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宇都宮隆・福岡公演 LIVE UTSU BAR 2023 「それゆけ歌酔曲!!」ギア-レイワ5

 4月22日に福岡市のスカラエスパシオで行われた、宇都宮隆のライブを観てきた。LIVE UTSU BAR 2023 「それゆけ歌酔曲!!」ギア-レイワ5と銘打ったこちらの公演は、最初に行われてから8年経った現在も続く、息の長い催しとなっている。
 TM NETWORKのボーカリストとしてステージに立つ場合は、ユニットの看板を背負って歌うし、毎年秋に行われるソロツアーでは、自身が座長だ。持ち歌をオリジナル・シンガーとしてたっぷりと披露する。これらに対してLIVE UTSU BARは違った趣向を凝らしている。それは、他のアーティストの曲を歌うという点だ。
 ワンマンライブを行うには持ち歌の数が少なすぎて、カバーで埋めざるを得ないような、駆け出しのミュージシャンではない。それなのになぜ、カバーなのか。開催当初は宇都宮隆の意図が筆者には伝わりづらく、その動向に特に注意も払っていなかった。セットリストを字面で追ってみるだけだと、退屈そうな印象だったが、ニコニコ生放送でのライブ配信を見てからは認識が変わった。筆者にはなじみの薄い、古い歌謡曲。これが装いも新たに洋楽テイストで、さらに最もなじみ深い、宇都宮隆の声によって披露される。遠いようでいて近くもある、不思議な感覚。これがマッシュアップの手法でより増長される。しかも全編にわたってだ。TM NETWORKや秋のソロツアーでは得られない体験だ。
 ライブの雰囲気も肩肘張ったものではなく、見映えのあるステージングが売りの、あの宇都宮隆が始終座りっぱなし。これも最初は驚いた。こちらも仲間との団らんのひとときが垣間見える、宇都宮隆のパブリック・イメージとは違う一面。TM NETWORKのラジオが好きな方は、この歌っていない間も楽しめるだろう。
 MCでは前回の広島公演で、この企画も109回目を迎えたことが話された。そんな今でも「初めて見に来た人は手を挙げて」という声に、応えた観客の数も結構いる。まだまだ新規リスナーを獲得し続けているということだろう。このとき野村義男による、「初めての人」、「10回ぐらい見た人」と、回数を段階的に上げていき、「120回以上見た人」というオチをつけたMCには笑ってしまった。それはもうメンバーのリハーサル回数も足さないと無理じゃん!
 nishi-kenがMCの真っ最中だというのに、彼を一人残して、他のメンバーが一斉に退場してしまう一幕も面白かった。「おいっ!本当に帰るなぁー!」と、変な汗をかきながらメンバーの方へ手を伸ばすnishi-kenの焦りっぷりも笑える。
 MCの雰囲気が緩いからと言って、音楽までユルユルなわけではない。パッと見の印象とは裏腹に、サウンドの芯はガチンコ勝負。持ち歌ではない曲をマッシュアップで披露するという手法で、そうは見えないようになっているが、これは経験豊富なベテランならではの技だろう。一度、自分の持ち歌で成功した後の余裕から生み出すから良いのであって、端から既存楽曲の人気にあやかるのとはワケが違う。
 メドレーでは、これまでマッシュアップで披露した曲を原形に沿ったアレンジで歌いなおす試みもなされた。ここでは曲と曲との繋ぎも聴きごたえがあった。和音進行においても、「え!?そんなつなげ方あるの?」という、急カーブで片輪を浮かせながら曲がるような弾き方に感じる場面もあった。よくこんな色違いの曲同士がつながるなあー!と驚いたものだ。
 本編の締めくくりはYMOのカバー『君に、胸キュン。』だった。今年は高橋ユキヒロ、坂本龍一が相次いで他界。筆者はYMOにダイレクトに影響を受けた世代ではなく、YMOに影響を受けたアーティストの作る音楽に影響を受けたリスナーだ。ワンクッション挟んではいるのだが、それでも特別な思いは感じた。
 YMOのオリジナル版とは違い、本職のボーカリストが歌う『君に、胸キュン。』は格別だった。一流の作曲家が作った曲には違いないが、やはり聴く前からYMOに強い関心を持っている層以外には広がりにくい印象も否めない。このステージで初めて、この曲を本職のボーカリストが歌ったらこうなる!という体験ができて感慨深かった。
 これはV2の『背徳の瞳~Eyes of Venus~』にも同様の想いを抱くファンは多いだろう。小室哲哉の仮歌が、諸般の事情でそのまま本チャンテイクになってしまったという話も聞く。そうではなく、本職のボーカリストがこの曲をみずみずしく再現してくれる日が、いつか訪れないものだろうか。
 もし、こういう想いを持つYMOのファンがいたとしたら、念願が叶ったことになるよね。こういう、本職のボーカリストではない名作曲家の持ち歌を歌い直してみる試みは、まだまだあっていいと思う。
 アンコールでは、野村義男のアルバムに客演参加した『優しい奇跡』も披露した。Spotifyにもアップされていない曲なので、普通ならこの場で初めて聴く形になりそうなものだが、事前に出演したNHKのラジオ番組・坂本美雨のディアフレンズでオンエアされていたのが良かった。このときはCD買わずに聴けてラッキー!程度にしか思っていなかったが、まさか生歌が聞けるとは!初耳の曲とは違って一度飲み込んでいるので、ライブの場でもフレーズを噛みしめながら堪能できた。
 アンコールのMCも終わって、いよいよ退場という去り際に、宇都宮隆がサンプラーから、Get Wildの「Get Ge Ge Ge Ge Get…Wildジャジャジャジャ!」という強烈な一撃をお見舞い。最後の最後まで遊びごごろたっぷりで楽しませてもらえた。
 このツアーが済んだら、次には正真正銘、真剣勝負の音楽を届けるTM NETWORKの活動が控えている。新曲を引っ提げてのツアーの開催。ますます彼らの動向から目が離せない。

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