ラップ・パートを含む曲を、どのようにカバーするか

 ラップも日本の音楽シーンにすっかり定着した。鑑賞するぶんには楽しいけど、いざ、自分でも表現してウェブ上に公開してみるとなると、多くの女性シンガーにとってネックとなるのが、ラップ・パートをどうするか?という点だろう。今回は女性シンガーと男性ラッパーによる編成のアーティストの楽曲で、聴きごたえのあるカバー作品を通して、この手のジャンルへのさまざまなアプローチについて考察していきたい。


アカシアオルケスタ「come again」

 m-floのヒット曲のカバー。アカシアオルケスタはこれまでに数々のカバー動画をアップロードしているが、まずはその選曲の意外性に驚かされることが多い。視聴者リクエストに応えているふうには見えないのだが、メンバー自身で選曲しているのだろうか。だとしたら、「え!こんなのも聴いているの?」と思わされることがしばしばある。

 DTMのクリエイターからこのカバーが生まれるぶんには、真っ当な選曲で別に驚くこともないが、コンピューターを一切使わず、人力演奏のみで「come again」をやろうというのだから、これは面白い試みだ。僕は初めてこのカバーを聴いたとき、ラップ・パートが近づいてくると、「ここはピアノの西村広文が長尺の派手なソロをかまして切り抜けるんだろうな」とばかり思っていたのだが、ボーカルの藤原岬が続けてそのままラップ・パートも歌いだして「おおー、ここもやるんだ!?」と仰天した。ラップは本職ではないはずだが、ボーカル・パートに比べてガクッとクオリティーが落ちるということもなく、全体を通して気分良く聴いていられる。

 特筆すべきは、藤原岬のラップ・パートの完成度の高さ。そもそも彼女はラッパーではないということをまず念頭に置いて鑑賞していただきたい。どんなに歌で盛り上げても、ラップ・パートを無音のままにしてしまうと、そこで下がった聴き手のテンションを再び上げるのは難しい。だからあえてラップにも挑戦したのだろうか。とにかく今回のトライは聴き手の注意をひきつけ続け、次のボーカル・パートにうまく橋渡しすることに成功している。

 録音面でも、ボーカル・パートとは音響設定を変えることで、元々が男性のパートを女性がカバーする際の違和感を緩和。ここには注目しておきたい。自らもこの手のジャンルをカバーしてみようという方は、手間はかかるが、ボーカルとラップは別々に録音して、ラップ・パートには派手なエフェクトをかけてみてはいかがだろうか。また、生演奏が売りのバンドがカバー曲をてがけるときに、あえてコンピュータだけで伴奏が完結しているような楽曲を題材に取り上げると、意外性が出て面白くなるだろう。


Re:place「Wanderin' Destiny」

 globeのシングルから、豊川悦司主演のTVドラマ「青い鳥」の主題歌に使われたこの楽曲を、Re:placeがカバー。一風変わった構成で、1コーラス目が終わった後の2コーラス目でAメロに戻るのではなく、ここから長尺のラップ・パートに突入する。ラップといっても音程がついている感じだ。この楽曲でAメロが出てくるのは冒頭のみ。ボーカリスト+ラッパーという編成の強みを活かした特殊な構成だ。

 Re:placeも、先のアカシアオルケスタ同様、女性ボーカリストがラップ・パートも続けてそのまま担当してしまうという手法を取っているのだが、注目しておきたいのは、オリジナル・ラッパーのマーク・パンサーのライミングをまるっきりなぞっているのではない、という点。「globeはベスト盤1枚ぐらいしか持っていないよ」というリスナーの中には、音程が取れていないと感じるかも知れないが、決してそうではない。オリジナル・バージョンを消化しているのは前提で、あえてマーク・パンサーとは別の音程の取り方で挑んだカバーである。おそらくキーボーディストのRyutaroの意向だろうな、と僕は踏んでいるのだが、アレンジに精通している仲間がいるのなら、おおいに手を借りると良いだろう。

 globeが20周年を迎えた際にリリースされた企画盤「globe #20th SPECIAL COVER BEST」で倖田來未がこの曲をカバーしたときも、globeのオリジナル版とはまったくちがう音程の取り方でラップ・パートを表現してみせたのだが、これは意外性があって楽しく鑑賞できた。Re:placeのカバーを聴いたときも、これと同様の感覚だったのを思い出す。

 音程感のあるラップをカバーする際には、あえてその音程をいじってみるのもひとつの手法。ギター・ソロをイチから練り直すのにも近い感覚で取り組んでみると、聴き手に与えるインパクトも大きい。女性シンガー一人では仕上げるのは難しいかも知れないが、楽器ができるメンバーがいるのなら、ぜひとも頼りたいところだし、アレンジャーとしても腕の見せどころだ。

 それより何より、ボーカリスト・Purinの歌の完成度の高さには感服。元々の歌唱力は去ることながら、ことglobeの楽曲には特にアーティストへのリスペクトをヒシヒシ感じる。実に聴きごたえのあるカバーだ。

桃井はるこ「Gamble Rumble」

  しげの秀一原作のTVアニメ「頭文字D」の主題歌を、桃井はるこがカバー。こちらはオリジナル・アーティストのm.o.v.eのメンバー・motsuが直々にレコーディングに参加。ライミングもこのカバー用に若干変えて挑んだ、なんとも贅沢な作品だ。m.o.v.e一番の代表作なだけに、ファンにとっては耳タコな楽曲かも知れないが、こう来るだろうと思っていたところが、そうは行かないよ、となる面白さがこのカバーにはある。m.o.v.eの「Gamble Rumble」は既に何度もリピート済みだというリスナーにも楽しめる仕上がりだ。手法としては先の2曲とは違って、オリジナル・ラッパー本人をそのまま呼んでしまうというのが最もスペシャルな点。こういうカバーはなかなかお目にはかかれない。

 globeの今後の活動は完全に断たれてしまったが、この桃井はるこのカバーを聴いていると、オリジナル・ラッパーのマーク・パンサーを引っ張り出すぐらいのインパクトのあるカバーが今後生まれたら面白いのにな、と思う次第だ。


 以上、三者三様のアプローチを見てきたわけだが、それぞれの面白さを味わっていただけただろうか。これとは別に、ラップ・パートが埋められないのなら、空けたままにしておくというのも、僕はひとつの手法だと思っている。代表的なのがMINT SPECの「DEPARTURES」で、ラップがないのが気にならないぐらい、うまく歌ってしまうというやり方だ。

 それと、第一興商のカラオケサイト・DAM★ともの公開曲で見かけるような、ラップ・パートがまるまる空いているテイクだが、一般のリスナーにとっては虫食い状態のテイクであっても、ラップをたしなむユーザーにとっては格好の練習相手というか、ボーカルも含めたテイクがカラオケ音源になる。良い歌を聴けばそれに触発されてラップをしたくなってくるものだろう。うまく歌えれば、むしろ一般のリスナー以上に熱心に何度もリピートで聴いてもらえるチャンスだ。僕もラップをたしなむので、そこには共感できる。ラップ・パートがガラ空きだからダメな音源だという思い込みを持っている方がいるとしたら、決してそうではないと言いたい。

 そういうわけで、ラップ・パートのある曲に興味はあるけれども二の足を踏んでいるという方は、以上述べたようにやり方はいろいろある。ぜひ一歩踏み込んで、新たな分野にも挑戦していただきたい。