちょっと早かったですか?」と私たちを見て遠慮がちにサクマさんに話しかけているが
「大丈夫よルリさん。こっちの予定が押していただけだから」
サクマさんは彼女を椅子に案内して座らせた。
角刈りと茶髪のバズカットの親子を見て、彼女もきっとびっくりしただろう。

こんな店もう二度と来ない!
怒り心頭なのだけど、娘の断髪を頼んだのは私。
ミイラ取りがミイラになるってこのことだ。
本当に悔しい…。

日差しが照り付けるなか、親子2人で外に出た。
カレンも私も帽子を持ってきていない。
「うわー頭が暑いよ…」
カレンも私も短髪から透ける頭皮に照り付けてくる太陽の熱に衝撃を受けている。

帰り道、2人の切った髪をレターパックに入れて、ポストに投函した。
切られた髪はもうくっつかない。せめて困っている人の役に立ってほしいと願った。

髪がなくなって、直接日が当たる首筋をハンカチで拭きながら、自転車を漕いで家に帰るだが、それにしてもこの頭で明日仕事行くの恥ずかしい。
そして私の変身の様子の一部始終はカレンのスマホに記録されている。
彼女は本気で私のカットの様子を自由研究にするみたいだ。
きっと友だちや先生も見るんだろう。
お昼ご飯を食べたら帽子を買いに行こう。
そう心に決めたのだった。

(後書き)
お盆休みもそろそろ終わりますね。
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